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亡き者と通じる加護の巫女  作者: あお
リーズ12歳
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11 加護の力の使い方3

 裏庭の方へ侍女と現の死者である母親と行ってみた。そこには小さな菜園と洗濯場があり、すでにシーツなどのリネンが干されていて風に靡いていた。今日は天気が良く、風が気持ちいい。

 そして、その傍らに、木製の椅子に座って空を眺めている小さな赤毛の女の子。足が地面につかないから、ぷらぷらとさせている。8歳というが、もっと幼く見えた。


「こんにちは。」


 わたしが話しかけると、きょとんとした顔でこちらを見た。


「え?え?」


 突然挨拶されたのが相当驚いたらしい。辺りをキョロキョロと見渡しているが、自分しかいないことに気が付くと、ペコリと頭を下げた。


「突然声を掛けてごめんなさいね。さっき、いっぱいお菓子を作ってもらったの。たくさん作ってもらったからあなたにも貰ってもらえないかと思って。クッキーとマドレーヌはいかが?」


 わたしの申し出に更に驚いたらしい。すっかり固まってしまった。わたしは侍女に目配せすると、侍女はハンカチを出してそこにクッキーとマドレーヌをいくつか載せて軽く包んでくれた。それを受け取ると、女の子のところにそっと差し出す。


「はい、どうぞ。とても美味しそうよ。」


 女の子は、そっとそれを受け取ると、わたしを見上げて笑顔を見せてくれた。


「ありがとうございます。」


 ちゃんとお礼が言えるかわいらしい子だった。


『きちんとご挨拶できず失礼いたしました。』


 うしろから母親はしずしずとお詫びを告げているが、8歳ならこんなものじゃないかしら?わたしの時はどうだったかな・・・あぁ、もう王城で教育が始まっていて貴族令嬢としての振る舞いを身に付けていたかしら?でもジェラルドなんてもっとひどかったわよね。いつもワガママで御礼なんて聞いたこと無かった。この国の王太子ですらそれなのだから、こうしてちゃんと御礼が言えるだけで十分だわ。


 ふと、女の子の腕に目がいった。ブラウスの袖を少し上げていたので見えてしまったのだが、細くて華奢な左の手首のところに赤黒い痣があった。まるで大きな手の誰かに握られたあとのようだった。母親に小声で聞いてみる。


「あの左手首の痣は?」

『・・・あいつです。つい一昨日。』


 母親は下を向きながら、震える声で答えてくれた。許せない。こんな小さな子を痛い目にあわせているなんて。

 実際にその跡を見てしまったら怒りがふつふつと湧いてきた。叫び出したい気持ちになったが、今は現場を押さえることが最優先だ。わたしが感情的になったらきっと誤魔化されて終わってしまうから我慢しないと。


「あの・・・」


 女の子がわたしに声を掛けてきた。怒りで震えていたわたしは、冷静を保とうとして笑顔を見せるように頑張った。


「どうしたの?」

「そこに、おかあさんがいます。」

「え?」

「おかあさんを感じます。おかあさん、この前棚の下敷きになってお空に行ってしまったんです。だから、もういないのに。でもそこにいるんです。見えないけれどいるんです。どうしてか分かりますか?」


 母親は、顔に手をやってうぅっと呻き出した。そうよね。一番近い存在である娘さんが、母親のことを分からないわけがない。娘さんは、ちゃんと現の死者になった母親のことを感じていた。


「それはね。現の死者といって、突然天に召されることになったお母様が、この世に心残りがあるからここに残ってしまっているの。きっとあなたのことがとっても心配だったのね。」

「心配だと残ってくれるんですか?」

「そうね。そういう人もたまにいるの。どうやらお母さんも現の死者になったようよ。けれど、それがあなたのお母様にとって幸せかといったら分からない。なぜなら、残ってしまったら次に進むことが出来ないの。」

「次に進むってどういうことですか?」

「生きているものは皆いつか死を迎えるけれど、その後また次の命を得るために次の生に向かっていかなければならないの。ここに残るということは、ずーっと誰ともお話もできないし、誰かに見ても貰えない。あなたはここにお母様がいるって分かるかもしれないけれど、直接お話が出来るわけでもないし、いるのではないかというなんとなくの感覚だけでしょう?他の人はお母様がここにいるなんて分からない人が殆どよ。それは残念なことだと思わない?お母様はここで一人ぼっちでフラフラと彷徨っているだけになってしまうの。あなたが大人になってもおばあちゃんになっても、いずれ寿命が来て死んでしまっても。ずっとたった一人で残り続けてしまうかもしれないの。」


 女の子は小首をかしげていた。分かってもらうのは難しいだろうか。


「あなたは今幸せ?」


 現の死者からは少し離れて質問を変えてみる。幸せ?なんて聞くのは酷だったかしら。女の子の表情が曇る。


「幸せではありません。だって、お母さんがいなくなって一人ぼっちになってしまいました。それに、それに。」


 下を向いて顔を青褪めさせている。彼女はぎゅっと自分の手を強く握っていた。その上の痛ましい手首の痣が気になって仕方ない。後ろで母親はごめんねごめんねと呻いている。


「もしも、あなたが幸せになるために前に進みたいのなら、わたしが協力するわ。」

「幸せになるために?お姉さんが?」

「ええ。一緒に王都へ行きましょう?」

「王都?何があるの?」

「あなたのように、親を失った子がいっぱい生活しているところへ連れて行ってあげる。そこでも色々あるかもしれないけれど、ここでそんな痣を作っているよりはきっといい場所よ。」


 女の子は、さっと右手で服を正して左手首の痣を隠した。そしておずおずとわたしの方を見上げた。悲しそうな切ない目。寂しさと痛みに耐えてきた目。口をパクパクと動かし、何かを言いたげだったけれど、何も言えないのだろう。


「そこでは、前を向いて進んでいけるように、お勉強したり色々なマナーを学ぶの。最終的にはきちんとした仕事が出来るように身に付けさせてくれるところ。ちゃんと自立した大人になれる場所よ。」

「自立した大人・・・」

「少し考えてみてね。わたしは明日にはここを発つから、良かったら一緒にいきましょう。」


 ここまで種を撒いておけば、あとはエグモントに注視してもらっておけばいいだろう。それに、もしかしたら女の子の方から孤児院へ行きたいと言ってくれるかもしれない。少なくとも、彼女にとって痣の原因から離れることと、自立した大人になるというキーワードは響きそうだった。


「エグモント様、あとはお願いします。」


 わたしがぼそっと言うと、ふわっとエグモントが眼の前に現れた。


『リーズ。見ていたよ。あとは任せて。コックが来たらすぐに呼ぶから。』


 そうしてわたしと侍女は部屋の方に戻ることにした。母親は、娘さんの前でまだ呻いている。とりあえず娘さんの側にいたほうがいいかなと思い、そのままにしておくことにした。現の死者は、この世のものには影響力なんてほぼ無いのだから、娘さんのそばにいるほうが本望だろう。



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