江戸峰夏鈴の悲鳴
人通りの少ない駅前のロータリーで響く悲鳴は、その人々の視線を集める。真里菜はうずくまった夏鈴の肩を揺らし、必死に声を掛ける。
「夏鈴、しっかりして!」
「どうして、どうして私のところに……?」
「夏鈴!」
真里菜の叫び声に、夏鈴ははっとなる。
「とにかく、まずは佳恵を探そう! メールが来たからって、すぐに消えてしまうわけじゃないんでしょ?」
「う、うん、そうだよね!」
夏鈴は立ち上がると、走り出した真里菜の後について行く。
駅の周辺を探し、そこから徐々に探す範囲を広くしていく。住宅街、商店街も探し、聞き込みを続けるが、手がかりが無い。佳恵の自宅も調べたが、鍵が掛かったままで帰ってきた形跡はない。
「佳恵……どこに行っちゃったんだろう?」
「友達に聞いてもわからないし……あと心当たりがある場所といえば……」
既に昼を過ぎ、太陽が徐々に傾き始める。この夏一番とも言える暑さで、身体中汗だくだ。
心当たりのある場所はほとんど探し終わっている。他にどこかなかったか、と夏鈴と真里菜はあらゆる可能性を考える。
ふと、夏鈴は一つの場所が頭に浮かんだ。
「……墓地……」
「え?」
「夢でね、裏山で佳恵がいなくなって探してたの。そしたら、いつの間にか墓地にたどり着いていたの」
「墓地、かぁ……そういえば七不思議の奴も、墓地にミイラになった行方不明の子がいたって」
「あまり考えたくないけど……一応、探してみようか」
うん、とお互い頷くと、二人は学校の裏山に向かった。
学校の裏山の道なりを進むと、その周辺に住む人たちが利用する墓地がある。別の大通りから車で向かうのが普通だが、歩いていくときには遠回りになる。
木々が生い茂った山道は、昼間といえど薄暗い。時々木漏れ日が差し込むが、ほとんど日が当たらず、晴れの日が続いているにも関わらず少しじめじめしている。
入口から五分も歩くと、開けた場所に出てくる。いくつもの墓石が並べられた墓地に入ると、昼間だというのに寒気が感じられる。
「……昼間でも、幽霊っているのかな?」
真里菜がのんきに尋ねるが、夏鈴はあまり余裕がなさそうだ。
「さぁ……いるんじゃないかな?」
「もし幽霊に取りつかれちゃったりしたら……」
「……ハハハ、そうならないといいね」
真里菜への返事もそこそこに、夏鈴は一つ一つ墓を見て回る。綺麗に掃除されている墓もあるが、草が伸びていて枯葉が落ちているところがほとんどだ。お盆が来た時に手入れをする人が多いのだろう。
夏鈴たち以外誰もいない墓地に、蝉の声が響き渡る。一通り見まわしたが、怪しい場所は見当たらなかった。
「……やっぱり、何もないみたいだね」
「うん、最後に反対側の入口だけ見て、他の場所を探しに行こうか」
残るは、夏鈴たちが入った入口とは反対方向の入り口、つまり普段墓地に来る人が入る方の入口周辺だけだ。
入口周辺には墓が少なく、墓地に来た人のための水道や、バケツなどの道具置場がある。特に見るところもないと思っていたが、夏鈴がふと水道の反対側を見ると、一枚のブルーシートが目に留まった。
「……? これは……」
ブルーシートは山のように膨らんでおり、何かに掛けられているようだ。吸い込まれるように、夏鈴はブルーシートに近づいていく。急に、胸の鼓動が高まり、何も耳に入らなくなる。昨日見た夢を思い出し、嫌な予感が脳裏をよぎった。しかし、この下にある物を確認せずにはいられない。
「……」
夏鈴はブルーシートに手を掛けるが、めくる勇気が出ない。ますます高鳴る鼓動、もしこの下に死体でもあったら……。
五感が薄れる感覚の中、夏鈴は思い切ってブルーシートをめくった。その下にあったのは--
「……!」
ただの土の山だった。突然、強い土の匂いが漂う。どうやら、ここで腐葉土を保管しているだけのようだ。
「はぁ、びっくりした。ここに死体でもあったらどうしようかと思ったよ」
冷や汗をかきながら、夏鈴は真里菜に呼びかける。しかし、返事が無い。
「……? 真里菜?」
慌てて振り返るが、真里菜の姿はどこにも無かった。
「え、うそ、真里菜? どこ行ったの?」
あたりを見回すが、人の姿すら見えない。
トイレにでも行ったのだろうかと、少し離れた場所にある公園の公衆トイレを見たが、どこにもいない。もう一度墓地に戻り、叫びながら真里菜を探す。
「真里菜、ねえ、どこに行ったの? 驚かす気ならやめてよ!」
蝉の声と夏鈴の声だけが、墓地にむなしく響き渡る。徐々に歩く速さが速くなっていく。
「真里菜! どこにいるの? 返事して!」
まったく返事が返ってこない。墓地にいないと諦め、来た道を戻る。
「真里菜! 真里菜! ねえ、どこ?」
走りながらも周りを探す。しかし、ただ草木が生えているだけで動物の姿すら見えない。
「キャッ!」
夢中で走っていると、夏鈴は足を取られて転んでしまった。湿った地面に苔が生えており、そこを踏んでしまったようだ。
「いたたた……」
ケガの具合を確認する。すこしひざをすりむいているが、走るのには影響なさそうだ。
痛みをこらえながら立ち上がる。パンパン、と砂や泥を払い、再び走り出そうとした時だった。
目の前に、スーツを着た見知らぬ男性が立っている。夏鈴よりも十センチ以上高い、見た目四十代の男性は、笑顔で夏鈴を見ていた。
「江戸峰夏鈴様、お迎えに上がりました」
ふと、夏鈴の脳裏にあのメールの内容がよみがえる。
「江戸峰夏鈴様、48時間以内にお迎えに上がります」
夏鈴はその場から逃げようとするが、足がすくんで動かない。
「い……いやだ……やめて……」
近づいてくる男性を目の前にして、少しずつ後ずさりする。しかし、再び足を取られて転んでしまった。
「さあ、参りましょうか」
男性は右手を差し出すが、夏鈴は首を振って必死に拒絶する。
「いや……いや……消えるのは……いや……」
「さあ……」
男性が右手で夏鈴の手をつかむ。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
裏山全体に、夏鈴の叫び声が響き渡る。
その声が止むと、また蝉の声がせわしなく聞こえ始めた。




