表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生しちゃったので忍者になってみた  作者: 羽越世雌
第1章:忍術を研究し尽くした元教師
1/22

第1話:森の隠者

「ツヨシ」シリーズ第2弾が始まります。

1.森の隠者


「……ふむ。これは、夢ではないようだな」


深い緑に包まれた森の中で、ツヨシ――かつて高校教師として三十年以上教壇に立ち、定年後は先祖のルーツである「甲賀忍者」の研究に没頭していた男は、静かに己の手を見つめた。

シミや皺の消えた、瑞々しい肌。だが、内側には教師として生きた長い年月が生んだ、鋼のような冷静さが同居している。


ツヨシの姓は珍しい。全国に千二百人ほどしかいないその名は、滋賀の山奥、かつて忍びの里があった場所に繋がっている。定年後、悠々自適の生活の中で彼が辿り着いたのは、「忍術とは、生きるための究極の知恵である」という結論だった。


その時、脳内に異世界の「声」が響いた。彼に授けられた二つの異能の解説である。


(ユニークスキル**【現代忍知識】……。地球の創作物や歴史上の忍者が使った『知恵』を、マナで具現化する力か。そしてもう一つ、【ログアウト】**……自身の気配を完全に遮断し、世界から『存在しないもの』として扱われる究極の隠密スキル。なるほど、私のような隠居老人には相応しい)


彼はまず、生き残るための「拠点」を構築することにした。

【現代忍知識】を発動させると、脳内のサバイバル知識がマナと共鳴し、『土遁どとんの術』として形を成した。湿気を避けつつ外気を通す絶妙な深度まで穴を掘る。本来の土遁は地味な隠伏術だが、現代の工学知識が加わることで、排水構造と換気口を備えた快適な地下室へと昇華された。入り口は『木遁もくとんの術』を応用した擬装網――周囲の木々の色調をマナで模倣し、完全に同化した布――で覆った。


「忍びの基本は、まず生き残ること。そして、決して見つからないことだ」

彼は自作のクナイを削り出しながら、静かに異世界での一歩を踏み出した。


2.お姫様の救出


転生から数日が過ぎた頃、森の静寂を切り裂く不協和音が響いた。

ツヨシは無意識に、現役時代の「生徒の喧嘩を止めに行く」時のような足取りで、しかし音を完全に殺して木々の間を跳んだ。


視界の下では、王国の第一王女リリアーヌと騎士たちが、黒装束の集団に包囲されていた。

「騎士の誇りを見せよ!」と叫ぶ騎士たちだが、敵の魔法の詠唱速度に追いつけない。


(……見過ごすのも、教師の端くれとしては寝覚めが悪い。少し『特別授業』が必要なようだ)


ツヨシはここでユニークスキル**【ログアウト】**を発動した。

一瞬にして、彼の存在感はこの世界から消滅した。目の前にいても気づかれない、絶対的な隠密状態。

「誰もいない」と誤認した敵の隙を突き、懐から特製の煙玉を取り出す。『火遁かとん』にマナによる霧の生成を組み合わせた一撃だ。


シュボッ、と小さな音が響いた直後、戦場は視界ゼロの濃霧に包まれた。

「な、なんだ!?」「魔法探知にもかからないぞ!」

困惑する敵兵の背後に、ツヨシは【ログアウト】を維持したまま降り立つ。

「『変わり身』と『瞬身』。物理法則と錯覚を利用すれば、魔力消費は最小限で済む」


敵が剣を振り下ろした瞬間、そこには丸太だけが残されていた。さらにツヨシは、敵の影にクナイを突き立てた。

「『影縫い(かげぬい)』の術。暗示とマナの干渉で、君の自由を奪わせてもらうよ」

【現代忍知識】が定義する影縫いは、視覚的な暗示をマナで強化し、脳に「動けない」と強制的に誤認させる。魔法の障壁も、足元の影までは守ってくれない。


霧が晴れた時、そこには無傷の王女と、地に伏した賊の群れ、そして――。

「……どなた、ですか?」

震える声で問う王女に、ツヨシは【ログアウト】を解き、穏やかな所作で一礼した。

「通りすがりの、ただの隠居老人ですよ」


3.ギルド「影の里」


王女救出の噂は、瞬く間に王国を駆け巡った。

ツヨシはその後、リリアーヌ王女からの招待を断りきれず、国王からのスカウトを受けることになった。


「貴殿のような力を持つ者が、王国の影となって働いてくれれば、どれほどの民が救われるか」


ツヨシは考えた。一人で隠居生活を送るのも悪くない。しかし、この世界には「詠唱」という様式美に縛られすぎた結果、裏をかかれて命を落とす若者が多すぎる。教育者としての本能が、彼に新たな使命を突き動かした。


「……承知いたしました。ただし、条件があります。私に、自由な土地を一つ。そこに、私の『里』を作らせていただきたい」


こうして発足したギルド「影の里」。

そこは、騎士道のような華々しさも、魔法のような派手さもない。

あるのは、【現代忍知識】から導き出された合理的な生存戦略と、**【ログアウト】**によって鍛えられる隠密の極意だ。



彼が求めたのは、単なる戦闘集団ではない。強き者が弱きを挫くこの異世界において、「持たざる者」が生き残るための道標だ。魔力が乏しく、騎士団の門を叩くことすら許されなかった者たちが、いずれこの里に流れ着くだろう。その時、彼らに「弱さ」を「武器」に変える術を説く。


「例えば『金遁きんとん』。コイン一枚の音が、最強の魔導師の集中を削ぐ。その瞬間に勝機を見出すのが忍びの戦いだ」


ツヨシは元教師としての経験から、一方的な知識の押し付けではなく、体験を通じて「気づき」を与えるカリキュラムを頭の中で整理していく。環境に溶け込み、敵の心理を読み、一歩引いた視点から世界を俯瞰する。


アステリア王国の影で、誰にも気づかれることなく、最強の隠密集団が産声を上げようとしていた。それは力による支配ではなく、知恵による生存の証明。定年後のツヨシにとって、これこそが人生最後にして最大の「特別講義」となるはずだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ