14.休暇
腹が減って目が醒めた。
ここはどこでござるかな? ……ああ、ミウラの部屋でござった。
『お目覚めですか?』
「うむ、よく寝た」
起きあがると体の軽さが実感できた。
「某、どのくらい寝ておった?」
バタン、バタンバタンと音を立て、雨戸が上がった。
お付きの方は昼番の方。お日様は低いが、力がある。そしてやけに寒い。
「翌日まで寝ていたのか」
『はい、よくお眠りで』
朝の所用を済ませ、ゴハンも頂いた。
ちょうどいい頃、東風様が訪ねてこられた。様子をうかがっておられたと見える。
昨日の確認と、意見の擦り合わせを行って戻っていかれた。だいぶお急ぎのご様子。
昼過ぎ、スルガの国、オダワラ城近くで魔獣出現をミウラが感知した。
「スルガの国までミウラの縄張りでござるか?」
『ミウラという名は偶然じゃないんです。生まれてしばらく、ミウラ半島周辺を縄張りにしてましたもので、ミウラの主と呼ばれるようになったんです』
それこそが偶然の一致ではござらぬか?
『といわけで、行かなきゃならいんですが、イオタの旦那、どうします?』
「水くさいぞミウラ。一緒に行こうと言ってくれ」
ミウラが前足で顔を拭った。照れ隠しでござる。
『一緒に行きましょう、イオタの旦那!』
「うむ! 行くか! っとその前にご報告でござる!」
報告を終えてから虹の輪を潜る。
某の衣装はいつものアレ。なぜかお付きの人の、特に若い方の目の前で強制衣装替えにござる。ミウラの神通力全開にござる。
して――
虹の輪を潜り、現場に出現!
村の入口付近で魔獣が暴れておる!
魔獣は一匹。犬か狼の型。人型のナリソコナイが三匹。村の被害は分からぬ。
『いきなり落雷っ! あ、外れた!』
魔獣は一匹でござるが、やたら素早い。始終動ちょこまかといておる。
魔獣はミウラに任せ、某はナリソコナイの足を止めるため動く。足を止めることが出来たら上出来にござる。ミウラの仕事に邪魔が入らなくて、集中できるはず。
某も剣を抜き、素早くナリソコナイの懐に飛び込む。ナリソコナイが振り下ろす腕をかいくぐり、すれ違い様に胴を薙ぐ!
ズッバァーと刃が入った! ……入る手応え?
「ギャァース……」
血のような何かを振りまきながら倒れるナリソコナイ。地に落ちる前に霞のように消えた。
「え? 斬れた?」
『旦那! 後ろ!』
加速!
大きく迂回し、振り向くと、ナリソコナイの真横に出た。躊躇無く刀を振るう!
「アンギャーッス……」
斬れた!
「おおおおーッ!」
最後のナリソコナイに向かう。
殴ってきた腕に刀を合わす。ブツリと両断。返す刀で胴を薙ぐ。
「ウギャーァス……」
またもや霞と消えた。
『落雷っ! やった!』
ミウラの方も片が付いた模様。
『おお、旦那! 旦那も斬れるようになってきましたか!』
ミウラが走って近づいてきた。
「こないだまで斬れなかったのに、今回はさくっと斬れた?」
『加速が使えた時点で確信してましたが、旦那がネコミミ美少女になって、神獣の力が使えるようになったのですよ』
「そうでござるか! なら、これでミウラと肩を並べて戦うことが出来るのでござるな!」
『背中は預けましたぜ、旦那!』
「ふふふふ、任せよ!」
イオタとミウラの組、復活でござる!
……とはいえ、魔獣は斬れる気がしない。
村の被害でござるが、怪我人は五名。どれも軽傷。死人はおらず。
建屋に被害がござった。ちょっと厳しめの被害でござるが、村人総出で修理すれば、年末には間に合うでござろう。
『この村は国境から遠いし、他国の軍も動きますまい。さてでは、イマガワ館へ帰りましょう』
「……うむ、帰るか」
この地はイセ氏の収めるサガミの国。イセのシンクロウ様と御屋形様は、微妙な関係でござる。
イズモのこともある。面倒ごとに巻き込まれたくない。報告はイマガワ館を通じてでよかろう。
して――
ミウラのお部屋。
「いささか疲れ申した」
なんでござろうかな? 安心して気が抜けたのでござろうか?
体が重ーい! いまナリソコナイに襲われたら、斬られてしまうとおもう……。
『耳が萎れておりますね』
「寝れば体は回復する。体は問題無い。問題は某の頭の中にござる。なにやらいろんなモノや言葉がグルグルと回っていて、物事を考えるための領域が狭くなった気がするのでござる。まるで馬鹿になった気分にござるよ。ふー」
口を突いて溜息が出てしまった。
「なんか、こう、ずっと寝ていたい。外界と繋がりを断ちたい。考えるのが面倒くさい」
『これは重傷でございますねぇ……エッチしますか?』
どさくさ紛れの一言だと思うが……。
「面倒くさーい」
ふー、っとまた一つ溜息が出た。いかんと思うのだが、無意識に出てしまう。
『完全に重症患者ですね……そうだ!』
ポンと肉球を打つミウラ。何ぞ面白そうなことを思いついたか? でも、某、動きとうない。今日はこのままここで寝る。
『温泉へ湯治に行きましょう。それこそ年末までの長期で。イマガワ館とは一切の連絡を絶って!』
温泉でござるか?
『私専用の湯治場がありましてね。人も入ってますから、美味しいご飯も食べられますよ!』
……それは良いかもしれないな-。こんな状況も打破したいし……。
『熱海アタ川でございますよ! それも観光地化する前の隠れ湯状態! 秘湯にございます!』
「おお、ちょっと心が揺れるでござる……しかし、魔獣が出たら」
『魔獣が出ても、いままで通り対応出来ますよ』
そうだった、イズはミウラの縄張り内でござった。
「じゃ、行くか!?」
『では、用意ができたら直ちに出発致しましょう! あれ? これって新婚旅行?』
暗い思いの中、微かに光が見えた気がするでござる。
よっこらしょ、と立ち上がった。
「では、これから上の方へ話を付けに行ってまいる!」
なぜか、セナ様を通じて、御館様に目通りすることとなった。
体の不調と、ミウラの命により、アタ川で湯治して治療することを伝えた。ミウラの命、という点を強調して! あと、魔獣が出たら、即対応するという一言も添えて。
御館様のご了承を得たでござる。新年会には顔を出せと言うのが条件にござる。
では、行ってきます!
φωφ φωφ φωφ
イオタが引っ込んでから――
セナは眉根に皺を刻んでいた。
「イオタ殿の体調は、イマガワの急所になりかねませんなぁ。急な巫女就任、魔獣との戦い、ミウラの主との生活、ネコ耳ネコ尻尾、止めはイズモの争乱。イオタ殿はまだ十五歳。これまで気を病まなかったことが不思議」
御館様は黙って頷かれている。
十五の心に心労が祟った。体が健康であるだけ行幸なことだ。そう思われた。
「西と北の国境も落ち着きました。イズモのご沙汰は未だ先の事。体を癒やすのに丁度いい時期でございましょう……」
年末が近づき、ミカワとカイも兵を引き上げた。軍の主力は農民。戦地で年末年始を過ごさせたりしたら、反乱がおきる。だれもそんな馬鹿はしない。軍は引き上げられる。
「御館様。アタ川は、向こう側のイズでございますな」
セナの怪訝に、御館様が頷かれ、口を開かれた。
「シンクロウ殿には、こちらから連絡を入れておく」
「……会いに行かれそうですな?」
セナは、一呼吸の間を置いた。
「どうかな? あの者も、いい年なのだから……いや、逆に湯治に出られるか?」
御屋形様は僅かの間、考えられた。
いまのイマガワとイセの関係性は良好だ。2人が出合ってもなんら問題は無い。
さて、年末まで、あと二ヶ月。二ヶ月は長い。あの者なら飽きるのも早かろう。帰りは案外早いかも。
「温泉地でゆっくり過ごせば良いさ。来年は忙しくなる」
御館様は、ふわりと笑われた。




