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第12話 “蛇”

「ゲギャギャギャ!」


 耳障りな鳴き声を上げる小鬼(ゴブリン)を前にして、リュインは怯えたように身を竦ませた。初心者キットに入っていた短剣を握りしめる。お世辞にも質が良いとは言えないレベルの武器だが、ないよりはマシだ。


「ゆ、揺らせ、『混濁(ティルボウ)』!」


 あらかじめ練り上げていた魔力が小鬼に直撃し、わずかに小鬼の体が揺らぐ。一瞬の隙を作ったものの、リュインはその場から動けず、そうこうしている間に小鬼が正気を取り戻してしまった。


「ゲギャ!」

「ひっ!?」


 お粗末な棍棒を振りかぶり、リュインに襲い掛かる小鬼。横に2歩動けば躱せるような単純な攻撃も、箱入りの少女には荷が重かったようだ。


 俺の右手から投げナイフの要領で放たれた短剣が、小鬼の腹に突き刺さった。うめき声をあげて後ずさった小鬼の頭に左手で衝撃をお見舞いし、昏倒させる。


「し、師匠……すみません……」


 俺は無言で溜息を吐き、腹から抜き取った短剣で小鬼の首をかき切った。あまり時間をかけると、ほかの小鬼や魔狼と遭遇する確率が上がってしまう。こんな浅い場所で岩蜥蜴と遭遇したのは不運としか言いようがないが、これ以上余計な労力を使うのは危険だった。


 それなりに小鬼は狩った。リュインが1人で小鬼を倒せないというのであれば、ほかの方法を考えるべきである。人には向き不向きが存在し、向いていないことを延々とやらせるべきではない。


「……今日は終わりに――ッ!?」


 そう思い、落ち込むリュインに声をかける俺だったが――遠くから一直線にこちらに近づいてくる気配を感じ取り、慌てて迎撃体勢を整えた。


「速ッ……隠れろ、リュイン――」

「え――」


 ダメだ、間に合わない!


 草をなぎ倒して迫る強大な気配に向けて、俺は短剣を構える。


「この、ど素人が――!!」


 草をかき分けて飛び出してきた人影を見て、俺は思わず呆けた。昔に比べて短く切り揃えられた黒髪と、強い意思を秘めた銀色の右目。


「アイシャ!?」


 握り締められた拳を振りかぶった少女の狙いは、キョトンとしているリュインだ。慌てて間に入る。彼女の拳で殴られたら大怪我では済まない。


 俺の姿を認めたアイシャが止まる。だが、その顔に浮かんだ憤怒の表情は晴れない。鬼の形相でリュインを睨みつけるアイシャに、俺は思わず一歩下がった。


「お前、甘ったれるんじゃない! レンのサポートを受けて、その体たらく! 恥を知れ!」

「あ、アイシャ。リュインは初心者だから……」

「初心者!? 関係ない! 敵を殺す覚悟もない奴が異界迷宮に入るな!」


 アイシャの言葉に、リュインの肩が跳ねる。


「自分がどれだけ恵まれた環境にいるのかわかっているのか!?」


 俺を押しのけ、リュインの肩を掴むアイシャ。リュインが怯えた表情でアイシャを見上げる。


「アイシャ、やめろ」


「――レン。だけどこいつは――」


「二度は言わないぞ、アイシャ」


 短剣を向けて、アイシャを睨みつける。かつての仲間とはいえ、今は他人だ。どうこう言われる筋合いはない。


「レン、お前が私に刃を向けるのか?」


「昔はともかく、今の俺とお前は他人だ。干渉するな」


 俺が告げた言葉に殴られたように、アイシャが一歩後ずさる。俺は胸の痛みをねじ伏せ、アイシャに詰め寄った。


「アイシャ。お前、なんで『草原』なんかにいる? お前の実力なら、潜る異界迷宮はここじゃないはずだ」


「……違う」


 頭を振りながら、ゆっくりと後ろに下がるアイシャ。爛々と輝いていた銀の瞳が揺らぎ、助けを求めるかのように視線が彷徨う。


「お前ほどの実力があれば、『火山』の護衛だって、『樹海』にだって潜れるはずだ。なぜまだこんなところに――」


「――“蛇”を使っただろう?」


 今度は、俺が後ずさる番だった。


「ここに来るまでに、岩蜥蜴の死体を見た。あの口を縛り付けたのは、お前の“蛇”――アルハイだろう? あの力は、岩蜥蜴如きに使っていい力じゃないはずだ!」


 銀の瞳を潤ませて俺を睨みつけるアイシャ。


何を喰わせた(・・・・・・)? 答えろ、レン!」


 詰問というよりは、悲鳴に近かった。彼女は、この力の代償を知っている。俺の中に潜む2匹の蛇が、俺の何を喰らっているのかを。


「……お前には関係ないことだ」


 背を向ける。もはや、俺とアイシャの間には――『昔仲間だった』以上の関係性はない。俺がどこで、誰のために、どんな力を使うか、干渉される筋合いはない。


「――“迷い”だね? 喰わせたのは。レンは本来、そんなに素早く答えられるような思い切りのいい男じゃない」


「……お前に俺の何がわかる」


「わかるよ」


 銀の瞳で見据えられ、俺はさらに後ろに下がる。かつて見た意志の強い瞳は、俺を怯ませる。悩んで迷って選んだ結論を、真っ向から叩き潰してくる。


「……私は、レンのことを信じてる。いつか必ず、私のところに戻ってくるって」

「……やめろ」

「だから、それを邪魔するなら、誰であろうと容赦はしない。おい、そこの小娘」

「ひっ」


 銀の眼光を向けられたリュインが息を呑む。


「レンに“蛇”を使わせるな。レン1人なら、岩蜥蜴如きを相手に“蛇”を使う理由なんてないんだ、足手まとい。どこまで甘えるつもりなの?」


 アイシャの罵倒に、俺もリュインも言い返せない。俺は彼女の言葉が事実であるがゆえに、リュインはおそらくその気迫に飲まれて。


「……もう行く。レン、私は――私たちは、『六芒星』だったことを後悔していない」


「っ……!」


 後ろに向き直ったアイシャの髪が揺れ、左耳が露わになった。そこに輝いていたのは、金に光る六芒星のイヤリング。


 それは彼女が、『六芒星』を諦めていない証だった。


 俺は衝撃を受け止めることもできず、胸を押さえた。アイシャが――『銀ノ流星』と謳われた冒険者が、『六芒星』だったことを後悔していないと言う。かつて星のひとつだった彼女。


(そういえば……)


 アイシャの瞳が揺らいでいるところを見るのは、初めてかもしれない。いつだって前を向いて未来を信じていた少女も、迷っているのだろうか。





 † † † †




「……やってしまった」


 1人『草原』を歩きながら、少女は呟いた。余計なこととわかっていても、口を出さずにはいられなかった。『六芒星』であったときは、彼の周囲には多くの仲間がいた。だから彼が“蛇”を出すことはほとんどなかったのだ。


 あの“蛇”は、代償として『人の内側』を喰らう。記憶、思い、感情――そういったものを代償にして初めて、力を発揮する。


(アレはよくないものだ。レンにとって、絶対に)


 ウヌク。アルハイ。2匹の蛇は確かに、一時的な力を彼に与える。『六芒星』だったときは、彼の力で助かったことも何度かあった。だがそれでも、レンという人格を喰らいかねないあの力を、少女――アイシャは嫌っていた。


(それにしたって、お人よし過ぎる。なんであんな小娘を――)


 ぎっ、と響いた歯ぎしりの音に驚き、アイシャは慌てて全身の力を抜いた。自分の感情も制御できないようでは、冒険者としては2流に等しい。


 かつて『六芒星』は、『墓場』の異界迷宮で星を1つ、失った。結果として『六芒星』のメンバーはバラバラになり、それぞれが別の道を歩み始めている。


 だがそれでも、あの日あの時、ともに過ごした時間。冒険は、決して忘れられるようなものではない。


「――本当に、楽しかった」


 たった1人の少女が集めた5つの星たちは、それぞれが自分の力を発揮した。狙っていたのかどうかは定かではないが、あの時の『六芒星』はそれぞれの個性が完璧にかみ合っていたのだ。誰1人欠けてはいけない、理想のパーティ。


 そんな中、もっとも欠けてはいけなかった星が1つ欠け、そこから歯車が狂い始めた。2番目に欠けるべきでなかった星が空回りをはじめ――一気にパーティは崩壊した。


 今となっては、誰かに原因を求めるつもりなどない。3年という月日が経った今、アイシャの願いは1つだ。


「もう一度、レンと一緒に冒険がしたい」


 『六芒星』を支えた彼との冒険は、非常に楽しかった。誰が何と言おうと、彼の傍にいるべきは自分なのだ。


 しかし、レンという男は面倒な性格をしている。自己評価が低く、かつての『六芒星』でも自分のことを足手まといだと認識していた。周囲からの評価が『雑役夫』――荷物持ち、雑用係に近い評価だったことも影響しているだろう。


 自分から誘ったところで、あの男は拒絶するだろう。断じてそんなことはないのに、あの男は自分の実力ではかつての『六芒星』たちの足を引っ張ると思っているのだ。


「……何か、きっかけがあれば」


 そろそろ、アイシャの我慢も限界だ。アイシャはあまり待たされるのは得意ではないが、それ以上に人間関係の機微を察するのが苦手だ。


「うーん……」


 なんとかレンとパーティを組みたい。しかし、今のレンは頑なに元『六芒星』のメンバーと出会うのを避けている。


 何か方法を考える必要がありそうだった。

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