バニッシュ・メールの過去
佳恵たちが莉緒の家に上がると、昨日勉強会をした部屋に通された。どうやら、ここはゲストルームになっているようだ。
テーブルの上には、既にいくつかティーカップが伏せられて置かれている。中央には、お菓子の入ったカゴもある。いつ客が来ても、すぐにもてなせるように、準備しているようだ。
「わーい、お菓子ですぅー」
「こら、行儀悪いぞ」
カゴのお菓子に手を出そうとする真里菜の襟を、美藍がつかんで止める。
「真里菜ちゃん、さっき喫茶店に行ったばかりじゃん」
「だってケーキ食べてないですしぃ」
真里菜がぶつくさ言いながら椅子に座ると、コンコン、とノックの音がした。そして執事の横山が、ティーポットやお菓子を乗せたトレーを持って入って来た。
「ご心配なさらずに、ちゃんとご準備しておりますので」
「あ、すみません、お構いなく……」
お菓子とケーキをテーブルに並べる横山に一礼しつつ、美藍も席に着く。カップをひっくり返して紅茶を入れると、紅茶の良い香りが漂う。
「どうぞ、遠慮なくお召し上がりください」
「わーい、いただきますですぅ」
横山が言い終わる寸前で、真里菜はフォーク片手に目の前のモンブランにがっつく。
「そんなにあわてなくても大丈夫ですよ」
横山も席に着くと、淹れたての紅茶に手を伸ばした。
「あ、そういえば、バニッシュ・メールについてなんですが……」
美藍が尋ねると、横山は「そうでしたね」とカップを置く。
「バニッシュ・メールというのは、実は二十年ほど前……ちょうど、わたくしがあなた方と同じくらいの歳の時に出来た話だと言われています」
「へぇ、そんなに前からあるんですか」
頷きながらモンブランを口に入れると、美藍は「あ、美味しい」と思わずつぶやいた。
「でも、二十年前って、平成だよね。割と新しくない?」
「そうですね、携帯電話が普及してからですので、そこまで昔ではありません。昔も似たようなことはあったそうですが……」
コホン、と咳ばらいをすると、横山は続ける。
「わたくしの学年で、クラスは違いますが、いじめられていた女の子がおりました。彼女はとても大人しくて、友達が少なかったそうで、いじめを止める人がおりませんでした。結局、いじめに耐えかねた彼女は、しばらくして校舎の屋上から飛び降り、お亡くなりになりました」
「自殺……」
「ええ、もちろん、いじめの対象になっていたため、彼女の死を悲しむ人は少なかったようですけれどね。ただ、それから数日後のことでございます。彼女をいじめていた生徒の一人の携帯電話に、メールが届きました」
「それが、バニッシュ・メール……? もしかして、こういうメールじゃないですか?」
美藍は、以前自分に来たメールを開き、横山に見せた。横山はそれを見て、「はい、その通りでございます」と返す。
「少し文面は違ったと思いますが、同様のメールが届いたそうです。その生徒はいたずらメールだと思って取り合わなかったのですが、次の日、学校には来ませんでした」
「やっぱり、行方不明に?」
「その時はまだ分かりませんでした。しかし、その後いじめに関わった別の生徒にもメールが来て、その生徒も学校に来なくなりました。こうして、メールが来ては生徒がいなくなり、生徒がいなくなってはメールが来て……が何回か繰り返されました」
「……結局、いなくなった生徒は見つからなかったんですか?」
静かに聞いていた美藍が、言葉を挟む。横山は「それが……」と続けた。
「ある生徒がいなくなった後、しばらく誰にもメールが来なくなりました。その間も、先生方や親御さんは必死にいなくなった生徒を探していたのですが、メールが来なくなって数日後、学校の裏山で……」
三人は思わず息を飲む。
「……遺体となって発見されました。同じ場所で、埋められていたそうです」
思わず部屋に悲鳴が響く。結局、犯人は誰なのか、今も分かっていないらしい。
「もっとも、現在では都市伝説となっておりまして、同様の事件は起こっては……」
そこまで言いかけて、横山は「そういえば」と付け加えた。
「いたずらで同様のメールを友人に送った方が、何名か行方不明となっていると聞いております。関係があるかどうかは分かりませんが……都市伝説だからと真似をしないようにしたほうが良いですね」
はっはっは、と笑う横山の隣で、思わず佳恵がせき込む。
「ん、カエ、どうした? のどにでも詰まったか?」
「けほっ、けほっ……ご、ごめん、ちょっとケーキが詰まっただけだから」
そう言うと、佳恵は紅茶をゆっくり飲んだ。
「……私が知っていることはこれくらいでしょうか。しかし、バニッシュ・メールがどうかしたのですか?」
横山が尋ねると、「実は……」と美藍が今までのことを説明した。
バニッシュ・メールが自分たちに届いており、中上優愛と相野口莉緒が行方不明になっていること、さらに友人--江戸峰夏鈴に至ってはまだ見つかっていないことも話した。
「ほほう……確かに、二十年前の事件によく似ております。ただ、最初に送られた時はみなさん誰も行方不明にはなっておられないのでしょう?」
「そうなんですが、カリンはまだ見つかっていなくて、ずっと行方不明なんです。もう一週間くらい経つのに……」
「確かに、さすがにいなくなってから時間が経ちすぎておりますね。莉緒様も戻られないので少々心配ですが、今は戻って来られるのを待つしかないでしょう」
「そう……ですか……捜索願は出していますし、私たちに出来ることはないですよね……」
「いざとなりましたら、わたくし共も協力いたしますので、その時は是非ともお声をおかけください」
そう言うと、横山は外ポケットから名刺を取りだし、三人に渡した。
「それにしても、ユウアもリオもカリンも、一体どこに行っちゃったんだろうなぁ」
帰りの坂道を下りながら、美藍は頭の後ろに両手を組みながら言った。
「本当、どこ行っちゃったんですかねぇ? もしこれで美藍までいなくなったら、私、困りますぅ!」
そう言って真里菜は美藍に抱き着こうとするが、美藍は「ヤメロ」と振り払った。
「なあ、カエはどう思う? ユウアはゲーセンの遠征に行ってるとしても、カリンもリオも、そんなに遠くに行ったとは思えないんだが……」
そう言うと、カエは「え?」と顔を上げた
「えっと……そうだね、本当、どこに行っちゃったんだろうね?」
「……カエ、ここ最近様子がおかしい気がするんだが、何か隠してないか?」
美藍が足を止めると、佳恵もびくりとしながら立ち止まった。
「べ、別に、何も隠してなんか……」
「……そうか? ならいいんだが……横山さんが言ってたように、都市伝説とはいえ変なことに首を突っ込んだら大変なことになるかもしれないからな」
そう言うと、美藍はまた歩きはじめる。しかし、佳恵は動こうとしない。
「……佳恵? どうしたんですかぁ?」
真里菜が佳恵の顔色をうかがう。すると、佳恵はぼそぼそとつぶやき始めた。
「……は……」
「ん、カエ、何か言ったか?」
かすかに声が聞き取れたのか、美藍が立ち止まって振り向く。
「じ、実はね、あのメールのこと、本当は私、知ってるんだ!」
「か、佳恵、何を言ってるんですかぁ? 私たち、あのメールのことは何も……」
「真里菜ちゃん、隠しててもダメだよ。もし横山さんの言ったことが本当だったら、私たち……」
佳恵が真里菜を必死に説得する。それを見て、美藍はふぅ、とため息をついた。
「……ちょっと、公園寄っていこうか、話はそこで聞かせてもらおう」
そう言うと、少し先にある公園に向かって、美藍は歩いていった。




