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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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13. 哀れなシーベル

「やいやい君たち、聞いて驚けっ! ウチの名はシーベル。世界で一番ビッグな女、シーベル・クレッツァーとはウチのことだよ! いひひひひっ」


 包帯ぐるぐる巻きの少女が名乗り、その場に沈黙が落ちる。


 少しして、ようやく反応があった。


「シーベル? なんだそれは」


 一人がぽつりとつぶやく。


「え?」


 それを皮切りに、兵士たちがそれぞれ口を開き始めた。


「知らんな」


「俺もだ」


「適当なことを言っているだけだろう」


「違いない」


「……はい?」


「信じるなよ、そいつの言葉を!」


「何がビッグだ。ふざけるのも大概にしろ!」


「あっれぇ……? ウチをご存じない? え? マジなの? え? あ、待って。ウチ味方だから。いやそのホントに。頼んますって。あ、ちょ、ぬおおおおおっ?」


「待て! それはガラードではない!」


 兵士たちが一斉に宝石を光らせた時、ぼくたちの背後から声が飛んだ。


 騎士だろうか、マントの付いた鎧を着た壮年の男が駆けてくる。兵士たちが驚いたように固まった。


「ガラードは老人だ。腕や脚も異様に細いと聞いている。それとは似ても似つかんはずだ」


「お、おお……! そう! そうなんすよ~! やっとわかってくれる人来た~!」


 包帯少女が感激の声を上げる。よかった。誤解は解けたようだ。これでとりあえず騒ぎもおさまるだろう。


 そう思っていたら、騎士が付け加えた。


「しかし不審人物であることに変わりはないな。牢屋にでもぶち込んでおけ」


「……ふぁ?」


「了解!」


「そういうわけだ、こっちへ来い」


「ひえっ? ちょっ、待っ……どうしてだよおおおっ?」


 少女のにごった悲鳴が虚しく響く。ガラードでないと分かったためか兵士の動きに迷いはなく、連行はあっという間だった。


 また沈黙が落ちたかと思うと、野次馬たちがため息まじりに散っていく。最後にはぼくとプリーナだけが残った。


「ま、ま、まずいわラージュ! 巨人が行ってしまうわ!」


 プリーナはぼくの手を引いて走り出した。


「あれは巨人じゃないと思うけど」


「巨人とお話ができるチャンスなのよ! これをのがす手はないわ!」


「ぼくの話を……」


 というかどうするつもりだろう。このままいくと兵士たちに突撃する感じになるけど。


 背中が見えてきた。包帯少女も変わらず連行されている。


 それでも速度は緩まない。あ、これ突っ込むつもりだ。


「ストォォォップ!」


 無理やり足を止め、プリーナごと並び立つ小屋の間に隠れる。


「何をしているのっ? 早く行かなきゃっ」


「落ち着いて。騒ぎになるのはまずいよ。ぼくが魔族だってばれちゃうかもしれないし」


「それは」


「あの人の身まで危険に晒しかねないよ」


「でも……あっ」


 小屋の陰から道に顔を出していたプリーナが声を上げた。のぞいてみると、すでに兵士たちの姿がない。


「皆は?」


「あの石の塔に入ったわ」


 プリーナが遠くを指さす。小屋の立ち並ぶ通りを五十メートルほども進んだ先に三階建てくらいの細長い建物が見えた。


「きっと牢があるのね。あまり厳重でないといいのだけれど」


 ごく当たり前のように助ける流れになっている。冷静になって来たみたいだからここはもう一度突っ込んでおこう。


「あの……多分あの人は巨人じゃないと思うよ」


「いいえ、巨人だわ。世界で一番ビッグって宣言してたもの」


「あれは自称というか実際に大きいって意味じゃないような」


「それに『本当は自己紹介しちゃいけない』とも言っていたでしょう? あれは巨人であることをなるべく隠したかったっていう意味に違いないわ」


 そんなこと言っていたっけ。


 そう言われると、確かに巨人の可能性もある気がしてくる。


 うーん。けどやっぱりただの不審者だとも思う。


「とにかく本人に聞いてみないと始まらないわ。まずは牢屋から連れ出して、落ち着いた場所でお話をしましょう!」


 プリーナはすっかりその気だ。ぼくは中々判断が下せなかったけど、気づいたらまた引っ張られていた。




          *




 目元を覆った手指の隙間から碧い瞳がのぞいている。


 その人物の顔はまるで赤らんだ顔を隠すかのように、正面から二つの手で覆われていた。さらに頭にも二つの手が、頭を抱えるようにして付いている。


 加えて喉元には一本の腕が巻かれ、両肩にもそれぞれ手が置かれている。


 青白く不気味なこの手、実はすべてサーネル――ぼくの手である。


「これで変装はばっちりね!」


 無人の小屋の中でプリーナが元気にいった。そう、これは地下牢に侵入するための変装なのだった。ちょっと見てくれが悪すぎるのは気にしない。


 ちなみにミィチは来ない。誘ったらあっさり断られた。どちらにせよ侵入するのに三人は多かっただろう。


「さあ、行きましょう!」


 プリーナが愛用の宝剣を光らせる。今いる小屋は地下牢から一番近くに建っていた。ここに入ったのはそのためだ。


 宝剣が空間を切る。何もない場所に亀裂が走り穴が開いた。


 石の壁が見えた。抜けてくる空気は冷たく湿った感じ。地下の空気だと直感する。念のため一度中を覗き、すぐさま穴を通り抜ける。


 というわけで地下牢に潜入した。


 最初に出た通り道は壁や床をきれいに石で固められた殺風景なものだった。ネアリーは石造りの町だと聞くけれど、魔術で作られたものを使っているらしい。非常に頑丈なもののようで、ここもそうだとすると爆破して穴をあけるのは難しいかもしれない。


「誰もいないみたいね」


 プリーナがひそめた声で呟く。問題はここからだ。何せぼくたちは地下牢の構造を知らない。衛兵がどれほどいるかすら知らない。一瞬たりとも油断はできなかった。


 とはいえおおよその予想は付いていた。構造はともかく衛兵はさほどいないはずだ。補給地点はたくさんあり、それだけ一つ一つにける人員は少ない。必然的にこの場に配置される人数も少なくなるはず。


 今のこの世界において重罪人はすぐ殺されるらしい、という事情もある。魔族にいつ攻め込まれるか分からない状況で一人ひとりの罪人を丁重に裁く余裕はない。よってここには軽微な罪を犯した者しか入らず、そんな場所に厳重な警備が敷かれているとも思えなかった。


 人がいない代わりに地下はかなり深くまでつづいていた。ただでさえ深めの位置から潜入を始めたというのに、そこからさらに螺旋階段のような坂を下り続けることになった。中で多少争っても上に被害が出ないようにしたのだろうか。


 その坂もやっと終わり、さらに少し道を進むと曲がり角が見えた。息を殺し、こっそりのぞいてみる。


「!」


 牢があった。殺風景な道の奥に檻が取り付けられているだけの簡素なものだ。傍には見張りがたった一人。ひどく眠そうにしていた。目が合わなかったのは奇跡……いや。


「……寝てる」


「え?」


 つられてプリーナものぞいた。まあ、と口に手を当てる。


「本当だわ。見張りがいるだけでも上等なのかしら」


 かもしれない。牢も奥の一つしかないし拍子抜けにもほどがある。こんなにもあっさりした潜入作戦が未だかつてあっただろうか。


 いけない。油断してきた。せめて地下牢を抜け出すまでは気を張らないと。


 プリーナが空間を切る。浮かび上がった穴に入ると牢の中に出た。


「はぁぁぁぁ~。参ったなあ。なんでウチがこんな目に……」


 八畳間くらいの空間の中で包帯ぐるぐる巻きの少女がひざを抱えて座っていた。端っこには喧嘩でもしたのか痣だらけの大男が二人寝ている。すごいいびきだ。そのせいか降り立った時の足音には気づかれなかった。


「っていうかいびきうるさい。うるさくない? これ絶対寝れないやつじゃん。寝ないと人は死ぬんだよ。あれ? ウチこのまま死ぬのかな」


 なんとも激しい独り言だった。話しかけるのを躊躇ちゅうちょしていると、プリーナが肩をたたいた。


「シーベル、だったかしら」


「あ、今取り込み中なんで話しかけないでもらって……」


 包帯少女は言いながら振り向き、固まった。


 青白い腕がたくさんついた顔を傾け、プリーナは手を差し出す。


「助けに来たわ」


 少女は固まったまま黙り込む。


 あ、まずい。


 よく考えたらこの格好はまずい。


「……ぁ……ぁあ」


「?」




 案の定、少女は叫んだ。




「ひぎゃあああああああっ?」


「うわああああああっ? 静かに、静かにぃ!」


「ひっ?」


 人差し指を立てて迫ると少女は泡を吹いて失神した。


 代わりに見張りが飛び起きる。


「ん? なんだっ? なんだっ? あっ」


 気づかれた。


「まずいわ!」


「早く外に!」


 プリーナが空間に穴をあける。けど見えたのは地上ではなく土の壁だった。


「だめ! ここからじゃ届かない!」


 ここへ来るまでに地上から離れすぎていた。そう簡単にはいかないようだ。


「化け物! ここで何してる!」


 問答はせず兵士の後ろに穴をあける。少女をもって飛び込み出口へ向け駆け出す。


「なっ……? まてっ」


 しばらく走っていると、途中通った螺旋の坂道が見えてきた。その先から足音が聞こえてくる。どうやったのか、助けを呼ばれていたらしい。


 音だけで分かる。思ったより多い。もしかしてこの上の塔って衛兵が集まる場所だったり……?


「いたぞ!」


 坂道から現れたのは十人ほどの増援。後方の兵士も変わらず追ってきている。挟み撃ちにされた。


 やむなく立ち止まる。前方後方どちらの衛兵も足を緩める気配はない。


「ラージュ……」


 不安げな声につばを飲む。あっさり終わるはずの潜入作戦から一転、ぼくたちは窮地に追いやられていた。


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