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異世界転生しちゃったので忍者になってみた  作者: 羽越世雌
第2章:どんどん「忍術」の定義が歪んでいく
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最終回:それでも屋台は廻っている

耳鳴りがする。

静かだ。あのアホみたいな神々の咆哮も、爆発音も、脂ぎった「おかわり!」の声もしない。


(……帰ってきた。帰ってきたんだ、俺の6畳一間に……!)


ツヨシはゆっくりと目を開けた。

視界に飛び込んできたのは、煤けた天井。聞き慣れた遠くの救急車のサイレン。そして、枕元に転がっている飲みかけの缶チューハイ。


「やった……。勝った……」


ツヨシは震える手で畳を撫でた。本物のイグサの匂いだ。マナの結晶の匂いじゃない。

彼は歓喜に震えながら立ち上がり、窓を開けた。

そこには、見慣れた日本の夜景が広がっている。コンビニの看板が輝き、終電を逃したサラリーマンがトボトボと歩いている。


「ああ、素晴らしい! 誰も俺を拝まない! 誰も俺の料理に宇宙の真理を見出さない! 自由だ!!」


ツヨシは狂喜乱舞し、冷蔵庫から賞味期限切れ間近の納豆を取り出した。

これを混ぜて、ご飯にかける。それだけでいい。それが「普通」という名の至高の贅沢だ。


――その時だった。


コンコン。


ドアがノックされた。

ツヨシの背筋に、嫌な汗が流れる。

(いや、落ち着け。ここは日本だ。きっと新聞の勧誘か、隣の部屋の住人が『壁を叩くな』と文句を言いに来ただけだ)


「……はい?」


ツヨシがおそるおそるドアを開ける。

そこには、スーツを着た見知らぬ男が立っていた。

男は神妙な面持ちで、ツヨシに深々と頭を下げた。


「……ツヨシ様。お迎えに上がりました」


ツヨシの心臓が止まりかけた。

「……は? 誰だお前。ていうか、何様だ」


男は顔を上げ、爽やかな笑みを浮かべた。

「私ですか? 私は『日本神界・営業二課』の者です。先日は異世界支店の強制シャットダウン、誠にお見事でした。おかげさまで、滞っていた因果律の在庫が一掃され、本社からも高い評価をいただいております」


「……はい?」


「あ、こちら。再雇用通知書と、新しい屋台の鍵になります」


男が差し出したのは、黄金に輝く「営業許可証」と、見覚えのある……あの爆破したはずの屋台のリモコンだった。


「待て、待て待て待て!! 俺は閉店したんだ! 辞職したんだ! 実家に帰ったんだぞ!?」


「ええ、ですからここが新しい職場です。ツヨシ様が神界の核をシャットダウンした際、そのエネルギーが『実家ここ』という概念と癒着してしまいまして……。現在、このアパートを中心に、半径5キロ圏内が『神界・日本出張所』として再定義されました」


ツヨシは絶望に顔を歪め、窓の外を見た。

先ほどまで普通の街並みに見えていた景色が、ゆっくりと変貌していく。

コンビニの店員が後光を放ち始め、電柱が聖なるトーテムポールへと姿を変え、公園の噴水からは聖水が噴き出している。


そして、アパートの下には。


「ツヨシ様ァァァ!! 追いかけてきましたぞおおお!!」

「ここがツヨシ様の真の聖地……! 聖なる『トウキョウ』!!」

「さあ、まずは『納豆』という名の禁断の劇物を供えるのです!!」


異世界から密航してきた神々が、アパートを取り囲んで土下座していた。


「……嘘だろ」


ツヨシは膝から崩れ落ちた。

世界を畳んでも、概念を消しても、彼は逃げられなかった。

彼が「美味しい」ものを作り続ける限り、そこがどこであっても「神界」になってしまうのだ。


スーツの男が、肩を叩いて励ましてくれる。

「大丈夫ですよ、ツヨシ様。今回はホワイト企業です。週休二日制ですし、福利厚生として『全宇宙の信仰心』が全額支給されます。さあ、開店の準備を。本日の一品目は『納豆ご飯(神界の再誕仕立て)』でよろしいですね?」


ツヨシは、空を見上げた。

そこには、神界のオーロラと、新宿のネオンが混ざり合った、この世で最もカオスな空が広がっていた。


「……やってられるかよ」


そう毒づきながらも、ツヨシの手は、無意識に納豆を激しくかき混ぜ始めていた。

その動きは、もはや一つの芸術――いや、神事であった。


「……いらっしゃい。……おかわりは、ねーからな」


神々の歓喜の叫びが、東京の夜空に響き渡る。

ツヨシの新しい「閉店できない」日々が、今、幕を開けた。


(完)

最後まで読んでいただきありがとうございました。明日からは「ツヨシ」シリーズ第3弾が始まります。

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