中上優愛の消失
相野口莉緒に来たメールを見て、お互い顔を見合わせた。
「これって……」
「中上さんに来たメールと、同じ内容ですね」
夏鈴は、昨日見たメールの内容を思い出した。
「中上優愛様、48時間以内にお迎えに上がります」
「……お迎え、ってどういうことだろう?」
「さぁ……別に、私は誰かにお迎えされるような覚えはありませんし、家もそんなに遠くないですから」
「誰かが迎えに来るって、一体誰が……」
ふと、夏鈴は気になることが一つ思い浮かんだ。
「あっ、メールアドレス!」
夏鈴は突然、莉緒のスマホを手に取ってメールアドレスを確認した。やはりbanishmailのアカウント名だ。
「……っていうことは、やっぱり同じ人が送ってきた……?」
「そういうことになりますね。でも、一体誰が……?」
夏鈴と莉緒が考え込んでいると、佳恵が「あっ」と声をあげた。
「バニッシュ・メール……どこかで聞いたことがあると思ったら、昔流行った学校の七不思議のひとつだ!」
「学校の七不思議?」
「うん」
いろんな学校に存在する、「学校の七不思議」。同じ内容の物もあれば、学校特有の物もあるだろう。その中の一つに、「バニッシュ・メール」というものがあるらしい。
「昔、いじめられていた子が、さっきみたいなメールを匿名で送っていたらしいの。もちろん、フリーメールでね。それで、そのメールが届いた子は、四十八時間以内にみんな行方不明になっちゃったんだって」
「行方不明……?」
「そう。それで、メールが誰にも届かなくなってしばらくして、行方不明になった子が全員見つかったそうなの。でも全員……」
佳恵のしゃべる速さがゆっくりになり、夏鈴と莉緒は息を飲む。
「墓地の近くでミイラになっていたそうよ」
佳恵が話し終ると、夏鈴と莉緒は「ひぃぃ!」と声をあげた。閑静な住宅街全体に、大きな声が響き渡る。
「ま、まあ、これは昔の話だし、今ではほとんど忘れられているから」
「で、でも本当にあったら怖いよ! もし中上さんがそれで居なくなったら……」
「うーん、でもただ帰ってきてないだけかもしれないし、夜にでもまた電話してみるよ。それに」
そう言うと、佳恵は自分の帰り道の方向に向かう。
「こんないたずらメールの相手なんて、していられないしね」
佳恵はそのまま、「じゃあね」と言って帰ってしまった。
「……えっと、江戸峰さん、私たちも帰りましょうか。このままこうしていてもしかたがないですし」
夏鈴が佳恵に見とれていると、莉緒が話しかけてきた。
「えっ? あ、そ、そうね。でも、莉緒、大丈夫?」
「はい。確かに、その噂話は気になりますけれど、噂話は噂話です。何かありましたら、江戸峰さんや伊勢原さんに連絡しますから」
そう言って、莉緒も帰ってしまった。
一人取り残された夏鈴は、嫌な予感がしながらも、二人と同じく帰路に着く。
「それにしてもあのメール、本当にいたずらなのかしら?」
架空請求やフィッシング詐欺のメールならまだしも、ただ単に「迎えに上がります」だけの文面。いたずらにしては、あまりに意味が分からなさすぎる。本当に学校の七不思議のひとつなのだろうか……
「まさかね」
夏鈴は誰も通らない道でそうつぶやくと、熱い日差しの中、一人自宅へ向かった。
その日の夜、夏鈴が夕食を摂っていると、佳恵から電話が掛かってきた。
「もしもし……え、本当に?」
しばらく通話したあと、夏鈴は「ごちそうさま」と言って席を立った。
「夏鈴、どうしたの?」
「ちょっと、友達から電話があって……出かけてくるね」
「早く帰ってくるのよ。変な人、多いんだから」
母親の心配をよそに、夏鈴は急いで出かける準備をする。そして、慌てて家を飛び出した。
佳恵の話では、やはり優愛は家に戻っていないらしい。自宅に電話を掛けたところ、朝から友達と遊びに行くと言って出かけたきりだそうだ。
学校の近くの公園まで行くと、佳恵がこちら向かって手を振っていた。公園の街灯の下で待っていた佳恵は、走ってきたのか汗だくなのがわかった。
「中上さん、やっぱり戻ってないって?」
「うん、優愛ちゃんの親の話だと、たまにこういうことがあるってことなんだけど……」
「でも、心配だよね……莉緒には?」
「声を掛けてみたけど、夜は外出禁止されてるんだって。親が心配性らしくて」
時刻は既に二十時。夏も言うこともあり、今から暗くなる時間だ。部活動で遅くならない限り、親としては女の子を外で出歩かせたくはないだろう。
「どうしよう、とりあえず商店街の方に行ってみる?」
「そうだね、もしかしたら、ゲーセンにいるかもしれないし……」
佳恵の提案に夏鈴が頷くと、二人は商店街に向かって走っていった。
さすがに夏休みということもあり、商店街は昼ほどではないが人通りが多い。
夏鈴と佳恵は、ひとまずゲームセンターに向かう。すれ違う人々の中には、制服を着た学生も見られた。
「こんな時間まで出歩いていて、大丈夫なのかな」
「私たちが言える立場じゃないけど……でも、夏休みは多いよね」
念のために、途中にある店も軽く覗いてみる。学生は見かけたものの、優愛らしい人物は見当たらなかった。
ゲームセンターに到着すると、店内を探しながら早速店員に尋ねる。
「すみません、この子、見かけませんでしたか?」
佳恵はスマホで撮影して置いた、優愛の写真を見せた。
「えっと……ああ、いっつも来てる、すっごい音ゲーが上手い子ね。今日は来てないなぁ」
「いつもは、夜どのくらいまでいるかわかります?」
「遅いときはギリギリまでいるよ、十時になって店を出るように声を掛けたこともあったね。ほら、十八歳未満は午後十時までしかいられないから」
「そうですか……」
念のために店内の客にも聞いてみたものの、誰も優愛の姿を見た人はいなかった。
「うーん、優愛ちゃん、ゲーセンでは有名人っぽいけど、今日見た人はいなかったね」
「どこに行ったんだろう……」
二人は優愛がいそうな場所を考えたが、あまり交流がなく、思い当たる所はなかった。
「……とりあえず、今日は帰ろうか。優愛ちゃんのお母さんも、こういうことはよくあるって言ってたし」
「中上さん、夜遊び好きなのかな?」
「朝帰りしたこともあるんだって」
「え、高校生で!?」
「私は無いけど、今の高校生って、多いんじゃないの?」
「そんなものかなぁ」
夜遅くまで出歩くことが無い夏鈴はピンとこなかったが、周りの学生を見ていると「そうかもしれない」と頷いた。
「これ以上遅くなっても親に心配かけるから、今日のところは帰ろうよ」
「そうだね。探す当てもないし、これ以上ここにいてもしょうがないしね」
結局この日は優愛を見つけられず、夏鈴と佳恵はそのまま家に戻ることにした。
汗だくになった体をシャワーで洗い流しながら、夏鈴はやはり優愛のことが気になっていた。同時に、今時の高校生と自分との違いについても考えていた。
ちゃんと勉強をして、大人の言いつけを守ること。そうやって、ずっと過ごしてきた。でも、夜出歩いている同世代の姿を見ると、自分が普通ではない気がしてきたのだ。
「……ちょっと真面目すぎなのかな、私」
莉緒のように、門限が決められていたり、夜出歩くことを禁止されている子も少しはいる。しかし、今の時代、そんな子の方が珍しいのだろう。そう考えると、一日くらい姿を見せないからといって、心配することは無いのかもしれない。
しかし、メールのことがあり、やはり優愛のことは心配だ。
「とにかく、明日また中上さんを探してみよう」
そう言ってシャワーを止めると、夏鈴は風呂場から出た。




