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異世界転生しちゃったので忍者になってみた  作者: 羽越世雌
第1章:忍術を研究し尽くした元教師
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第3話:特別講義、泥まみれの「才能」

1. 忍びの朝は早い


「師匠……もう、一歩も動けません……」


霧降きりふりの峡谷に、カイルの弱音と荒い吐息が響く。

修行の初日。ツヨシがカイルに課したのは、筋力トレーニングでも魔力操作の訓練でもなかった。


「甘いな。まだ日の出から二刻(四時間)しか経っていないぞ。カイル君、君の耳は何のためにある?」


ツヨシは涼しい顔で、垂直に近い絶壁を指先一つで支えるようにして逆さまにぶら下がっていた。

カイルに課せられたのは、峡谷の複雑な地形の中に隠された「鳴子なるこ」の糸を、目隠しをした状態で全て避けて通り抜けるというものだった。


「忍術とは『知恵』だと言ったはずだ。騎士の修行のように正面から打ち合うのではない。まずは己の感覚を研ぎ澄まし、周囲の情報を完全に掌握する。それができなければ、戦場ではただの標的だよ」


ツヨシはユニークスキル**【現代忍知識】**を発動した。かつて研究した古文書にある『聞き耳』の極意――本来は壁越しに音を盗み聞く技術を、マナの共鳴によって「音の反響で空間を把握する」レベルまで引き上げる。カイルの獣人としての聴覚に、マナによるノイズキャンセリングの暗示を重ねることで、彼は霧の中の微かな糸の震えを「視る」ことが可能になるのだ。


2. 「五遁ごとん」の基礎と合理性


昼食の時間は、ツヨシによる座学の時間でもあった。

焚き火で焼いた川魚を頬張りながら、ツヨシは地面に図解を描いていく。


「この世界の魔法使いは、マナを外に放出して事象を書き換える。だが、我々忍びは違う。マナを『媒介』として使う。……いいか、これが『五遁』の基本だ」


ツヨシは足元の土を指差した。

「例えば『土遁どとん』。穴を掘って隠れるだけの術だと思うかね? 否。本来は土中に潜み、相手が過ぎ去るのを待つ隠伏術だ。だが現代の視点で見れば、土の気密性と断熱性を利用した完璧なシェルターと言える。マナを土の粒子に浸透させれば、君の体温や匂いは大地に吸い込まれ、完全に同化する」


次にツヨシは、カイルに一本の竹筒を渡した。

「『水遁すいとん』も同じだ。竹筒で息を継ぐのは基本だが、忍びはさらに水の屈折率を意識する。水面に映る光をマナで歪めれば、潜んでいる君の姿は、水中の岩と区別がつかなくなる。……魔法学院が君を『適性が偏っている』と言ったのは、君のマナが事象の改変ではなく、環境への同化に向いているからだ。それは忍びにとって、唯一無二の天才であることを意味する」


「……僕のマナが、天才……?」

「そうだ。自信を持ちなさい。君は、世界を書き換えることはできなくても、世界に『溶け込む』ことにかけては誰にも負けない」


3. 暗示の極意、初めての「影縫い」


特訓の仕上げとして、ツヨシはカイルに一本の苦無クナイを渡した。


「最後の授業だ。私に一本、このクナイを当ててみなさい。スキル**【ログアウト】**を使って、私は君の認識から消える。君の五感全てを使って、私の『影』を探すんだ」


ツヨシが姿を消す。

カイルは目を閉じ、師匠に言われた通り、耳と鼻、そして全身の肌で空気の揺らぎを感じ取ろうとした。

魔法のような派手な予兆はない。ただ、そこにあるはずの「気配」が消えている。だが、ツヨシは【現代忍知識】から教えた。


『物体が存在すれば、必ずそこには光の遮断――影が生まれる。存在を消せても、因果の法則までは消せない』


(探すんじゃない……僕も、あの霧の一部になって、違和感を見つけるんだ……)


カイルの集中力が極限に達したその時、わずかに地面の光が歪んだ場所があった。

「そこだっ!」


カイルが放ったクナイが、地面に落ちる一枚の葉の「影」を射抜いた。

その瞬間、地面からツヨシの苦笑まじりの声が響いた。


「『影縫い(かげぬい)』。……本来は対象者に強力な暗示をかけ、動けないと思い込ませる心理術だ。だが、今の君のクナイには、私の実体をこの場所に繋ぎ止めるだけの一貫した意志があった。……合格だ」


ツヨシは実体化し、カイルの頭を優しく撫でた。

「おめでとう、カイル。今日から君は、ただの落第生ではない。影を歩む、私の一番弟子だ」


カイルの目から、一筋の涙が溢れた。

それは、自分を否定し続けてきた世界に対し、知恵と忍術という武器を手に入れた少年の、最初の勝利の証であった。


しかし、その師弟の温かな時間を遮るように、峡谷の入り口で、より巨大で禍々しいマナの波動が揺れた。王都の調査隊ではない。……明らかに「殺意」を帯びた、別の影だった。


「……さて、カイル君。どうやら『実技試験』の時間が早まったようだ。学んだばかりの『金遁きんとん』で、敵の注意を逸らす準備はいいかな?」


「はい、師匠!」


ツヨシの瞳が、忍びの鋭さを帯びて細められた。

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