王の子 - 1
夜風が、王城の高い壁を撫でる。
この国の保安組織隊長・イリスは、応接室からの呼び出しを受け廊下を歩いていた。
左右で結った深緑の長い髪は動くたびに揺れる。
月明かりがさす廊下は、いつもより冷たく孤独感を感じる。
応接室へ向かうイリスの後ろを副隊長・リオがついて行く。
濃い青の髪、澄み切った鮮やかな青の瞳。
その視線は鋭く剣を持たずとも常に警戒を解かない。
「隊長、今日は冷えますね」
「……無駄口を叩くな」
「まぁまぁ、そう言わずに」
リオは軽口を叩きながらも、イリスの様子をうかがう。
彼はこの国に生まれ、国に育てられた忠誠心の塊。
でも、彼の明るさがあるからこそ、氷のようと呼ばれるイリスの冷たさが際立ってしまう。
応接室の扉の前で、イリスは息を整え、三度ノックした。
「お父様、私です」
「入りなさい」
低く太い声が返ってくる。
イリスの父である王・レオナルトは、応接室の椅子に座っていた。
鼻の下に髭を生やし、オールバックの髪にわずかに若さを感じる。
しかし、彼がイリスを呼び出すのは、命令や義務の時だけだ。
「あの件はどうなっている」
前置きも世間話もなく、レオナルトは核心だけを言う。
“あの件”とは、反国家組織・ヴェイルのこと。
そのヴェイルらしき組織の人物たちが、国の政治関係者が次々と襲い、国に不安をもたらしていた。
「現在調査中ですが、足取りなどは掴めておりません」
「早急に調べ上げ、潰せ。……分かっているな?」
「承知しております、お父様」
このやり取りが、父とのすべてだった。
愛情も、気遣いも、ただ結果だけ。
母の記憶も残っていない。
イリスはそのまま静かに応接室を出た。
廊下を歩きながら、リオが言う。
「自分は邪魔でしたかね?」
「……は?なぜ?」
「せっかくの親子水入らずの時間だったのに、あれだけの会話だったので…」
「それはない。お父様はそういう人間だ。私のことなど興味ない」
視線を下に逸らすイリス。
父は昔から、必要な話しかしてこなかった。
イリスが泣こうが笑おうが、そこに感情は関係ない。
リオとは自室の前で解散し、イリスの1人の時間に戻る。
ふとベランダに出ると、夜の空気が体を包んだ。
王城の屋上から見下ろす街は静かで、治安が保たれている証だ。
しかし、その静けさの裏で何が起こっているか、彼女は知っている。
「静かすぎるな」
彼女の独り言は夜風と共に消えていった。




