第八章
雨の中、背中を濡らしながらも犬は嬉しそうに軽い足取りで歩いている。小鬼も「雨だ雨だ」と、滝のような雨に打たれて喜んでいだが、「冷える」と言って、しばらくすると傘に入った。
久しぶりに長靴を履いて、水たまりも果敢に歩けて、晶は小さな頃の楽しかった雨の日を思い出した。濡れた黒い道路に信号機の色が滲んで発色している。園児のような明るさを写している。車が通るたび、雨水が噴水のように跳ね散った。
ワクワクするような気持ちで歩いていると、長靴の中で靴下がズレてきて、ついにはかかとが露出した。そうだった、こういうのが不快なのだったと晶は雨の日を、今までの楽しさを覆す勢いで思い直した。もう頭の中が、ズレて溜まった靴下の感触で一杯だった。
三人で歩いていると、あっという間に駅に着いて、華子がコンビニで雑誌を読んでいる姿が見える。コンビニのガラス越しに手を振ると、華子は気づいて手招きする。
「雨の中ごめんね。何かおごるよ」
華子が入り口でそう言うと、小鬼はサッとお菓子コーナーへ飛んで行き、
「これ食べてみたい」と、バームクーヘンを指差した。
華子は小鬼の存在に敏く、すぐにバームクーヘンを欲しがっていることに気づいた。最近では、姿がうっすらと見えて声も聞こえるらしい。一度認識すると、だんだんとそうなったのだと華子は云った。
「オッケー」
そう言うと、華子はバームクーヘンを二個買ってくれた。晶は、こういう時にいつも欲しい物がすぐに思い付かなくて、一緒にいる人と同じ物にするのだった。
コンビニから出ると雨は上がっていて、夜空のあちこちで星が輝いている。
「昔、バームクーヘンの間にクリームが挟んであるやつあったよね。小さくて長四角の」
晶が思い出したように言うと、
「あった。あれ大好きだった。最近見ないよねぇ」
と、華子は熱っぽく答えた。
姉妹のやり取りを聞いて小鬼は、
「これは違うの?」
と、今しがた買ったバームクーヘンを指さした。
「違うんだ、そういう丸いのじゃないんだ」
そう晶が言うと、小鬼はクリームのも食べたいと言い出した。最近はどのお店でも見かけないんだと説明しても、よく分からないようで、コンビニに戻って探そうと言う。
「日本では、古い物や売れない物はだんだん無くなっていくんだよ」
と、華子は状況を察して説明した。それでも、小鬼はよく分からないみたいだった。しかし、食べられないという事は理解して、
「悲しいね」と、言った。
「もし見つけたら、絶対買ってくるから、ね」
と、華子は小鬼を元気付けようとする。
晶は、こんな風に長子は訳の分かっていない年下の者を励ますのだなと眺めた。
華子は上手く話題を替えていって、小鬼と夏の大三角形について話し始めた。
晶は、二人の解説を聞きながら夜空を見上げたけど、特に何も思わないから、犬の後ろ姿を見ながら歩いた。犬の小さな足が素早く動いてアスファルトを踏む。軽い足取りは何も気にしてないみたいで、晶の心も軽くした。