第20話:門前払いは教育の始まり
1. 隠れ里、隠れられなくなる
王都での叙勲式から一週間。
ツヨシが丹精込めて隠蔽工作を施していたはずの「里」への隠し通路は、今や行列のできる相談所のようになっていた。
「ツヨシ師匠! 弟子にしてください! 全財産置いていきます!」
「私は隣国の騎士団に所属していた者だ! 秘伝の歩法を学びたい!」
竹林の入り口に群がる人々を、ツヨシは結界の内側から遠い目で眺めていた。
「……カイル、これが『有名税』というやつだ。高い、高すぎるよ」
「師匠、どうします? 結界を強行突破しようとしてる不届き者も三人ほど混じってますけど」
カイルが木の上から報告する。彼の感覚器官は、森に散った志願者たちの動悸や呼吸を正確に捉えていた。
「放っておくわけにもいかないな。……よし、ソフィア、ミーナ。試験を始める。準備はいいかい?」
2. 「適性検査」の実施
ツヨシが用意したのは、里への立ち入りを許可するための「三つの試練」だった。
第一の試練:一刻(二時間)の正座。
第二の試練:ツヨシお手製の「激辛・忍びおにぎり」の完食。
第三の試練:ツヨシによる「三者面談」。
「……師匠、これに何の意味が?」
ソフィアが呆れたように尋ねるが、ツヨシは不敵に微笑んだ。
「忍びの基本は『忍耐』、そして『毒への耐性』。そして何より、対話の中でボロを出すかどうかだ」
大半の志願者は、足の痺れに耐えきれず、あるいは涙を流して激辛おにぎりに悶絶し、去っていった。
しかし、その中で「完璧」にこなしてみせる者が数人いた。
3. 面談室の攻防
里の奥、静かな茶室に、一人の青年が通された。
名はジン。隣国の放浪剣士だと名乗り、立ち振る舞いは礼儀正しい。
「師匠、彼は完璧でした。正座中も一度も呼吸が乱れず、あのおにぎりも無表情で完食しました」
ミーナが感心したように報告するが、ツヨシの目は笑っていない。
「そうか。……では、面談を始めよう。ジン君、と言ったね。君の志望動機を聞こうか」
「はい。私は強さを求めています。貴方様のような、理を越えた術を身につけ、国を守る力にしたいのです」
流暢な回答だ。模範解答と言ってもいい。
だが、ツヨシは懐から一枚のプリントを取り出した。それは彼が現代から持ち込んだ習慣、「家庭環境調査票」を模した自作の書類だった。
「なるほど。では、この『家族構成』の欄だが……君、出身は西のガルディア帝国だね?」
ジンの眉が微かに動く。
「いえ、私は南の商業都市の出身だと――」
「嘘はいけないな。君の正座、あれは帝国騎士団特有の『重心を常に左に置く』癖が出ている。いつでも腰の剣を抜けるようにね。それに……」
ツヨシはおにぎりの残りを指差した。
「あのおにぎりには、特定の地域でしか中和できない特殊な香料を混ぜておいた。君はそれを知っていた。だから平然と食べられた。……帝国情報部の『黒い犬』、違ったかな?」
4. 教育者としての引導
ジンの目が、一瞬で冷酷なプロのそれに変わった。
彼が袖口から毒針を放とうとした瞬間、ツヨシの姿が掻き消えた。
「――放課後の居残りにしては、少し態度が悪いね」
ジンの背後に立ったツヨシの手には、いつの間にか彼の「毒針」が握られていた。
「君たちは、忍術を『暗殺の道具』としか見ていない。だが、私の里で教えるのは『生き残るための術』だ。誰かを殺すためだけの道具に、教えることは何もない」
ツヨシが軽く指先でジンの首筋を突くと、彼は全身の力が抜け、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「ソフィア、彼を入り口まで運んでくれ。……帝国への『不合格通知』としてね」
5. 選ばれた「変わり種」
結局、その日残ったのは、間者でもエリート騎士でもなく、一人の少女だった。
名はアニス。貧しい村の出身で、魔力もほとんどないが、正座中に居眠りをし、激辛おにぎりを「お腹が空いていたから」と泣きながら完食した、根性だけはある少女だ。
「……師匠、本当に彼女を弟子にするんですか?」
ソフィアが、掃除を始めたアニスを見て尋ねる。
「ああ。彼女の目は、何かを盗もうとする目じゃない。学びたいという純粋な飢えがある。教育者として一番教えがいがあるのは、ああいうタイプさ」
間者たちの襲撃を退け、里には新入生という名の、新たな「賑やか(苦労)」が加わった。
ツヨシは夕暮れの里を見渡し、ぽつりと呟いた。
「さて、明日からは『忍びの基礎物理学』の講義を増やすか。……帝国も、次はもっとマシな刺客を送ってくるといいんだがね」
元教師の日常は、異世界においても平穏とは程遠いものだった。




