第32話:勇者一行、迷い込む
1. 聖なる誤解
「いいか、皆。この先にあるのは、魔王軍を一晩で退けたという『絶望の魔窟』だ。どんな邪悪な罠があろうとも、我ら光の軍勢が挫けることはない!」
黄金の鎧を輝かせ、聖剣を掲げるのは勇者レオン。その後ろには、厳格な聖騎士ジャンヌ、そして知的な魔導師メルが控えている。
彼らが目にしたのは、のどかな田園風景が広がる、何の変哲もない小さな里……に見える「何か」だった。
「……レオン、警戒して。この里、何かがおかしいわ」
魔導師メルが震える声で告げる。彼女の「魔力探知」に引っかかる反応が、あまりにも異常だったのだ。
「道端の石ころ一つ一つが……私より高い知能指数を持っている気がするの」
2. 究極の「おもてなし(変化)」
一方、里の中。ツヨシは頭を抱えていた。
「いいか、みんな。勇者たちは『敵』じゃない。むしろ人間側のヒーローだ。絶対に傷つけちゃダメだし、不気味な術を見せて怖がらせるのも禁止だ! 普通の、どこにでもある平凡な村人として接するんだぞ!」
教え子たちは深く、あまりにも深く頷いた。
「(なるほど。ツヨシ先生の仰る『平凡』とは、観測者の脳内にある『平均的幸福のイデア』を具現化せよ、ということだな……!)」
バルカスが、その岩のような筋肉を無理やり「人の良さそうなおじいさん」へと変化(再定義)させた。だが、その変化はもはや細胞レベル。
「ほっほっほ。旅の方、ようこそいらっしゃいました。お茶でもいかがかな?」
バルカスが差し出した茶碗。それは、ザックが「最高級の磁器」へと変化したものだった。
勇者レオンが一口飲む。
「……っ!? なんだこの茶は! 飲むだけで全ステータスが恒久的に上昇している気がするぞ! しかも、茶碗が私の手のひらに吸い付くように馴染む……まるで意志を持っているかのようだ!」
当然である。茶碗は、レオンが最も持ちやすい形状へとリアルタイムで分子構造を組み替えていた。
3. 聖騎士、看板と戦う
聖騎士ジャンヌは、村の案内板の前で剣を抜いていた。
「貴様! 隠れても無駄だ! 殺気は隠せても、その『存在の重圧』までは隠せていないぞ!」
彼女が対峙しているのは、ただの木製の案内板――に変身したアニスだった。
アニスは「平凡な案内板」に徹しようとするあまり、逆に「この世で最も完璧な黄金比を持つ案内板」になってしまっていた。あまりの造形美に、ジャンヌの本能が「これは神の遺物か、さもなくば究極の魔道具だ」と警報を鳴らしていた。
「しゃ、喋れ! 何を企んでいる!」
「…………(私は案内板。私はただの、無機質な木材。右へ行くと広場、左へ行くと公衆トイレ。私は概念……)」
アニスの徹底した「無」の境地に、ジャンヌは冷や汗を流す。
「くっ、これほどまでの沈黙の重圧……! 聖騎士団長である私の威圧を、これほどまでに完璧に受け流すとは!」
4. 勇者の帰還とツヨシの絶望
数時間後。
勇者一行は、疲れ果てた様子で里の入り口に戻ってきた。彼らの手には、村人(に変化した忍者たち)から貰った「お土産」が握られている。
「……あんなに恐ろしい場所は初めてだ。村人全員が、歴戦の勇者でも到達できない『悟りの境地』に達している。あそこの大根なんて、切ろうとしたら包丁の方が折れたぞ(※大根に変化していたのは里一番の硬度を誇るバルカスの師弟だ)」
レオンは神妙な面持ちで、ツヨシの手を握った。
「ツヨシ殿。貴方は、この神域を守る守護者なのだな。我々のような未熟者が立ち入るべき場所ではなかった……。魔王軍が撤退した理由がよく分かったよ。ここは、人間が触れていい領域ではない」
「いや、本当にただの里なんです。みんなちょっと、個性が強いだけで……」
ツヨシの必死の弁明も、勇者の耳には「高次元の存在による謙遜」にしか聞こえなかった。
「我々は国に報告する。『あの里には手を出すな。あれは神々が隠居した楽園である』とな!」
爆速で去っていく勇者一行。
ツヨシは力なく地面に膝をついた。
「まただ……。また『普通の里』から遠ざかった……」
後ろでは、バルカスが「よし、次は『空気そのもの』に変化して、勇者の肺の中を浄化する修行をしよう」などと恐ろしいことを提案している。
「みんな、頼むから、空気にはならないでくれ……。先生、もう誰が誰だか分からなくなるから……」
ツヨシの明日は、どっちだ。




