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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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36. 百の実

 幾十もの火柱が舞う灼熱地獄にて、目にも留まらぬ剣戟けんげきが閃いていた。


 数の暴力で押し潰さんとする魔族たちは、そのほとんどが大規模な魔術によって呆気なく灰と散る。しかしその中にも、大雑把に打ち出される火柱を見事にかわし、徐々に結界へ距離を詰めていく者もいる。


 そうした猛者もさをも『百の実部隊』は取り逃さない。部隊に選ばれたソーンもまた、素早い剣戟けんげきにより、目に留めた魔族を立ちどころに切り伏せていた。


 さらには魔族による結界への魔術攻撃も、まるでついでというように剣によって弾いてみせた。


「我らが防壁は結界魔術だけにはあらず! そう易々とはまかり通らせぬぞ!」


 戦況は優勢。勝利への追い風は人々が得ている。油断は許されないながらも良い立ち上がりだ。


 敵軍は無尽蔵と思われるほど次々に送られてくるが、それにもいずれ限界は来る。そしておそらく魔族たちは知らない。『百の実部隊』がもつ魔力は膨大だ。部隊が疲弊する前に敵兵が底を尽きるのは目に見えていた。


「さあ、この壁をどう越える! 闇雲に兵を減らすのが戦ではないぞ!」


 ソーンが吠え、獣の腕で斬撃を見舞う。


 次の瞬間、ぴたりと剣が止まった。


「む……!」




 否。止められていた。




 剣を受け止められたわけではない。ただ皮膚に食い込み、動かせなくなっていた。


 岩の皮膚を持った魔族さえ容易に切り伏せる剣閃だ。普通の剣が止められるのとはわけが違う。目撃した兵たちとソーンはとっさに結界の内側へ引いた。


「フンッ。兵を減らすぅ? こんな炎くらいで死んでく連中、初めっから兵じゃないっちゅーねん!」


 それは綿毛の塊のような、硬さとは無縁に見える毛むくじゃらの魔族だった。四本の足で大地を踏みながら、上がる火柱を意に介さず進んでくる。


 一体だけではない。自身をあくまでも兵の一体と評している通り、魚人や甲虫、人型など百はくだらない魔族の群れが炎の地獄を悠然と歩いている。


 姿にはまるで統一性のない彼らだが、共通点があった。全員、体から白い煙をあげている。肉体強化に特化した部隊らしい。


 強化魔術は魔族を倒す直接的な武器にならないことから軽く見られがちだが、それは初歩レベルならの話。目にも留まらぬ速さで動いたり、どんな攻撃も通さないほど体を硬くできたりすれば評価は全く違ってくる。


 いくら攻撃しても倒せないというのはそれだけで脅威だ。おまけにそこまで強化できるなら、ただ硬いだけで済むはずもない。


「オラァ!」


 毛むくじゃらの魔族が一撃、結界に向けて頭突きをした。


 それだけだ。それだけで結界を突破された。


 その勢いで後方に続く魔族たちと共に突進を始めた。当然あらゆる魔術が彼らを襲うが、それをものともせず本隊に突っ込み、羽虫を払うように兵たちを吹き飛ばしていく。


「うはははは、死ね死ねェ! やっぱし戦は気持ちええなあ!」


 ソーンは追ったが何もできなかった。近くの兵から新たな剣をもらい受けたが、むやみに斬り込んでも先ほどの二の舞になるだけ。飛び込むに飛び込めない。


 ついに結界の内側を本格的に荒らされ、本隊には激しい動揺が広がった。


 しかし、人々もただ黙って見ているわけではなかった。


「ふ~ん。硬いんだキミたち~。そっかそっかぁ……いひひひっ。ということは」


 いたずらを思いついたような少女の声がした。


 直後結界の外で巨大な人影が現れる。


「ウチの出番が! 来たァァァ!」


 両手を上げて叫んだのはシーベル・クレッツァー。移民の件で活躍した巨人だ。


 突然の奇声に強化魔術軍の動きが止まる。その一瞬の隙をシーベルは見逃さなかった。結界の中へ滑り込んでくると、敵軍の一部を素手でつかむ。そのまま結界の外へ飛び出し、さらに巨大化した。


「なんじゃい。そのでかい手で握りつぶそうってのかァ? やれるもんならやってみ――」


「飛んでけぇぇぇ!」


 シーベルは魔族の言葉には耳を貸さず、思い切り手を振るい彼らを空へ投げ飛ばす。


 人々も魔族もその光景に目を奪われる。信じがたいことに戦場が静まりかけた。


「……あれ?」


 近くで誰かが戸惑った声を漏らした。どれだけ経っても魔族が落ちてこないからだ。


 ソーンも呆気に取られていた。空の彼方へ投げられた魔族は何故か二度と落ちて来ない。そんな眉唾の話を聞いたことがあったがまさか真実だったとは。


 けれどシーベルの活躍は長くは続かなかった。


「いっ、いぎゃっ、痛い! ひぃぃ」


 雲に手が届くほどの巨人を敵が放っておくわけがない。あっという間に集団攻撃を受け、彼女は逃げるように巨人化を解いた。


「が、がが、頑張った! ウチ十分頑張ったよ!」


 どこからかそんな声が聞こえ、シーベルは即座に姿を消す。


 自画自賛だったが、ソーンも賞賛の言葉を贈りたかった。削れた戦力は十にも届かないが、おかげで戦いの流れが変わり兵たちの動揺も落ち着いた。別の意味で戸惑ってはいるようだが。


 シーベルは『百の実部隊』には加えられていなかったはずだ。それもまたソーンを驚かせた。


「『百の実』を与えられずあの力……。これは泣き言など言っていられませんな」


『百の実』により得た膨大な魔力――ソーンが背負う責任はもはや一人の騎士に与えられる程度のものではない。


「今の私ならば斬れるはず。余りある魔力はそのためにあるのだ」


「く、来るぞ!」


 気を取り直した強化魔術軍の敵兵が新たに突き進んでくる。ソーンは剣にさらなる魔力を注ぎ込んだ。


 刃が激しく煌めき、次の瞬間、突っ込んできた魚人が真っ二つに分かれた。


「ふむ。やってみるものですな」


 剣を振って血を払い、ソーンは息をついた。




          *




 ぼくは息を飲んでいた。


 広大な森の内側、つまりはネアリーの中心地に入り、そのさらに中心――びっしりと苔の生えた円形の広場までたどり着いた。そこでぼくたちを待ち受けていたのは、中心街の全てを見下ろす大樹だった。


 ごつごつした幹から傘のように枝葉が広がる、形そのものはごく一般的な木だ。特徴的なのはその大きさだった。


 さすがに雲に届くほどではないけど、森に生えていた立派な木々が赤子に見えるほど高く、何より太い。大樹というよりは山を思わせる。夜に枝葉の輪郭を指さして山だと言われれば信じてしまうだろう。


「すごいわ! ロマンチックだわ! こんな大きい樹木があったなんて!」


 馬車を降りながらプリーナがはしゃぐ。ロマンチック……だろうか。


「これは間違いなく戦争用の魔術兵器だ」


「へ……いき?」


 はしゃぐプリーナに真顔を向け、ミィチがいった。


「こんなに素敵な樹が?」


「ああ。人類を救ってくれる素敵な兵器だぜ」


「……」


 プリーナが黙ってしまった。


 なんというか、これを兵器と呼ぶのはぼくも抵抗がある。あまりに生命力に満ち溢れているというか、穢れがないというか。土地が土地なら神様として崇められても不思議じゃないくらいだ。


 ヘレナたちは大樹の正体を聞いていたようで特に驚いたそぶりは見せなかった。


「兵器と思われないように作ったんだろうさ。まあ触ってみたほうが早い」


「触る?」


 ぼくは首をかしげた。


「そうだ。手を広げて幹に当ててみろ」


 言われるがままに触れてみる。瞬間、腕が内から冷えていくような心地がした。


「うわっ、な、なにこれ」


 何か、吸われている?


「魔力さ。お前の魔力をこの木が吸いだしてるんだ」


「そんな。戦いの前なのに」


「安心しろ。すぐに出てくる」


 頭上で何かがきらりと光った。電球のような光が大樹の傘から現れ、落ちてくる。


「え? わっ」


 頭に当たったけど、とてもやわらかくて痛くはなかった。


「木の実?」


 その光はりんごに似た形をしていた。光る果実……と思っていいのだろうか。


「食ってみな」


「これをっ?」


 思わず躊躇ちゅうちょすると果実をひったくられ無理矢理口にねじ込まれた。仕方なく飲み込んだ。


 なんだこれ、味がしない……。不味まずい。


 そんな感想を抱いていると、体に変化が起きたことに気づいた。


「あれ。魔力が……戻った?」


 魔力を失ったとき特有の寒気が消えた。吸われたはずの魔力が丸ごと戻ってきた感じがする。


「幹から吸った魔力をそのまま木の実に集めてるらしい。ネアリーを守る大規模結界の種はここにあったわけだ。『百の実部隊』とかな」


 知らない名前が出てきた。ぼくが瞬きすると、プリーナが気づいて教えてくれた。


「ネアリーに昔からある一騎当千の精鋭部隊よ。『百の実』っていうのはこれのことだったのね」


 一騎当千の部隊に大規模結界……そこまで聞いて理解する。この樹を利用してネアリー中の人々から魔力を集め、それを騎士や女王が食べることで絶大な力を持った「個」を作ったわけだ。


「だから……兵器」


 そして今からぼくたちもこれを利用する。


「そういうことだ。とはいえこの町に残った人間はみんな女王とその部下に魔力を与えちまってる。連中から魔力をもらうことはできないが」


 ミィチが視線でぼくの後方を示す。振り返ると太陽の町の人々を背に、ヘレナが進み出た。


「もちろん、わたしたちの魔力はラージュに使ってもらうよ」


「みんな……」


「アタシらだけじゃないよ」


 ウナがいった。その声をきっかけに近くが騒がしくなる。


 すると大樹の陰からぞろぞろと、老若男女を問わないたくさんの人々が現れた。


「え? え?」


 百人、いや二百人はいるだろうか。突然のことに戸惑うぼくに、何故か皆一様に真剣な眼差しを向ける。


「オレが呼んだ援軍はヘレナたちだけじゃない。ノエリスが首都に入る前に頼んでおいたんだ。オレたちの味方についてくれる連中を探しておいてくれってな」


 よく見るとどこか見覚えのある人が多い。その中から声が飛んだ。


「サーネル……いや、ラージュさん! 私たちはあなたに救われたんです! あなたが魔族からたくさんの町や村を救ってくれたから、私たちはこうして人間として生きていられる!」


「ネアリーにも世話になってるけど、ラージュさまこそ命の恩人なんだよ!」


「あの時は礼も言わず逃げちまってすまなかった!」


「だけどもうみんな知ってます! あなたが助けてくれたこと!」


 そうか。この人たちはみんな、魔族の支配下で苦しめられていた――。


 ミィチが低い鼻をかき、にやりと笑う。


「オレたちが初めて首都へ来た時、同行した移民たちは覚えてるだろ? そいつらと協力して、今までお前やマイスが助けてきたやつらをできる限り仲間に引き入れようって考えたんだ。まさか、ここまで集まるとは思わなかったけどな」


「まさかじゃない! 協力するのは当たり前だ!」


「そうさ。あんたらは俺たちを地獄のような苦しみから救ってくれたんだ」


「だから!」


 たくさんの人たちが巨大な幹を取り囲み、手で触れる。ヘレナたちもそれに続いた。


 新たな果実が――ぼく一人で作ったものとは比べ物にならないほど強い光が、ふわりと降ってくる。本物の太陽みたいに眩しくて、暖かい。


 ああ、そうだったんだ。


 たくさんの町や村を回って、そこを支配する魔族を蹴散らしてきた。だけど結局人々にとってぼくは、肩を並べて戦えるほど信用できる存在にはなれなかった。そう思っていた。


 でも今、こんなにもたくさんの人たちが信じてくれる。いっしょに戦おうと、力を差し出してくれている。


 光を乗せたぼくの手に、ヘレナが下から手を添える。


「あたしたちの魔力、もっていって」


「――うん」


 ぼくは果実を飲み込んだ。


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