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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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12. 世界で一番ビッグな女

 桶に張った水を布に染み込ませ、ぎゅっと絞る。


 エラリアは自身のものよりはるかに大きな腕をもち、布を優しく当てる。


 茅葺かやぶきの屋根裏がむき出しになった小屋の中で、彼女は主人の看病をしていた。ロワーフは全身に酷い汗をかき、うつろな目で屋根裏を見つめている。


 人の眠れるスペースは他にもいくらか空った。けれど今は二人だけで使わせてもらっている。移民を連れていないから、人自体がさほど多くはいないのだ。


「……ぐぅ」


「ロワーフ様! まだ動いちゃダメです!」


「このような所で……止まっているわけには……」


「い、いけません!」


 エラリアは慌てて主人を止める。もう何度目か分からないほどのやり取りだ。


 過労だった。魔力と体力を同時に、それも連日酷使し続けた結果、精神のほうに大きな負荷がかかってしまったのだ。


 とはいっても取り返しがつかないような状態ではないらしい。枯渇した魔力はともかく、肉体的には走ることも可能なくらいに力も残っている。二日ほどゆっくり休めば十分に回復するだろうとのことだ。


 逆に言えば、ただ眠っていれば治せる程度のやまいが牙を剥いてしまうほど、これまで無理をし過ぎていたということでもある。主人の異変に気づけなかった失態を何度恥じたことか、エラリアには数えきれなくなっていた。


 それからしばらくしてロワーフはようやく眠り始めた。少し怖くなるほど静かで、眠りの深さがよく伝わってきた。


 エラリアはその隙に小屋を出た。主人についていたいのは山々だけれど、食事と飲み水はもらっておかなければならない。


 ロワーフの病状を知る者は、巨人とエラリアと医者の三人のみだった。ロワーフと巨人はいつ魔族から命を狙われてもおかしくない。だから、できうる限り二人に関する情報は伏せられているのだった。


 並んだ小屋にはさまれた道を進みながら、エラリアはつい早足になる。


 ロワーフが焦るのは当然だった。移民と巨人とを結びつけられないように、加えて巨人の正体がばれないようにとごく一部の者にしか情報は渡されていない。


 けれど大きな動きを始めてから既に二十日以上が経っていた。何も起きないと高を括っていられる時期はとうに通り過ぎている。全ての仕事を終える前にロワーフと巨人にたどり着かれたら、一巻の終わりといっても過言ではなかった。


「これこれ、お嬢さん」


「……」


「これ!」


「はいっ? あっ……!」


 突然に呼び止められエラリアは声を裏返す。驚きのあまり足がもつれてすっ転んでしまった。


「大丈夫かねっ?」


「は、はいっ。ごめんなさいっ」


 慌てて立ち上がる。見ると、ほぼ真四角と言ってもいい迫力満天の顔があった。また驚かされて、エラリアは糸のように細い目をめいっぱいに見開いた。


「お嬢さんや。道を歩くときは前を見るんじゃぞ。まあええ。食事をもらいに来たんじゃろう? ほれ」


「?」


 具だくさんのスープが入った椀を手渡され、首をかしげる。


「これを取りに来たのじゃろう?」


「あ、ああ! ありがとうございます! ……わっ」


 もらって早々こぼしそうになった。


 二人分の椀とパンの入った袋を受け取り引き返す。何をやっているのだろうと自分でため息をついた。


 しっかりしなくては。不安に思ってばかりではだめだ。今はロワーフを元気づけることにだけ集中しようと、エラリアは気を引き締めた。


 ……そして景気づけに自分の頬を叩こうとして、またスープをこぼしそうになった。




          *




「大丈夫かのう……」


 四角い顔をした老人が遠くを見て呟いている。


「どうかしたの?」


 プリーナが声をかけると、老人は眉を上げた。


「お嬢さんらと同じ年頃の娘が来たのでな、食事を渡したんじゃが。いきなり落としそうになるわ転びそうになるわで危なっかしくてなあ。見た目はしっかりしていそうだったのにのう」


 プリーナはくすりと笑った。


「おっちょこちょいなのね。なんだかまるで――」


 急に声を詰まらせる。その様子には気づかずに、老人はぼくたちに食事を渡してくれた。


「ほれ、昼の分じゃ」


 具だくさんのスープが入った大きめの椀を受け取る。どの補給地点でもそうだったけど、もらえるものが意外にぜいたくだ。なんとおかわりも自由。太陽の町でウナがそうしていたように、魔術で食料となる植物なんかをたくさん育てているのかもしれない。


「その辺で食っちまおうぜ。あいつらもいないし、戻る必要はないだろ」


 ミィチがいった。


 今ここには、ぼくとプリーナ、ミィチの三人と、ティティがそばにいるだけだ。残りのメンバーは別の補給地点にいた。


 巨人を待つためネアリーの近くにいようと決めたものの、首都はあまりにも大きすぎた。待っている場所の反対側から来られたら気づくことすらできない恐れがあった。


 だからどちらから来てもいいように、ぼくら三人とツワードとノエリス、さらにマイスとで三手に分かれたのだ。それから、首都からあまりに近いとコードガン女王に目を付けられないということで補給地点で待つことになった。


「あら?」


 食事をもって移動しようとした時、プリーナが首を傾げた。


「……ないわ」


「どうしたの?」


「向こうにさっきまで水たまりがあったのだけれど……なくなっているの」


 水たまりと聞いてぼくは空を見上げる。からからに晴れていた。


「雨なんて降ったっけ?」


「いいえ。だから不思議に思って覚えていたのだけれど」


「一応見ておくか。大丈夫とは思うけどな」


 ミィチの提案で水たまりがあったらしい場所まで行ってみたけど、何もない土の地面があるだけだった。きっと陽炎かげろうか何かと見間違えたのだろう。


 わずかな不安を抱きつつもぼくたちはその場を離れ、食事を摂った。


 悲鳴のような大声を耳にしたのは、それからすぐ後のことだった。


「が、ガラードっ?」


「貴様ガラードだな!」


 まずは声の大きさに驚き、それからその名に気づいた。わずかに遅れて全身の皮膚があわだち、プリーナたちと目を見合わせる。


「今――」


「まさか……いいえ、確かに聞こえたわ!」


 ミィチが無言で飛び出す。ぼくたちもつづいた。


 結論から言うと、そこにいたのはガラードではなかった。


 全身を包帯でぐるぐる巻きにした、おそらくは人間の女の子が数人の兵士に取り囲まれていた。それをさらにやじ馬たちがまばらに囲んでいる。


「うひひひっ、ガラード! ガラードって! 君たち~、それは早とちり過ぎるってば~。これただの怪我だから。階段から落ちただけだから」


「黙れ! それでそんな怪我になるか!」


「ひえっ? 怒鳴るなよっ。女の子相手に怒鳴るとか最低だかんな!」


 どうやらただの不審者らしい。危険はなさそうだ。


 けど兵士たちはそう認識しなかったらしい。というかまだ本物のガラードだと思い込んでいるようだった。


「だ、だまされんぞ! 何が女の子だ!」


「そうだ! お前のような女がいるか!」


「なんてこと言うんだよ! 君たち生き埋めにしていいっ? 本気でやるからね? ウチの心の狭さ舐めんなよ?」


「お、お前ら、聞いたな今の! この凶悪性、やっぱりガラードだ!」


「なんでだよおおおっ?」


 はあ、とミィチが大きすぎるため息をつく。


「帰るか」


「で、でも」


「放っとけよあんなの。慌てて損した」


 いいのだろうか。このままだと本当に戦い始めちゃいそうだけど。


 踵を返したミィチを見、包帯ぐるぐる巻きの少女を見る。どうすべきか迷っていると、少女が諦めたように息をついた。


「ったくもうしょうがない人たちだなあ。ホントは自己紹介しちゃダメなんだけど、緊急事態だしねー!」


 それから少女は大きく片腕を広げると、ばんと自身の胸を叩き得意げに叫んだ。


「やいやい君たち、聞いて驚けっ! ウチの名はシーベル。世界で一番ビッグな女、シーベル・クレッツァーとはウチのことだよ! いひひひひっ」


 その場がしんと静まり返る。隣にいるプリーナだけが目を見張って慌てていた。


「ビッグ? ねえラージュ、ビッグって言ったわ! きっとあの子が巨人よ! 早く助けてあげましょう!」


 肩を揺さぶられる。稀にみる必死の主張である。このタイミングでビッグって聞いたらそう思うのも無理はない。


 ……でも。ふざけているとしか思えない格好の少女を見て思った。


 うん。あれは絶対に違う。


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