第30話:存在の消失
1. 斜め上の「隠行」
「いいか、みんな。『隠行の術』の本質は、周囲の風景に溶け込むことだ。目立っちゃいけない。空気になれ。……バルカス、聞いてるか?」
ツヨシの言葉に、巨漢のバルカスは真剣な表情で頷いた。
「(空気……。つまり、分子レベルで希釈され、光の透過率を百パーセントにせよ、ということだな。さらに、存在確率を周囲の空間に分散させれば、観測すら不可能になるはずだ……!)」
もはやツヨシの教えは、バルカスたちの脳内で量子力学的な「超解釈」へと変換されていた。
「隠行の術……『無』ッ!!」
バルカスが印を結んだ瞬間、彼の輪郭が陽炎のように揺らぎ、次の瞬間には「パッ」と消えた。
「……え、どこ行った?」
ツヨシが困惑して周囲を見渡すが、気配すらしない。
「ここですぞ、ツヨシ殿」
真後ろから声がした。振り返っても誰もいない。ただ、そこにあるはずの空気が、かすかにバルカスの「筋肉の圧」を感じさせるだけだ。
「消えるどころか、存在そのものが透けてるじゃない……!」
アニスが驚愕する。ザックやビルも負けじと「空気化」に挑み、里の広場からは次々と人の姿が消え、ただ「誰もいないのに話し声だけが響く」という、怪奇現象のような空間が出来上がった。
2. 影から来た刺客
その夜、里は不気味なほどの静寂に包まれていた。
全員が「隠行」の修行に没頭するあまり、里の住人全員が透明化して過ごしているからだ。
そこへ、魔王軍直属の暗殺部隊『漆黒の牙』が潜入した。
リーダーの「虚無のゼイン」は、あらゆる気配を遮断する魔道具を纏い、影の中を滑るように進んでいた。
「……ふん。警備もいないとは、随分と舐められたものだ」
ゼインは冷笑を浮かべ、アニスの屋敷へと狙いを定める。彼の任務は、この里の「異常な力」の源を絶つこと。
だが、彼は気づいていなかった。
自分が踏みしめた地面。そこには「隠行」を極めすぎて地面と一体化し、熟睡しているバルカスがいたことに。
「……ぬ? 何か踏んだか?」
ゼインが足を止めた瞬間。何もない空間から、突如として巨大な「筋肉の塊」が浮き上がった。
3. 透明人間たちの静かなる粛清
「……侵入者、発見。ツヨシ殿の教えを妨げる不届き者だ」
虚空からバルカスの声が響く。
「何!? 貴様、どこに――」
ゼインが驚愕して剣を抜こうとしたが、遅すぎた。
背後から、実体を持たないはずの「風」が、鋭い一撃となって彼の喉元を突く。修行中のビルが、透明なまま短剣を突き出したのだ。
「悪いね、僕たち今、『見つかったら負け』っていうルールの特訓中なんだ」
ビルの声も、どこから聞こえるかわからない。
さらに、頭上の木々から「透明なザック」たちの軍団が降り注ぐ。
「分身」と「隠行」の合わせ技だ。見えない敵が、見えない数で、音もなく襲いかかってくる。
「化け物か、貴様ら……っ! 姿を見せろ!」
ゼインは狂ったように魔力を放出し、周囲を焼き払おうとした。
だが、その魔力すら、空気と化したアニスが放つ「魔力喰らい(の超解釈)」によって霧散していく。
4. シリアスな警告
戦闘は、わずか数分で決着した。
姿の見えない住人たちに完膚なきまでに叩きのめされた魔族の暗殺者たちは、里の入り口に丁重に「積み上げられて」いた。
ツヨシは、意識を失ったゼインの懐から、一通の指令書を見つける。
そこには、魔王軍がこの里を「特級警戒区域」に指定したこと、そして次は軍勢を率いて壊滅させる予定であることが記されていた。
「……ツヨシ」
透明化を解いたアニスの顔は、真剣そのものだった。
「私たちの『忍者ごっこ』、もう遊びじゃ済まなくなっちゃったみたい」
ツヨシは指令書を握りしめた。
「ああ。隠行の術を教えたのは、争いを避けるためだったけど……逆に、敵の恐怖を煽ってしまったらしい」
彼らの力は、すでに一国の軍隊に匹敵する。
隠れようとすればするほど、その「不在」が巨大な存在感を放ってしまう。
「次の術は……『和合』、あるいは『交渉』かな。武力以外の戦い方も、教えなきゃならないかもしれない」
夜明けの光が里を照らす。
修行によって手に入れた超常の力と、それによって引き寄せられる世界の悪意。
元教師のツヨシは、自分の生徒(忍者たち)を守るため、単なる「技術」ではない、もっと重い「覚悟」を説く時が来たことを悟っていた。




