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ヒュプノランタン  作者: 雪麻呂
夏の夜の夢! ヒコボシきらきら☆争奪戦!
40/92

何か変だ

6.






「此処を通るのか……」


 ムゥは溜息を吐き、眉を寄せました。

 見上げた巨木の幹には、穴が空いています。ほんの指先ほどの直径ですが、その数が、ちょっと正気ではありません。ムゥの目線の高さから樹の天辺まで。等間隔にびっしり穿たれて、ドングリの嵐でも吹き抜けたようでした。

 なんとこれ、蜂の巣なのです。

 この辺り、半径先数百メートルの区間は“軍隊蜂”の縄張り(エリア)です。

 彼等は樹の幹に穴を開けて巣を作り、集団で生活しています。普段は花の蜜などを集めている、ごくごく大人しい昆虫なのですが、縄張りへの侵入者を発見すると俄然、戦闘モードへ移行。猛然と襲い掛かってくるのです。

 毒こそありませんが、何度でも生え替わる針と完璧な統率が脅威で、ときに大型動物の群れでさえ、一分足らずで駆逐してしまうことがあります。

 幸い今は夜。よく眠っているようです。

 起こさないよう、静かに通り抜けなければ。

 静かに……。


「……! …………、……!」


 と、そのとき、後方から、何やらドタドタと足音が近付いてきました。

 振り返れば、セヴァが物凄い形相で走ってきます。

 端正な美貌は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃに崩壊しており、あまつさえ怒りに満ちて、原型が来い状態。雅だの風流だのという概念は昇天したのか、長い金髪を振り乱して暴走する有様は、さながら怒り狂った鬼婆でした。


「ムゥてめェやりやがったな許さねェーーー!」

「しっ、黙れ! 軍隊蜂の縄張りだぞ!」

「知るかァーーー!」


 セヴァは、ムゥが口元に指を当てるのも構わず、勢いに任せてドロップキックを放ちました。

 食らったムゥは吹っ飛ばされ、樹の幹に激突して、ずるずると(くずお)れます。


「…………」


 数秒の沈黙の後、おもむろに片手を突き、ムゥが顔を上げました。

 歪められた唇には、うっすらと血が滲んでいます。けれどムゥは、それを拭おうともせず、上目遣いにセヴァを睨み付けました。その眼輪筋が、ぴくぴくと小刻みに痙攣しています。


「やったな……」


 立ち上がったムゥは、バッグから小豆ほどの粒を出して、口に放り込みました。

 続き、大きく息を吸って吐くと、セヴァが鼻を押さえ、上体を折ります。


「臭ッ……臭っせ! う゛ぉえ! 何食ったんだよ!」

「“グロレ○ツ”」


 一粒で息びっくり。お口の迷惑な隣人グロレ○ツは、噛み潰すことで、生物兵器並の激臭を発する丸薬です。風味は保証しかねますが、召し上がっても使用者本人の健康には、たぶん問題ありません。

 尚、実在の商品とは一切関係ございませんので、悪しからず。


「野郎ォ!」


 セヴァが指先で印を結びました。

 途端、足元が爆ぜ、ムゥは咄嗟に跳び退ります。

 これは結界術を応用したもので、任意の場所の空気を圧縮し、破裂させるという物騒な術です。主にリア充などに使用すると良いですね。


「こいつ! つるっパゲにしてやる! ロイヴァ!」

「効くかよンなモンが!」


 セヴァは瞬時にして結界を張りました。

 ムゥの放った術は、弾かれて四方へ散り、消滅します。


「人間風情が……俺様に敵うと思うのか?」

「甘く見てもらっては困る。私とて、かつて帝国一と言われた魔術士だ」

「はッ。魔力をなくした魔術士に何ができるよ?」

「できるさ。今の私には、目的がある。そのためなら!」


 対峙していた二人は、攻撃に移るべく、同時に間合いを取りました。

 と、ぶぅん。

 この忙しいのに、誰かムゥの耳元で唸る者があります。

 ぶぅんぶぅん。後ろ手で払っても、離れません。

 なんだ、鬱陶しい。


「おい、後にしてくれ。今取り込み中……」


 言いながら、振り向いたムゥの顔が引き攣りました。


「あ……」


 そこには、迷彩柄の大きな蜂!

 すっかり忘れていました。軍隊蜂です。静かに眠っていたところへいきなり激突され、とんでもない悪臭を嗅がされ、終いに庭まで爆破されたのですから、無理もありません。彼等でなくとも、激おこ不可避の案件でした。


「やっべ!」


 真っ先に逃げ出したのは、セヴァです。

 それが合図だったかのように、樹の幹に空いた穴という穴から、一斉に軍隊蜂が出動しました。

 どうやら指揮官の命は、全軍突撃。直ちにブチギレた蜂の部隊が、二人目掛けて襲い掛かります。蜂としては大きな体躯も、人間が捉えるには小さすぎました。身を捩り、腕を振り回しても、一匹として打ち落とすことができません。一方、彼等の方は刺し放題。

 鼻といわず額といわず、露出している部分を狙って、降り注ぐ雨の如く容赦ない攻撃を加えてきます。ぶんぶんと唸る羽音は、まるで地鳴りでした。針の生えた雲に巻き込まれたようなものです。こうなると、もう収拾が付かない。

 帝国一の魔術士だろうが、鉄壁使いの古狐だろうが、悲鳴を上げて逃げ惑うことしかできませんでした。


「痛い! 痛い!」

「いたたたた!」

「結界! 結界を張れ! 早く!」

「こんな状況で集中できるか! あ、痛ェ! 鼻! 耳!」

「死ぬ死ぬ死ぬ!」

「ぎゃあッ! ケツが!」

「痛い痛い痛い!」

「俺が悪かったァーーー!」






                  †






 ざわり風が吹けば、群生した笹百合が、白く闇夜に揺れて、空を手招きます。

 芳しくも悩ましい香りは、ゆらゆらと陽炎めいて意識を誘い、無防備な者の魂に直接、染み込むようでした。此岸とも彼岸ともつかぬ光景に紛れて、このまま何処かへ消えてしまいそうになります。

 その幻想的な世界に、浮浪者然とした男が二人。

 ムゥとセヴァは、(ほう)(ほう)(てい)で“笹百合の丘”へ辿り着きました。

 なんとか軍隊蜂からは逃げ切ったものの、身体中に刺傷、創傷、擦過傷。瘤に痣にと、非常に勇ましい姿へと変わり果てています。余計な傷が多いのは、互いに足を引っ張り合った結果でした。それでもヒコボシを見失わなかったのは、さすがと言うべきでしょうか。


「酷ェ目に遭ったぜ……」

「まったくだ……」


 もう二人とも疲れて、相手を罵る元気もありません。

 各々、辺りを見回して、ヒコボシを探し始めました。確か此方の方へ飛んできたと思うのですが。


「……あ!」


 十メートルほど先、笹百合の陰で、何かがキラリと光りました。

 ムゥは、思わず脚を踏み出します。

 その腕を、すかさずセヴァが掴みました。


「邪魔するな! それとも此処で決着を……」


 けれども、セヴァの横顔は、ムゥを見てはいませんでした。

 耳と尻尾をピンと張り、髪を僅かに逆立てて、ふすふすと鼻を鳴らしています。明らかな警戒心を含み、件の笹百合を見据える視線が、妙に険しく野性的で、ムゥは残りの台詞を呑み込みました。


「……どうした?」

「何か変だ」

「え?」

「静かすぎやしねェか」


 本当でした。

 先程まで、あれほどうるさく鳴いていた虫の声が、まるで聞えません。いつからでしょう。おそらく、この丘へ足を踏み入れてからです。

 そして眼を凝らせば、光は、一つではありません。暗視ゴーグル越しにちらっと見ただけなので早とちりしましたが、鶏卵ほどの光が、二つ。ちょうど眼のように並んで、爛々と輝いているのです。

 いいえ。正真正銘、あれは眼ではありませんか。


「!」


 ムゥが気付いたのと同時、爬虫類特有の縦長の瞳が、ぎらり不気味に光ります。

 その部分の闇が急激に膨張し、笹百合が震えたかと思うと、次の瞬間には大きく開いた口が、すぐ目の前まで迫っていました。







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