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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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34. 太陽は捨てた

 魔王による宣戦布告から八日が経った。


 開戦まであと二日。ネアリーの人々はすでに戦の準備を整え、今は英気を養っているらしい。


「……えいっ!」


 一方ぼくは草むらの上で丸っこい謎の生物をつかんでいた。毒針の付いた触手が寄り集まった、ウニを特殊な薬にでも漬けてぶよぶよにしたような生き物だ。そんなものを掴んで何をしているかと言えば、魔術の練習である。


 正直に打ち明ければ戦の準備なんて何をすればいいか分からない。ぼくにできることと言えば、体調に気を付けつつ自身の魔術を少しでも深く理解することくらいだった。


 とはいえ全く動きがなかったわけじゃない。動いてくれたのはミィチだけど。具体的には、援軍だ。


「来たわ!」


 補給地点の外で練習を続けていたぼくを、プリーナが呼びに来てくれた。


 つかんでいたぶよぶよのウニが力を失くしたように動かなくなり、手からこぼれ落ちる。


草の群れに飲み込まれたそれを尻目に、ぼくは呼ばれた方へと向かった。


 援軍はまだ町には入っていなかった。できれば出迎えたかったからほっとする。


 ミィチを先頭に百を超える集団がやってくる。間違いない、『太陽の町』の人々だ。彼らこそが今回駆けつけてくれた援軍だった。


 その中から一人が飛び出す。


「ラージュ!」


 それは赤い少女だった。はっとするほど鮮やかな赤い髪に閃く火のように明るく真っ赤な瞳――ヘレナ・フローレスだ。


 サーネルによってこの世界に呼び寄せられ、また誰よりも深くサーネルを愛した少女、それがヘレナだ。想像を絶する寒さを耐えながら、その身の魔力で『太陽の町』を守り続けてきた人でもある。


 そしてぼくの、大切な友だちだ。


「ヘレナ!」


 ぼくの声でヘレナはぱっと顔を輝かせる。それからぴょんと飛びついてきた。両手を広げてそれを受け止める。


 涙がこみ上げる。また会うことができた。それが嬉しくてたまらない。


 けれどぼくは、大事なことを忘れていた。


「来てくれてありがとう! 元気そ……」


 元気そうでよかったよ。そう笑顔で言おうとした瞬間。


「べろべろべろべろ」


 ぎゃああああああ!


 ものすごい勢いで頬と首を舐め回された。


 声も出せず心の中で叫ぶ。そうだった。ヘレナにはこれがあった。




 再会を祝して思う存分に舐め回された後。


「ついに魔王との戦なのであろう。助太刀に参った」


 剣や盾など軽めの武装をした人々の中から、ぴんと背筋の張った鋭い眼光の老人が出てくる。太陽の町の長だ。


「待っていました。皆さんといっしょに戦えるなら、心強いです」


「顔に似合わない物の言い方は相変わらずだねえ」


 そう笑ったのは町長と同じほどに年老いた女性。ぼくが舐め回されているうちにいつの間にかそばにいた彼女は、ウナという、太陽の町で孤児院を守っていた人だった。プリーナとミィチが倒れた時、体力を分け与える魔術で助けてもらったこともある。


 ちなみにその孤児院の子どもたちは、今プリーナを囲んではしゃいでいた。


「おばあちゃんも、元気そうでよかったです」


「そうさね。お互いに」


 また会うつもりではあった。だけど同時に、どちらかが先にいなくなってしまう不安も常に頭にあった。だからこうして実際に会えただけで、本当に涙ぐんでしまいそうになる。


「ヘレナがいるってことは、町は」


「無論、捨て置いてきた」


 町長が答えた。


「おそらくこれが魔族どもを討つ最後の機会となろう。この機を逃せばわしらにも未来はあるまい。全勢力をもって挑むのが当然だ」


「今回は子どもたちの力も惜しんでられないくらいだからねえ。来てもらわないと困るさ」


「え? 子どもも戦うんですか?」


「ぬゥ?」


「ひっ?」


 なぜか町長の鋭い視線に射抜かれた。後ずさる間もなく顔をわしづかみにされ持ち上げられる。


「黙れ小僧!」


「|ご≪ぼ≫、|ごめんなさい≪ぼべんぶぁぶぁい≫っ?」


「子どもを戦わせるじゃと! わしはそのようなおじいちゃんではない!」


 こ、殺される! そういえばこの人かなりの子ども好きだった。その子どもたちはプリーナと話すのに夢中で全くこちらに気づいていない。


「そういやラージュたちにはまだ話してなかったな」


 ぼくたちの再会を黙って見守っていたミィチが説明のため近づいてくる。それより助けて。


「実は作戦というか企んでることがあるんだ。戦争が始まったら首都の中心に行こうってな」


「|首都に≪ふゅふょひ≫?」


「ちょっと借りたいものがあってさ。今は中に入れないが、何しろ魔族との総力戦だ。さすがに警備も手薄になるだろ?」


「|手薄にって≪へうふひっへ≫……」


 まるで忍び込むみたいな言い方だ。


 すると町長に手を離される。ぼくは尻もちをついた。


「お主の懸念けねん通りだ。わしらは当日、首都ネアリーに忍び込む」


「えっ、それって」


「あの魔王に挑もうってんだぜ。利用できるものはなんだって利用するべきだ」


 不法侵入も許可なく物を借りるのも良くないけど、世界を救えば別だよね、ということか……。


 ん? だけど。


「首都に何があるのかは知らないけど、どうしてミィチがそれを?」


「ネアリーにいたときに見に行ったんだよ。中央の町へ行くなとは一言も言われなかったからな。ただ、そのあと」


 ミィチの顔が青くなる。


「逆さ吊りにされてあれこれ尋問されたけど」


 それは……。


「た、大変だったね」


「はははは、まあそういうことだよ。太陽の町の人間総出で乗り込むから、わしらの護衛はよろしく頼むさね」


 もう話は決まっているらしい。本当は戦争が始まる前にここから遠くへ離れておいた方が巻き込まれる心配をしないで済むのだけど、彼らにその気はないようだ。


「ラージュ」


 ヘレナがぼくの手を掴む。鮮やかな赤い瞳がぼくを見つめる。


「戦争とか世界のこととか、あたしには難しくて分からないけど、サーネル様があたしにくれた想いは、絶対に無駄にしたくない」


 サーネルの想い。彼は確かにヘレナを大切に想っていた。太陽の町を守るために無理をし続けてきたヘレナを、サーネルは助けたいと考えた。そのために彼は人々が地上でも安心して暮らせる世界を作ろうとし、魔王に挑み、敗れた。


 だが想いはそこで砕けたわけではなかった。彼は死の間際にぼくの魂を呼び、ヘレナと世界のことを託したのだ。ヘレナを救いたいという意思は、まだその身体に残り続けている。


「だから、あたしはどんなことでもするから――」


「うん。負けないよ」


 そう、絶対に負けるわけにはいかない。必ず魔王を倒すんだ。


 勝算なんて全くないし、胸の内は不安でいっぱいだけど。


 だからこそ曇りなく笑い、はっきりと答えた。




          *




 ――二日後。


 宣戦布告から十日が経った。


 ネアリーに向かい、巨大な影が空を飛んでいる。


 それは島だった。|広大な森の魔族≪ハイマン≫が根を張る土地――魔王城のそびえたつ島だ。


 今日こそは、魔王が出撃すると予告した日。人類と魔族の決戦の日である。


 この日を待っていたのは魔王だけではない。様々な思いをもって、人々は戦いの時を待ち望んでいた。


 ある人は平和を願い、ある人は前に進むための復讐を誓い。魔族との争いに決着をつけるべく、万を超える軍勢をもって魔族を迎え撃とうとしていた。


 そして朝日が昇り始めて間もなく、広大な山岳地帯にて、ネアリー・コードガン率いる大軍が浮遊する島の姿を捉える。


 コードガンはいった。


「出撃します」


 全ての想いは結集し、ついに開戦の時が来た。


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