15.温泉
アタ川温泉へ湯治に来て半月が過ぎた。
『現在では一大風俗歓楽地の様相を経て、格調高き温泉街となっておりますが、この時代ですと、秘湯扱いにございます』
「誰に向かって説明しておる?」
ミウラが明後日の方向に顔を向けてアタ川の情報を報告している。いつものミウラのこだわりにござる。
某とミウラは、アタ川温泉の湯に肩まで浸かっておる。
ゴツゴツとした岩に囲まれた露天風呂にござる。山と木々とに三方を囲まれておるが、一方方向だけ開けていて、遠くに海が見える。海はよい!
『覗き覗かれ放題の、かけ流し天然露天風呂は格別ですな!』
誰も見る者などおらぬ山の中でござる。
加えて、この湯に浸かるのは猿や熊を除き、某とミウラだけにござる。
禁断の掛け湯無し入浴を楽しんでおる。背徳感は格別にござる。天下を取った気がするのでござる。
毎日の入浴は現代人『室町後期人の』嗜みにござる。
「さて、充分温もったし、これ以上入ってると、また湯あたりをいたす。体を洗うといたそう。ザバー」
『この世界線でも懲りずに湯あたりする人ですからね-。ザバー』
もちろん素っ裸。浴衣を着て入るなどという規則はここにない。自由にござる。満喫にござる!
湯に浸けていた手ぬぐいを振り回し、バシンと背中に叩き付ける。手ぬぐいを湯に浸けるという背徳感がたまらぬ!
「まずはミウラ。お主から洗おう。それ、ゴシゴシ!」
『あっ、あっ! いやぁ! 泡だらけでヌルヌルにぃー!』
なぜか、菜種油が大量にあった。前世で取った杵柄、石鹸作りなどチョチョイノチョイにござる。
『なんちゃってシャンプーも作りました』
ミウラは全身毛だらけなので、泡が立つわ立つわ! 初日は全く泡立たなかったのでござるが、毎日入っていれば、これこの通りにござる。見た目、ミウラが倍に膨らんでおる。
「ふー、良い湯にござった」
『ふー、良いおせっせでございました』
おせっせとは、せっせっせーのよいよいよい、と唱う手遊びのことでござる。スルガの子供達の間で流行っておる。小さい子が略しておせっせと言っておる。よって他意はないし、別の意味に捉えられる理由はまったく見あたらない。
更衣室で着物を身につけ、ミウラと共に建屋の中へはいる。
この建屋、温泉に付属した宿でござる。
ミウラがサガミに拠点を置いていた頃、イマガワ館が指示の元、イセ家の手により建てられた。ミウラ専用の温泉宿にござる。
基本、ミウラが使わぬ時は誰が使っても良いとなっている。
ただし、汚さぬ事。もし汚れたら半日以内にかたづけること。それと、先に宿泊客がいようとも、ミウラがやってきたときは宿を譲る事。前触れ無しが前提にござる。
ミウラが到着すれば、イセ家の城に知らせが入り、立ち入り禁止、ならびに、少数であるが、封鎖のために兵が出てくるのでござる。
よって、ミウラが滞在中、余程の上層部でない限り、訪問は禁じられておる。
「冷たいお水をどうぞ」
「おお、気が利く。有り難く頂きます」
この宿を管理するのはお爺とお婆。お婆が椀に入った井戸水を持ってきてくれた。
湯上がりに冷たい水を一気飲みする。至極でござる! ネコ耳の体と化したお蔭で、冷たい水を飲んでも歯がしみない!
「もうすぐ、夜のお食事にごじゃりますが、いつもより早めに用意が出来ましゅる。如何なされますか?」
「うむ、今日は腹の減りが早い。早めに頂くとするか。頼めるか、お婆殿?」
「お安しゅいご用で」
お婆様が、頭を下げながら下がられた。
『しっかりしてますね、あのお婆様』
ミウラも後ろで見ておった。
『ここんところ、イオタの旦那の顔色が良くなってきております。お婆様もそれに気がついて、食欲も湧いていると判断されたんでしょう。でもって、今日は早めのお食事を勧められた。出来るお婆様です。体調も回復したと見ておられたか?』
で、その夜は致さずに寝た。遊ばずに睡眠をとったという意味でござる。
翌日。日も明るい内から、露天温泉でござる。豊富な湯量にござる。
露天温泉は広いのでござる。ミウラが泳げるのでござる。
『旦那も泳いでるじゃないですか!』
「それよりもミウラ、オッパイって浮くのでござるよ。知っておったか?」
『知ってますよ。わたしは元女ですから』
そうでござった。某も泳ぐとするか、すいーー! 尻尾で梶は切れぬか?
ガタゴト。
更衣室から人が出てきた。
えらく年をとったお爺様にござる。初顔にござる。ふんどし姿にござる。
体の表は、皺で弛んでおるが、歩き方がしっかりしておる。そして、体の傷、怪我の跡。
わざと老人らしくヨタヨタと歩かれておられるが、武人でござるな?
「かけまくもかしこき神獣、ミウラの主。失礼いたします」
膝を着いての一礼。
掛け湯をしてからザバザバと湯に足を付けられた。某、裸の女でござるよ?
「少し待たれよ」
何事かと、某を見るご老人。
その目に、やたら力が込められておる。ここへ来るまでに五人ばかり殺してきたかのような目だ。
「この湯を使うにあたり、礼儀違反がみられる」
某の台詞は、ご老人の想定外だったようだ。目の圧が抜け、眉の角度が下方向へ変わった。
「この湯は全裸が決まり。ふんどしを脱がれてから湯に浸かられよ」
ご老人の目がくるりと丸くなった。驚いておられる。
「これは失礼つかまつった」
ご老人は、ヒョイヒョイと足取り軽く湯から上がり、走って更衣室へ戻られた。
「何者でござるか?」
『サガミの太守、イセ家の先代当主、シンちゃん事、シンクロウさんですね。お久しぶり』
うむ! 病状がぶり返しそうにござる。
次回で「イズモ編」最終回です。
暫し間を開けてから再開致します。お楽しみに!




