『影』VSセイル兄様です。
半年ぶり…でしょうか…?
とんでもなく遅くなりまして…続きを待ってくださっている方がいるかも分かりませんが、良ければお楽しみくださいませm(_ _)m
俯いていたセイル兄様がゆっくりと顔を上げると、そこにはお父様にそっくりなキラキラ笑顔が浮かんでいた。
とっても素敵な笑顔のはずなのに、それを視界に認めた瞬間、私の背には震えが走る。
まずい。
セイル兄様が尋問スタイルだ。
今この瞬間、セイル兄様に逆らってはならないと本能が告げている。
私の経験上、この笑顔を浮かべた時のセイル兄様は私が困っていようがいつものように途中で「仕方ないなあ」と折れてなどくれない。
一旦このスタイルに入れば、兄様が納得して解除されるまで徹底的に追求されるのである。
げに恐ろしきはセイル兄様なり…。
「…ねえリュート、これはどういうこと?」
のんびりとした口調で、そう問うてくるセイル兄様。
口調はのんびりしているのに感情が一切乗せられていないその声色は、聞かされている者としては恐怖でしかない。
どういうことも何も、私はただ『影』であるリヒトと話していただけなんですけど!?
そう思った直後、今の自分の状況を思い出す。
…あれ、私ってもしかして、もしかしなくても今、リヒトに抱きつかれて…いるのでは…??
「はっ、あう、セイル兄様、これはですね…!」
「うん」
真剣なお話をしていたはずなのに…あれ、どうしてこうなった!?
しかも悪いことに、私の手はリヒトの服を掴んでいる。
背後からセイル兄様の声がした衝撃で振り返った時、無意識のうちに掴んでいたらしい。
早く弁解しなければと焦るあまり、何をどこから説明したらいいのかと混乱して言葉がどんどん上手く出てこなくなっていく。
ど、どうすれば…!?
————まずはリヒトの服を掴んでいるその手を離せ、と教えてくれる人はいない。
「え、えぇっと〜…」
「うん」
セイル兄様さっきから「うん」しか言ってない!
浮気現場がバレたときの旦那ってこんな気持ちなんだろうか…?
いや、私とセイル兄様は夫婦じゃないし、そもそも兄弟で男同士だし浮気でもないんだけど!
正確には男同士じゃないけど見た目的には…って、今はそんなことどうでもいいよ!!
ていうかそもそも言い訳する必要はあるのかコレ!?
…と、私の頭の中がカオスになっていくにも関わらず、リヒトは全く意にも介していないようなマイペースさで口を開く。
「あ〜…もしかして、リュート様の…」
「兄のセイラートだよ。君は」
問いかけたリヒトにセイル兄様は間髪入れずにそう返し、視線を私からリヒトへと移した。
セイル兄様から自分について聞かれたリヒトは答えようとするが、ちょっと待ってほしい。
私に対しては別に問題ないが、セイル兄様に対してまでタメ口で話すのはマズい。
というか、私以外の貴族の前では主人やそれに準ずる者にタメ口というのはひっじょ〜〜〜にマズいのである。
礼儀的な問題で。
いかん、タメ口で話し出す前に止めなくては。
「僕は…」
「あーーーーーーっ!!」
「「!?」」
いきなり叫んだ私に、二人とも驚いた顔で私を見る。
けれどセイル兄様はすぐに困惑したような雰囲気で私に問いかけてきた。
「どうしたの、リュート?」
気遣ってくれているセイル兄様には申し訳ないが、今私は直ちにリヒトへ釘を刺しておかねばならぬことがあるのだ。
「いえ、セイル兄様は気になさらず!」
そう言いつつリヒトの服をグイッと下に引っ張り、目を瞬いているリヒトの耳許でセイル兄様に聞こえないように囁く。
(リヒト、二人っきりの時以外は敬語を使うこと!分かった?)
そう言われたリヒトは、ああ、と納得したように頷き、
(分かってるって、まあ見てて♪)
とウインクをしつつ(それが様になっている辺り恐ろしい子である)、ひらりと手を振ってむすっとした顔でこちらを見ているセイル兄様へ向き直る。
…まあ分かっているならいいのだ、分かっているなら。
そう思い、ひとまず黙って様子を見ることにした。
「話が途中でしたね。僕は本日よりリュート様の『影』としてお仕えさせて頂く者です。名はリヒトと申します」
そう言って、お手本のようなお辞儀をするリヒト。
完璧である。
そんな振る舞いもできたのか、と感心しながらリヒトを見ていると、セイル兄様が口を開いた。
「…『影』?」
眉を顰めそう言ったセイル兄様は、一拍置いてはぁ〜〜…と顔に手を当て大きなため息を吐いた後、「そういうことか…紛らわしい」と小さく呟き、葛藤を振り払うように首を振ってリヒトに向き直った。
「…リヒト、誤解して悪かった。リュートを守る『影』なら歓迎する。リュートの事をよろしくね」
おお?
なんかよく分からないけど、セイル兄様は納得してくれたっぽい。
…というかそもそも、何でいきなり修羅場ったのかすらあんまり分かってないんだけど。
いや、ほんと、何だったんだろ。
私は頭の上にはてなを飛ばしながら2人の様子を見守る。
「は…」
「でも」
返事をしようとしたリヒトの言葉を遮って、セイル兄様は再びキラキラ笑顔を浮かべる。
そして、しっかり、はっきり、くっきり釘を刺した。
「距離感は適切に、ね?」
その笑顔のプレッシャーを真っ正面から受けたリヒトはハハ、と乾いた笑いを溢しながら頷く。
「…ハイ」
それに満足そうに頷いたセイル兄様は、けれどすぐに目線を逸らして私の方をちらちら見ながら、少し唇を尖らせて拗ねたようにこう付け足した。
「…まあ、リュートがその距離感を許すというのなら、仕方ないけれど」
「………」
ん゛ん゛っっ!
何!?
いきなり天使が天使ってるんだけど何!?
かっっっわい中身が高校生女子の私には眩しすぎる!!
セイル兄様大好き!!!
ていうか私の周り可愛い子しかいないんだけどどういうことなの!?
「…リュート?」
ちゃっかりリヒトまで可愛い子認定しつつ、暴れだす脳内を鎮めるため突然固まって微動だにしなくなった私を不審に思ったのか、セイル兄様は私の顔を覗き込むように見る。
いかん、御尊顔が近くに…ポーカーフェイスポーカーフェイス。
ついでにリヒトも不思議そうな顔で見てきた。
「…リヒトとの距離感に関しては今のままでも僕は特に気にしません」
「…そう」
荒ぶる心をなんとか抑えこみつつ穏やかにそう言うと、セイル兄様の眉がへにょっと下がる。
うっ…ごめんね、でも続きがあるから!
「だって『影』は、家族のようなものでしょう?家族と接するのに距離感など然程意識しないと思いませんか?」
家族は、特別ですから。
そう言ってにっこり微笑むと、セイル兄様はぽかんとした顔をした。
その後じわじわと嬉しさが滲んで少し赤くなった頬を掻きながら、セイル兄様はようやく普通に微笑んでくれた。
…かわいいなあ。
ほんと天使。
「…そうだね。ごめんね、いきなり見知らぬ誰かと仲が良さそうにしていたから、リュートを懐柔しようとしている刺客かと思って動揺していたみたいだ」
ちょ、セイル兄様の可愛らしさにほっこりしてたのに、いきなり物騒!!
こっわ!!
…いやでもそうか、セイル兄様からしたらそう見えても不思議じゃないし、それがありえないと言えないのがこの家…というか、貴族の家の恐ろしいところ。
扉を開けたら仲のいい兄弟が得体の知れない奴に抱きつかれているのだから、動揺して当然だろう。
しまったな、すっかり油断してた。
これから敵対勢力であるフラウ夫人たちもこの家に移り住んでくるというのに、ちょっと気を引き締めないとな。
「…ごめんなさい、セイル兄様。リヒトとはついさっき会ったばかりだから、紹介しに行けなくて…」
「いや、いいんだ。いきなり訪ねた僕が悪いよ」
申し訳ない気持ちになって、セイル兄様にぎゅーっと抱きついて謝ると、セイル兄様は苦笑しながら許してくれた。
…ここまでの一連を無言で見ていたリヒトは、微妙な顔をして落ち着かない様子で突っ立っている。
ごめん、リヒト。
多分どうすればいいのか分かんないと思うけど、さっきの計画をセイル兄様に知られるとまずいというか確実に怒られるだろうから、ちょっと大人しく待ってて欲しい。
そう思いながらリヒトに視線をやる。
「………」
すると、目が合ったリヒトは何か察したのか、呆れたような顔をしたものの、笑って『はいはい』とでも言いたげに肩を竦めた。
伝わったのかどうかは分からないけど、伝わったと信じよう。
バラすんじゃないぞ。
それはそうと、セイル兄様は何の用事でここに来たんだろうか。
「そういえば…セイル兄様はどうして僕の部屋に?何か約束でもありましたっけ」
「…ああ。今日は天気がいいから、庭でお茶でもしようかと思って誘いに来たんだ。けれど、また今度にしよう」
それじゃあ後でね、と言いながらセイル兄様はこちらに背を向け、部屋を出て行く。
私は兄様の背を見送り、後ろで安堵の息を吐くリヒトに苦笑したのだった。




