折原美藍の失踪
佳恵の悲鳴を聞きつけ、真里菜が急いで戻ってくる。
「佳恵、どうしたの? すっごい叫び声だったけど」
震える佳恵の肩を抱いて真里菜が言うと、佳恵は怯えた顔でスマホを差し出す。何かを言おうとしているようだが、口を動かすのが精いっぱいで声になっていない。
「え、メール? ……こ、これって……」
真里菜は文面を見て言葉を失った。
「美藍、やっぱりどこにもいないし、このタイミングでこんなメールが来るってことは、やっぱり……」
「と、とにかく美藍を探さないと。真里菜、家の中はどこにもいなかったんだよね?」
「う、うん。一通り探してみたけど、やっぱりいないの!」
「じゃあ、家の周りを探してみようよ! まだそんなに時間経ってないし、近くにいるかも!」
「で、でも佳恵が……」
「わかった、真里菜は佳恵のそばにいて! 私、ちょっと周りを見てくる!」
「え、ちょ、ちょっと夏鈴!?」
真里菜が止めるのも構わず、夏鈴は玄関の鍵を開けて飛び出す。
ひとまず周囲を見てみるが、人の気配がない。街灯が灯る道路は、静かなものだった。
「美藍! どこ?」
ひとまず叫んでみるが、むなしく夏鈴の声が響くだけだ。
美藍の家の方や学校の方にも走っていくが、人が通る気配すらない。昼間ならどこまででも探しに行くところなのだが、最近不審者が多いという話もあり、探し回るのは得策ではない。
「あ、そうだ、とりあえず交番に……」
ふと、近くに交番があったことを思い出した夏鈴は、来た道を戻って途中の丁字路で曲がり、交番を目指した。
交番にいたおまわりさんに事の次第を話したのだが、まともに取り合ってくれる様子は無かった。一応美藍の名前と住んでいる場所、連絡先などは伝えたが、「夜遅くに歩きまわらないように」と注意をされてしまった。
佳恵の家に戻ると、真里菜が玄関まで駆けつけた、
「おかえり、どうだった?」
「美藍、どこにもいないみたい。警察にも言ったんだけど、あまり相手にされなくて」
「そっか……」
「佳恵は?」
「今部屋にいるよ。今は落ち着いたみたい」
真里菜が言うには、しばらく「私、消えたくない!」と叫んでいたが、部屋で飲み物を飲ませてなんとか落ち着かせたそうだ。佳恵の部屋に戻ると、青ざめた表情で俯く佳恵が、ベッドに座っていた。
「佳恵、落ち着いた?」
「……なんとか……」
夏鈴が佳恵に声を掛けると、後から真里菜がココアを運んできた。佳恵はそれを手に取ると、ふぅ、と息をつく。
「美藍ちゃん、見つかった?」
佳恵の問いかけに、夏鈴は首を横に振る。
「警察には言ってあるから、何かあったら教えてくれると思うけど……」
一階には、夏鈴と佳恵、そして真里菜の三人以外に誰かいる気配はなかった。美藍が隠れそうなところなど、思いつかない。
「美藍ちゃん……どこに行ったの? このままじゃ、私……」
「佳恵、大丈夫、私たちがいるから。今日は一緒に、手をつないで寝ようよ!」
夏鈴は、両手でギュッと佳恵の右手を握る。
「夏鈴ちゃん……」
「私も、今日は三人で川の字になって寝ようよ!」
真里菜も、佳恵の左手を握った。
「真里菜ちゃん……ありがとう!」
そう言うと、佳恵はすっと立ち上がった。
「じゃあ、お布団敷くから、手伝ってくれないかな」
佳恵が部屋のふすまを開けると、上段から敷布団を取りだした。
「佳恵、準備いいね……」
「うち、結構友達泊まりに来るからね」
二人分の布団が敷かれると、真里菜は「あっ」と声を出した。
「そうだ、お風呂! まだ入った!」
「あ、そういえば……なんだかんだあって忘れてたね」
「よーし、なら今日は三人で一緒に入っちゃおう!」
「え、ちょ、真里菜ちゃん、うちのお風呂、そんなに広くないよ?」
「いいからいいから、流しっこしようぜー!」
いつになく真里菜は張り切って着替えを準備する。その姿にあきれながらも、夏鈴と佳恵も着替えを準備した。
タオルケット一枚に、高めに設定されたクーラーが効いた、暗い部屋。寝心地は悪くないが、夏鈴は寝付けなかった。
念のため、もう一度美藍に電話を掛けてみたものの、まったくつながらない。美藍はアパートで独り暮らしだし、他に連絡を取る手段はない。
「美藍、どこに行ったんだろう……」
「……夏鈴ちゃん、眠れないの?」
夏鈴のつぶやきに気が付いたのか、佳恵が声を掛ける。
「ちょっと考え事」
「やっぱりあのメールって……」
バニッシュ・メール。たしかに、これまで起こったことが偶然とは考えにくい。メールを送られた人は、そのあとに行方不明になる。しかし、「本当に行方不明になった」のか分からないのも確かだ。
「佳恵、メールを送られただけで人がいなくなるなんて、この世界にそんなことはありえないよ。大丈夫、中上さんも莉緒も、美藍だってちゃんとどこかにいるよ。佳恵も、私のそばからいなくなったりしない」
夏鈴は佳恵の右手を、両手でぎゅっと握った。
「友達でしょ、私たち。ずっと一緒だから」
「夏鈴ちゃん……」
「大丈夫、絶対に」
カーテンの隙間から、わずかに光が差し込む。その時に見えた佳恵の目には、涙が溜まっているように見えた。
「明日、またみんなを探しに行こう。まだ探してないところがいっぱいあるし、みんなで探せばきっと見つかるよ」
「うん、そうだね」
そう言うと、夏鈴は右手だけ佳恵の手から離し、あおむけになった。
「お休み。こんなときになんだけど、いい夢が見られるといいね」
「うん、そうだね。お休み、夏鈴ちゃん」
しばらくすると、また静かな部屋に戻った。時々聞こえる真里菜の寝言を聞きながら、夏鈴は夢の中へと入っていった。
うっそうと茂る森の中、夏鈴は必死に走り回る。
「佳恵、ねえ、どこにいるの?」
「夏鈴、こっちはいない!」
遠くから真里菜の声が聞こえる。そして合流した瞬間、スマホの通知音が鳴り響いた。
「江戸田真里菜様、48時間以内にお迎えに上がります」
真里菜のスマホに届いたバニッシュ・メール。真里菜はそれを読むと、そっとスマホをポケットにしまう。
「……? 真里菜、どうしたの?」
「さよなら、夏鈴……」
突然、真里菜は走り去っていく。
「待って、真里菜!」
夏鈴は必死に真里菜を追いかけた。するといつの間にか、夏鈴の家の近くにある墓地にたどり着いていた。
「あれ……真里菜?」
薄暗い墓地の中、夏鈴は一人で真里菜を探す。見たことのあるような光景が、いくら歩き回っても続いている。そんな気がした。
ふと、墓地には似つかわしくない、ひときわ目立つブルーシートが目に飛び込んだ。どうやら何かにかぶせてあるらしく、山のように膨らんでいる。
あれをめくってはいけない、そんな恐怖よりも先に、好奇心が勝る。夏鈴は胸の鼓動が大きくなるのを感じながら、ブルーシートをめくった。
「……! いやあぁぁぁぁぁ!」
気が付くと、夏鈴は叫びながら飛び起きていた。周りを見渡すと、そこは佳恵の部屋だとわかった。
「はぁ、はぁ……あの夢は一体……」
額をぬぐうと、汗でぬれる。クーラーの風がそこに当たり、クシュッ、とくしゃみをした。
「……夏鈴……? どうしたの? なんかすごい声聞こえたけど」
真里菜が目をこすりながら起き上り聞いた。
「あ、真里菜、おはよう。ううん、ちょっと変な夢を見ただけだから」
「変な夢?」
「うん、佳恵と真里菜がいなくなって、一人で墓地を探す夢」
「えぇ、私もいなくなるの? いやだなぁーもう」
真里菜は一人でハハッと笑う。
「……佳恵が起きたらさ、ご飯食べて、みんなで探しに行こう。中上さん、莉緒、美藍、いなくなった友達を」
佳恵は立ち上がると、ぽつりとこぼした。
「……大丈夫、絶対、行方不明なんかになっていないから」




