知っていること
いつもにぎわっている公園だが、今の時間帯は夏休みだというのに人が少ない。間もなく十二時なので、昼食を摂るために家に帰っているのだろうか。
空いているベンチに三人が座ると、美藍が切りだした。
「……で、知っていることって何だ?」
下を向いたまま、膝の上で両手を握りしめながら、「実は……」と佳恵がつぶやく。
「バニッシュ・メールね、最初は、私がみんなに送ったの!」
「え、佳恵が? 一体どうして?」
「最初は、ちょっとしたいたずらのつもりだったの。ちょうど私たち、名前がしりとりになっていたから、優愛ちゃんから送ったらおもしろいかなって。それで……」
優愛はよく遠征でどこかに行くし、莉緒はあらかじめ旅行に行くことを知っていた。だから、二人がメールを送られたあと行方不明になったように思わせるのは簡単だった、という。
「あぁ、なるほど、だから俺には、あの夜帰るように言ったのか」
「うん、ごめんね……」
フルフルと震えながら、佳恵は続けようとする。
「で、でも、佳恵だけじゃんですよぉ! 私だって手伝ったんだから、佳恵だけ悪く言わないで欲しいですぅ!」
「マリナ、お前もかよ……」
美藍ははぁ、とため息をつきながら、二人を見つめた。
「……しかし、それならカリンは一体どこに行ったんだ? メールがいたずらなら、行方不明になるはずないじゃないか」
「それは……」
「それに、何でもう一回メールが来たんだ? しりとりだったらカリンで終わるはずだし、第一知っている人間に送ったところで意味が無いじゃないか」
美藍は腕を組みながら「うーん」と考え込む。
「実はね、私たちが使っていた、banishmailっていうアカウントが、誰かに乗っ取られていたんですよぉ。それで、多分乗っ取った人間が、優愛や莉緒にメールを送ったんですぅ!」
「へ、乗っ取られた?」
「そうなんですぅ! 佳恵が念のため確認したら、送信メールも受信メールも全部消えていたんですぅ!」
「はぁ……マリナが間違って消したんじゃないのか?」
「違いますよぉ! 私が使ったのは一回だけですし、他のところをいじったわけでもないんですぅ!」
banishmailのアカウントは、ほとんどが佳恵が管理しており、真里菜が使ったのは佳恵にバニッシュ・メールを送った時だけであるという。
「それじゃあ、その乗っ取った奴がカリンをどこかに連れていって、ユウアやリオにメールを送ったってことか?」
「夏鈴ちゃんを連れ去ったかは分からないけど、多分メールは乗っ取った人が送ったんだと……」
「だったらさっさとアカウント消すか、パスワードを変えるかしないと……」
「大丈夫、パスワードは昨日変えたばかりだから。これ以上は送られない……と思うんだけど……」
「ふぅん、なら、大丈夫か……また乗っ取られなければ、だけど」
美藍はベンチに寄りかかりながら、公園を見渡した。まばらに散歩に来たり、子供が一人で遊んでいたりするくらいで、まだ人は少ない。
「それにしても、ユウアはともかく、莉緒はどこに行ったんだろうな。執事の……ヨコヤマサンも知らないって言ってるし」
「そうなの。今回は私たちが送ったわけじゃないし、莉緒ちゃん、別に用事があるなんて言って無かったし……」
「俺も友達に聞いてみるけど、そのメールがらみだったら面倒だよな。もし誰かが誘拐したとすると、犯人は大柄な男か、あるいは複数犯……」
美藍が顎に手を当てて「うーん」と考え込むと、真里菜が「おお、これは」と身を乗り出した。
「美藍の探偵モードですなぁ。このモードになると、今まで見てきた美藍の探偵ものの知識がフル導入されて、灰色の脳細胞が活性化するのですぅ!」
「うるさいなぁ、いちいち解説するな!」
美藍は真里菜の頭をぐりぐりとげんこつで小突く。
「い、痛い、痛いですぅ! すぐに手を挙げるのはいけないんですぅ!」
真里菜が頭を押さえながら言うと、美藍は「お前が邪魔をするからだ」と不機嫌そうに返した。
「あ、でも美藍ちゃんって、部活動の落とし物とか失くした物とか、結構すぐ見つけ出すよね。もしかして、探偵の素質、あるんじゃない?」
「ん、そうか? あれは大体落としそうな所を探しているだけだし、人の行動を考えれば大体わかるもんだけど」
「そういうのって、なかなかできないよ。もしかしたら、今回メールを送った犯人も、莉緒ちゃんの居場所も、すぐに見つけるかも」
「かいかぶりすぎだ。人と物じゃ見つける難易度が全然違う。物は誰かが動かさなければ動かないが、人はよく動くからな」
「そ、それはそうだけど……」
「とにかく、リオもカリンも、今のところどこに行ったのか見当もつかない。カリンに至っては捜索願が出ているくらいだからな。もしかしたら不審者という可能性もあるから、先生にも一応連絡を……」
美藍が言っていると、突然グゥ、という音が鳴った。美藍の腹からのようだ。
「あれれぇ、美藍、さっきケーキを食べたのに、もうお腹が空いちゃったんですかぁ?」
「う、うるさいなぁ、運動するとすぐにお腹が空くし、頭を使うのだってエネルギーが必要なんだ」
「ほほぅ、それ以前に、今は成長期ですからなぁ。たくさん食べて、ここにも栄養が行き渡るようにしないと……」
真里菜が美藍の胸に手を掛けようとすると、美藍は真里菜の頭にげんこつを食らわせる。
「--っ! い、今までで一番痛いですぅ……」
「まったく、こんなのがマネージャーで、本当に大丈夫なのかねぇ」
そう言って、美藍は立ち上がった。
「さて、そろそろお昼だし、俺は家に帰って食べるつもりだけど、どうする? 午後から練習があるし」
「じゃあ私は美藍の家で食べますぅ!」
「ふぅん、残飯くらいしかないけど、食うか?」
「そ、そんな、美藍は私が飢えて死んでもいいっていうのですかぁ? 酷いですぅ!」
「一食抜いたくらいじゃ飢えたりせん。嫌なら自分の家で食べるこったな」
「うぅ……」
しょんぼりしている真里菜をしり目に、美藍は「カエはどうする?」と尋ねる。
「うーん、私も家で食べようかな。多分、お母さんが準備してくれてるし」
「そうか、じゃあもし何か分かったら連絡してくれ。あ、もしよかったら、俺たちの練習、見に来ないか? ちょうど紅白戦やるから」
「わかった、じゃあ、お昼ごはん食べたら行くね」
佳恵がそう言うと、美藍は「また後で」と公園から出ていった。
「……ねえ佳恵、夏鈴って、やっぱり誰かが連れ去ったんですかねぇ?」
しょんぼりしていると思っていた真里菜が、突然話だした。
「え、さ、さぁ、どうなんだろうね。捜索願出されてるくらいだから、そうなんじゃない?」
「まあ、あんな女、消えてくれた方がうれしいんですけどねぇ……でも、もし誘拐なら、どんなもの好きが連れ去ったんでしょうねぇ?」
「さ、さぁ……誰でも良かったんじゃない?」
「……」
「……ま、真里菜ちゃん?」
今度は黙り込んでしまった真里菜に、佳恵が声を掛ける。すると、突然真里菜は「あっはっは」と声を出して笑った。
「そうですよねぇ! あんな女連れ去るくらいだから、別に女子高生ならだれでも良かったんですよぉ! まあ、誰が連れ去ったか知りませんけどぉ、こちらとしては助かりましたぁ! まあ、私たちの真似をしている奴がいるのが気に食わないですけどぉ、パスワード変えたから、もうマネできないですしぃ」
「ま、真里菜ちゃん、お、落ち着いてよ!」
「……あ、と、取り乱しちゃいましたぁ。そ、そうだ、私もマネージャーとして練習に付き添わないといけないから、そろそろご飯食べに帰りますねぇ!」
そう言うと、真里菜は手を振りながら公園を後にした。
「……真里菜ちゃん、最近変わっちゃったな……」
真里菜の豹変ぶりに驚きながら、佳恵は家に戻ることにした。




