12 加護の力の使い方4
侍女とわたしの部屋で待機していると、1時間もしないうちにエグモントが現れた。
『リーズ。あいつが来た。』
「わかりました。今すぐ行きましょう。」
廊下で待機していた護衛も連れて、わたしと侍女は急いで裏庭の方へ移動した。あの娘さんが痛い目にあっていないかと思うとゾワゾワして、自ずと早足になる。
裏庭の方に近付くと、だんだん話し声が聞こえた。まずは物陰から様子を伺ってみる。現の死者である母親は、その側でずっと喚き散らしているようだったが、彼女が何を言っているのかまで聞こえない。
「~~!!お客様・ら・~~!お前が~~お菓子なん・・・」
やっぱりよく分からない。どうしたものか。もう少しこそっと近付くべきか。
「お嬢様。少なくとも今あのコックはあの小さな娘さんに向かって暴言を吐いているようです。表情を見ても明らかにおかしい。俺が行って止めてきましょうか。」
護衛がこそこそっとわたしに聞いてきた。確かにそうなのだけれど、あのコックなら子供が悪いことをしたから怒っているとかなんとか適当に誤魔化してきそうな気もした。どうしよう・・・と、思った瞬間。コックは傍にあった木製の桶を思いっきり蹴り上げた。遠目から見ても、娘さんは顔が青褪めて半泣き状態になりながらその場で固まっていた。持っていた先程渡したお菓子がその手からこぼれ落ち、クッキーが粉々に割れる。その様子を見て、コックは更に怒りに満ちた顔に変わった。
「食べ物を粗末にしやがって!!!」
大きな声で怒鳴ると、今度は右手を大きく振り上げた。殴る気だ!
わたしは護衛を見ると、護衛は小さく頷きコックのもとに素早く移動し、振り上げた右手を押さえ込んだ。コックは驚いたように後ろを振り返る。この状況に何がなんだかわからないといった様子だったが、わたしたちがそこにいることが分かると、先程までの怒りに満ちた顔を一気に解き、厨房でみた穏やかな表情に変わった。
「こ、これはお嬢様。こんなところでどうかいたしましたか?」
取り繕うような態度。何もなかったかのように振る舞っているコックが心底腹立たしく感じた。娘さんはプルプルと震えて目に涙を溜めていた。
「どうかしたといいますか。怒鳴り声が聞こえましたもので、貴方こそどうかいたしましたか?」
コックは困ったように笑った。
「いや、さきほどお嬢様につくったお菓子をこいつが持っていたもので、どうしてこれを手に入れたのだと聞いても何もいいませんから、もしかしてお嬢様のところから勝手に持っていったのではないかと心配いたしまして問いただしていたところです。この子は最近母親を亡くして、こういった躾をする者がいなくなってしまいましたので、俺が親代わりにならないといけないと思っているところなのです。」
「そのお菓子でしたらわたしが彼女に差し上げたものです。せっかく美味しいものを作ってくださったので、分けてあげたかったの。駄目だったかしら?」
コックは振り上げた手を下に下ろさせられたが、その手を護衛は離さない。コックは護衛の方を一瞥し、すこし表情を固くするものの、すぐにわたしの方に向き直った。
「いえ。それでしたら問題ありません。」
コックは護衛の手を振り解こうとするが、護衛は鋭い目でコックを見て離さなかった。コックはため息をつく。
「離してもらえませんでしょうか。」
「離したらどうするの?また娘さんに暴力を振るうの?」
わたしの言葉に、コックの眉間に皺が寄る。小さく舌打ちしたのが聞こえる。
「暴力ではありません。躾です。」
「躾というけれど、手をあげる必要があるの?彼女の手首の痣はあなたがつけたの?」
娘さんを見やると、カタカタと震えながら左の手首を隠すようにさすっていた。まだ痛むのかしら・・・かわいそうに。
「その痣のことは俺は知りませんが、母親がいなくなった今誰かがこうして礼儀を教えてあげないと立派に成長できませんから。」
なぜこんな小娘に言われなければならないんだというような、不満でいっぱいなのがありありと分かるような様子での返答だった。だいぶ態度が悪くなってきた。先程までの穏やかな雰囲気がどんどん無くなっていく。
「ねぇ。娘さんとあなたしか知り得ない情報、何かないかしら?」
すぐ横でこの状況をじっと見ていた母親に声を掛けた。母親はまさかここで声を掛けられると思わなかったようで、一瞬何のことかわからないという顔をしていたが、すぐにわたしの言いたいことの真意を読み取ってくれた。
『えぇと。娘が好きな食べ物は、焼きリンゴ。嫌いな食べ物は貝。好きな動物は猫。飛ぶ虫は大嫌いです。4歳の時に左足の甲に木の枝が刺さり、その時の跡がまだ完全には消えていません。父親のことは大好きでした。その父親から、娘が成人したら渡してくれと言われていた手紙を預かっています。家の寝室の窓の横の棚の3段目の引出しをひっくり返すと貼り付けてあります。まだ早いけれど、もう渡せる機会がないから・・・』
最後の方は母親の方も声が震えていた。母親は、まっすぐ娘さんの方を見ながら何度も瞬きを繰り返していた。
「わたし、ラオネルの巫女なのです。まだ公になっていませんが、巫女の加護の力は、現の死者と話が出来るというものです。実は、今ここに、娘さんのお母様がいらっしゃいます。」
わたしの発言に、娘さんもコックもぽかんとしていたが、娘さんが大きな声でいった。
「うん。わたし分かるよ。そこにおかあさんがいる。いるのは分かる。」
『あぁ・・・』
娘さんはずっと母親の存在を認識している。分かるけれど見えないし話せないというもどかしさ。母親も娘さんも、そこにいてそれが分かるのだけれど、どうにも出来ないのだ。現の死者とはなんともあやふやな存在だ。
わたしは、今母親が言ったことを全て反芻した。娘さんはそれを聞きながら遂に涙腺が崩壊したように大泣きしだした。コックはみるみるうちに顔が青褪めていく。
「そして、貴方が何をしてしまったのか、全て聞きました。確かにお母様のことは、事故だったのかもしれませんが、その原因を作ったのは貴方ですよね。」
コックは口をパクパクさせてその場から逃げようとしたけれど、護衛がずっと手を掴んでいたため逃げられずにその場に倒れそうになる。
「素直に自首したほうが良いと思いますわよ。わたしのこの力は、王都に帰ったら正式に認められることになります。その時は、容赦なく貴方を裁きに来ますわ。」
「あ、あれは事故だ!事故なんだ!確かに軽く突き飛ばしたら棚にぶつかったけれど、その拍子に棚が倒れて下敷きになってしまったんだ!俺のせいじゃない!」
コックは明らかに動揺していた。その時の状況を自分でも自白したという事実に気付いていないのだろうか。母親の言うことと今の本人の話は完全に一致している。やはり、このコックが母親の死の原因だったのだ。
護衛はコックの両手をさっと掴むと、コックの背の方に腕をやり、懐から紐を取り出すと彼の手を拘束した。コックはものすごくジタバタしていたが、うちの護衛は辺境を守る騎士なのでそこらの護衛と一緒にしないでいただきたい。相当強いのですからね。コックが多少暴れたところでどうってことないのだ。
『結局自分で自白したな。』
わたしの隣にエグモントが来ていた。コックの様子を見て呆れていた。娘さんの方には母親が近寄っていっていて、一緒になって喚いていた。
「エグモント様、ありがとうございます。わたし、現の死者に会えることはエグモント様に会えるためだけだと思っていましたが、この力の使い方が少し分かった気がします。」
エグモントはわたしの方を見て、ふわっと微笑んだ。
『そうだね。現の死者はこの世に心残りがあるからこうして残ってしまうと言われているけれど、心残りは何かしらの問題であることが殆どだろうからね。それを丁寧に解決する道筋を作ってあげることが、リーズに与えられた使命なのかもしれないね。』
エグモントは、わたしの頭に手を持ってきて、よしよしと撫でるような仕草をした。実際に触られているわけではないけれど、なんだかくすぐったく感じた。
護衛がコックを連れて、この村の衛兵に受け渡しにいった。その間に宿の女将さんに会って事情を説明すると、女将さんもおいおいと泣きながらわたしに謝ってきた。実は女将さんもコックの所業には薄々気付いていたらしい。母親と恋仲だったという話も生前の母親との関係を見てきた女将さんにとってみたら信じられなかったそう。コックに娘さんを預けるくらいなら自分が娘さんを保護しなければならないかもと思っていたそうだ。わたしが王都の孤児院に娘さんを連れて行くと伝えると、何度も何度もお礼を言われた。
娘さんはと言うと、王都の孤児院に行くことを決断してくれた。そして、自宅で父親からの手紙を見つけて手にしていた。引出しの裏に本当に貼られていたらしい。けれども読むのは成人してからにするそうだ。大切に自分の荷物にそれを収めていた。母親は、この機会にとばかりに娘さんにたくさんのメッセージを託したので、わたしはそれを娘さんに丁寧に全て伝えてあげた。それを聞きながら娘さんは当初涙目になっていたが、だんだん意志がはっきりした目つきに変わった。
「お姉さんのおかげでおかあさんやおとうさんの気持ちを受け取ることが出来ました。わたしも幸せになるために頑張るから、おかあさんも次の生に向かって頑張って欲しいと伝えてください。」
わたしが伝えなくとも、娘さんの声はちゃんと母親には聞こえているわよ。にっこりと微笑んで娘さんの申し出を聞いていたが、それをみていた母親はわたしに御礼を言ってくれた。
『では、わたしは次の生を受けに行きたいと思います。お嬢様、本当にありがとうございました。娘のこと、王都までどうぞよろしくお願いいたします。』
そういうと、母親はふわっと宙に浮かび上がった。輪郭がどんどんぼやけていき、そこがキラキラと白く光ると、次の瞬間には母親はいなくなっていた。
「あ、おかあさんがいっちゃった・・・」
娘さんにもその様子が分かったようだった。
白く輝くように消えていった現の死者。
母親は、この世への未練を断ち切り、次へと向かっていった。娘さんもきっとこの先の道のりを頑張ることが出来るのではないだろうか。
翌朝、娘さんを連れて、わたし達はまた王都に向けて村を後にした。




