伊勢原佳恵の過去
夏鈴はボールペンを取ると、今までメールを貰った人の名前をひらがなで書き始めた。
「なかがみゆうあ、あいのぐちりお、おりはらみあい……何か気が付かない?」
夏鈴が書いたメモを、三人はじっと見つめる。すると、美藍が「あっ」と声をあげた。
「これ、しりとりになってるね」
「うん、そうなんだ」
夏鈴は「なかがみゆうあ→あいのぐちりお→おりはらみあい」と、矢印をつけていった。
「おおっ、これはすごい! 夏鈴、天才!」
「い、いや、たまたま思いついただけで……でも、何でしりとりなんだろうね?」
「うーん……わかった! 犯人はきっと私たちに遊んでほしいんだ!」
真里菜が得意げにそう言うが、美藍が「そんなわけあるかっ」と一蹴した。
「でも、これだけわかっても、どうしようもないんじゃない? 何かメッセージを伝えるわけでもないだろうし……」
「メッセージかぁ。えっと、しりとりに使われる文字を繋げると、な・あ・お・い……おお、これはきっと、『なあおい、聞いてくれよ』みたいなメッセージが隠されているに違いないっ!」
「い、いや、違うと思うけど……」
「ええっ、せっかくの名推理だと思ったのにぃ……」
はぁ、と真里菜はため息をつくが、美藍は「そりゃそうだろ」とツッコミを入れる。
「しかし、その法則が分かれば、次にメールが送られる人が分かるんじゃないか?」
「え? あ、そうか。しりとりになってるから、次は『い』から始まる人に送られる可能性が高いってことね」
「もちろん、この法則通りなら、の話だけ……カエどうした?」
ふと美藍が佳恵の様子をうかがうと、佳恵は青ざめた顔で震えていた。
「も、もしかして、美藍ちゃんの次って……」
「俺の次……ああ、そうか。もし次が『い』だったら、『伊勢原』が名字のカエにメールが来るかもしれないのか」
「うん……私のクラス、名字の最初が『い』の人、私だけだし……」
それを聞いて、夏鈴が「あっ」と声をあげた。
「そういえば、他の人にも同じメールって届いてるのかな。私たちのクラスだけっていうのもおかしいし……」
「佳恵から話を聞いて調べたけど、そんなメールを受け取ったって言う人、まだいないよ?」
「じゃあ、やっぱり……」
夏鈴と真里菜の話を聞き、ますます佳恵の顔色が悪くなる。
「はっはっは、しかし、それも俺がいなくなったら、の話だろう? そのためにカエの家に泊まるわけだし、みんなで見ていてくれるなら問題ないだろう」
そう言うと、美藍は佳恵の背中をぽん、と叩く。少し強すぎたのか、佳恵は少し前のめりになった。
「う、うん、そうだけど……」
「家にいる間は大丈夫だよ。鍵を掛けておけば、誰も入ってこられないしね」
美藍はそう言いながら、窓に鍵をかけ始める。
「今日は両親がいないんだろう? なら、玄関も鍵を掛けておこう」
「うん、そうだね。ちょっと行ってくる」
佳恵はそう言うと静かに立ち上がり、部屋を出ていった。それを見届け、階段を降りる足跡が聞こえると、美藍は夏鈴に向けて言った。
「それにしてもカエの奴、えらく青ざめてたな。大体これって、単なるトシデンセツってやつじゃないのか?」
「うーん、何でだろう? まだ中上さんも莉緒も、行方不明になったって決まってないのに」
夏鈴は顎に手を当てて考える。確かに中上優愛がいなくなって丸二日以上、相野口莉緒がいなくなって半日以上が経つ。しかし、まだ心配するような時間ではないはずだ。
「多分、昔のことがあるからでしょ」
静かになった部屋で、真里菜が口を開いた。
「佳恵って、こっちに来たの小学校五年の時でしょ? 前の学校で、同じように学校の七不思議みたいなのがあって、それで友達が巻き込まれたことがあったんだって」
「え? そうだったんだ」
「うん、なんでも、七不思議に首を突っ込んだ女の子二人が亡くなったんだって。今回みたいに、七不思議のことを調べていたら、二人とも行方不明になって、一週間後に山奥で遺体で……」
「ひいっ!」
真里菜の語り口調に、思わず夏鈴が小さく悲鳴をあげる。
「なるほど、カエにもいろいろあったんだな。まあ、俺がいなくならなければいいだけの話だ。大丈夫、どこにも行ったりしないよ」
「美藍、多分それは慰めにならないよ。その時も、その二人は『私だけは大丈夫』って言ってたらしいから」
「うっ……そう言われると困るな……」
ちょうどその時、ドアを開ける音がした。佳恵が相変わらず元気の無い顔で部屋に入り、そのまま座り込む。
「家の鍵は、全部かかってる?」
「うん。多分、大丈夫」
「そうか、なら今日は大丈夫だろう」
そう言うと、美藍はすっと立ち上がった。
「ちょっとトイレ」
そして、部屋から出ていった。バタン、という音が部屋に響いた。
美藍が出ていって数分経つが、誰も口を聞こうとしない。
カチコチという時計の音だけが、部屋に響き渡る。
「……ちょっと早いけど、もう寝ちゃう?」
夏鈴はちらりと時計を見た。時刻は午後九時をすぎたところ。寝るには少し早いだろうか。
「ま、まだ早いよ! 夜はこれからだよね、佳恵!」
真里菜は無理やり明るくふるまうが、佳恵は動かない。
「……美藍ちゃん、トイレにしては遅くない?」
「気のせいだよ。メールのせいで、そう思ってるだけで……」
「私、ちょっと見てくる!」
佳恵は急に立ち上がり、部屋を飛び出した。ドタドタという足音が、佳恵の慌てっぷりを感じさせる。
「そんなにあわてなくてもいいと思うんだけど……」
「心配性なんだよ、佳恵はああ見えて……」
真里菜が言いかけた時、突然「きゃぁぁ!」という悲鳴が聞こえた。
「え、佳恵? ど、どうしたんだろう?」
夏鈴と真里菜は、慌てて部屋を飛び出す。家全体が揺れているのかと思うほど、二人が階段を降りる音が激しく聞こえる。
「佳恵、どうしたの? 何かあった?」
夏鈴があたりを見回すと、トイレの前で倒れ込んでいる佳恵の姿があった。トイレはドアが開いており、そこから暗い廊下に光が差し込んでいる。
「み、み、美藍ちゃんが……いなくなっちゃったの!」
「えっ!?」
夏鈴と真里菜がトイレを覗くと、電気が付きっぱなしで誰もいない。
「そんな……ど、どこに行っちゃったんだろ?」
周りを見渡すが、美藍の姿はどこにも無い。洗面所はもちろん、リビングにも風呂場にも、キッチンにも見当たらない。
「あ、そうだ、玄関……」
外に出たのかも、と夏鈴は玄関に向かう。
「美藍の靴はある……ってことは、やっぱり中に?」
そう言って、外に出ようとした時、夏鈴は気が付いた。
「えっ、か、鍵が開いてる!?」
その声を聞いて、真里菜がこちらに駆けつけてきた。
「本当だ! 佳恵、ちゃんと鍵は掛けたんだよね?」
佳恵もゆっくりと、玄関にやってきた。
「そんな……私、たしかに鍵、掛けたのに……」
力が抜けたのか、佳恵はその場で倒れ込んだ。夏鈴は開いていた鍵をもう一度閉めると、佳恵のそばにかけよった。
「か、佳恵、大丈夫?」
「夏鈴、私家の中を見てみる。佳恵のこと、任せたよ!」
佳恵の心配をしながらも、夏鈴に後のことを任せると、真里菜は他の部屋の捜索へ向かった。
「やっぱり……学校の七不思議って、あったんだ……私が一緒に付いていれば……」
「まだわかんないでしょ? もしかしたら、美藍が私たちを脅かそうとしてるかもしれないし」
「美藍ちゃん、そんなことする? ねぇ、どうしよう、もし私にメールが来たら、私、私……」
その時、佳恵のポケットから通知音が流れた。佳恵は恐る恐るポケットに手を伸ばす。
「佳恵? だ、大丈夫だよ、多分親からとか、メルマガかもしれないし……」
スマホを取りだすと、メールが一件届いている。佳恵が恐る恐るそのメールを開くと、力が抜けたようにスマホを落とした。
「そんな……いやぁぁぁぁあ!」
佳恵の悲鳴が家じゅうに響き渡る。夏鈴がスマホを拾うと、そこにはあのメッセージが書かれていた。
「伊勢原佳恵様、48時間以内にお迎えに上がります」




