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ヒュプノランタン  作者: 雪麻呂
夏の夜の夢! ヒコボシきらきら☆争奪戦!
38/91

恐怖! 触手地獄!

4.






「ひえぇええぇええ」


 地獄庭園へ辿り着いたムゥが見たのは、大層シュールな光景でした。

 数本の触手に絡まれ、空中で綱引きされている哀れなセヴァです。下駄は脱げ、袴は破廉恥に捲れ、豪奢な金髪はざんばらに乱れて、四肢を操り人形のように弄ばれています。

 触手の先には、一抱えもある巨大な紫色の花が、毒々しく口を開けて、涎めいた液体を垂らしていました。

 しかも、一体や二体ではありません。

 いるわいるわ。彼方にも此方にも、ざっと十体前後が蠢いています。


「オニカヅラか!」


 森で最大の食虫植物であるオニカヅラは、その巨体もさることながら、硬い外皮と凶暴な性質を併せ持つ、極めて危険な存在です。

 一応は植物らしいのですが、これが下手な獣よりも厄介です。食欲旺盛で、傍を通りかかるものは、兎だろうと鹿だろうと、お構いなしに捕食します。つまり厳密に言えば、食()植物という呼称は間違っているのですが、この際そんなことは些事でしょう。

 怖ろしいのは、その触手です。

 棘のある触手は怪力を持っており、絡まれたが最後、ちょっとやそっとの抵抗では抜け出せません。獲物は、藻掻くうちに体力を奪われ、弱ったところで、花弁の中心にある大きな口に放り込まれてしまうのです。

 しかも困ったことに、連中は、植物のくせに地面に根を張らない。六本の触手を脚として使い、好き勝手に移動しやがります。

 普段は、森の最も深い場所で、魚などを捕食しているはずなのですが……。


「こんなところに出るなんて……珍しいな」

「呑気なこと言ってンじゃねェ! 早くなんとかしろい!」


 ムゥが言うと、さっきからヒィヒィ喚いていたセヴァが吼えました。

 あれ、玉虫前は何処へ行ったのでしょう。

 見上げると、美しい夜空に七色の羽衣を纏ったオニカヅラが一体、足取りも軽やかに浮かんでいます。

 盗られてやんの!


「…………」

「おいムゥ! 聞いてンのかこらァ!」

「…………」

「なんとか言いやがれゴルァ!」


 ラッキー。

 ぼそっと呟いて、ムゥは、何も見なかったことにしました。

 オニカヅラも厄介ですが、セヴァはセヴァで脅威に違いありません。此処で退場してくれるなら、願ったり叶ったり。万々歳です。間抜けに踊り続けるセヴァの脇を素通りし、うるさい罵声を背に、ムゥは脚を踏み出し……

 たのですが、果たして、そうはいきませんでした。

 素晴らしく空気の読める触手が、その脚に、がっつり絡み付いたのです。


「くそ、やっぱりか!」


 まぁ、そうなりますよね。

 構いません。しょせん植物、さっさと片付けてヒコボシを探さなくては。

 半ば苛立ちつつ、ムゥは振り返ります。


「えっ」


 そして、絶句しました。

 ムゥの脚を捉えていた触手の主は、想像を遙かに超える問題児。花弁だけで直径二メートルはあろうかという、馬鹿げたサイズの個体だったのです。


「“追い剥ぎ妖精(ロイヴァ・ガイスト)”!」


 ムゥは、すぐさま指輪を翳しました。

 ムゥの指先に生じた微風は、たちまち突風となって、辺りの小石や葉を巻き上げます。まさしく掌に濃縮された台風でした。その風速、風圧を以てすれば、小石の一つでも立派な武器、見えない刃です。

 しかし、相手も然る者でした。素早く伸びた別の触手が、ぶんと一振り(しな)れば、刃と化した突風が、いとも簡単に振り払われてしまいました。


「なッ……うぁ!」


 地面へ叩き付けられ、バッグの中身をぶちまけます。

 強かに背中を打ち、衝撃で息が詰まりました。星の爆ぜる瞼を持ち上げ、どうにか薄目を開くと、ぐらぐら頼りない視界に、紫色の顔面凶器が揺れています。


「ムゥ! ヌシだぜ!」


 セヴァの叫ぶ声が、頭の中でガンガン響きました。


「……だろうな。こんなの久し振りに見た」

「油断すんな! その大きさはマズい! 本気で食われるぞ!」

「言われなくてもわかってる!」


 ムゥは再び指輪に魔力を込めます。

 刃物が効かないのなら。


「“女王の溜息(ディアマンシュタウヴ)”!」


 瞬時にして、ヌシの周りの気温が下降しました。その寒さ、実に氷点下二十度。地面には霜が降り、水滴は氷となり、草は萎え、吐く息さえも凍て付きそうな極寒です。あまりの低温に、季節を間違えた雪が、それも結晶のまま、きらきらと舞い降りてきました。いわゆるダイヤモンドダストです。

 並の植物、いや生物ならば、ひとたまりもありません。

 吹雪に包まれたヌシが、ぴたり動きを止めました。

 ぴしきしと、耳障りな音を立てて、その全身が氷の膜に覆われてゆきます。

 けれど、駄目でした。

 ぶるんと触手を振り回しがてら、大きく二三度身動ぎすると、ヌシに張り付いていた氷は、ことごとく剥がれて飛び散り、空中で溶けてしまったのでした。


「低温にも耐えられるのか……!」


 ムゥが怯んだところを、ヌシは見逃しませんでした。

 触手を強く引き、ムゥの身体を花弁へ運ぼうとします。信じられない力でした。大の男が両脚を踏ん張り、全力で抵抗しているのに、まるで犬の扱いです。一歩、二歩。ぐいぐいと引き摺られてゆきます。


「炎だ! 燃やしちまえ!」

「馬鹿……言うな! 大火事になるぞ!」

「ンなこと言ってる場合じゃァ……あっ、やめて! そこはやめてェ!」


 こちらも尻尾を強く引っ張られたセヴァが、妙な声を上げました。

 セヴァだって、好きで玩具にされているわけではないのです。手足の拘束程度を引き千切る腕力なら、あります。ただ弱点の尻尾をしっかり掴まれているために、身体に力が入らないのです。尻尾は彼の魔力の源でもあり、ここを攻められると、首筋を抓まれた猫も同然。きゅうと弱体化してしまうのでした。

 セヴァに(たか)るオニカヅラ達は、人間でも動物でもないセヴァの処置に困っているのか、なかなか口を付けようとはしません。(あた)りそうだと思っているのかも。

 セヴァは当てにならない。早急に悟ったムゥは、散らばったバッグの中身に目を走らせました。

 魔力回復剤、結界石、撒菱(まきびし)。痺れ薬や爆薬もありますが、遠くて手が届きそうにありません。何か。何か使えそうな物は……!


「ぐっ……」


 焦る間にも、ずるずると身体が引き寄せられてゆきます。足首が砕けそうです。痛みに歯を食い縛りながら、体重を後ろに掛けて抗いますが、そろそろ体力が限界でした。フェザーブーツは、身を軽くすることはできても、重くすることはできません。これ以上は、耐えられそうにない。

 蠢く花弁の中心が、目と鼻の先で、ぐわりと開きました。歯牙こそないものの、上下に糸を引く粘液は、圧倒的な捕食者の垂涎です。

 ひときわ強く引かれ、ブーツが地面を削りました。

 と、爪先にカツン。ふと硬い感触が。

 スパナでした。

 そういえば今朝、道具の整理をしたとき、たまたま近くにあったのです。使えるかもしれないと、何気なく入れておいたのでした。

 ――もしかして……?

 いや、迷っている暇はない!

 ムゥは咄嗟にスパナを拾い上げ、それを握った拳ごと、目前に迫る巨大な口へと突っ込みました。

 じゅっ、と消化液が、作業服を溶かします。構わず、更に奥へ。腕が呑み込まれてゆきます。肘。上腕。付け根まですっぽり収まって、ようやく届きました。口腔奥の、最も狭まった部分です。

 ここだ!

 手首を捻れば、案の定。上手い具合に、スパナが填まり込みました。


「!!!?」


 驚いたのはヌシでした。

 難なく一呑みだと思っていた獲物が、喉に支えて(・・・・・)しまったのですから。

 彼も植物として長いのでしょうが、さすがにこれは初体験だった模様。理解不能の事態に泡を食い、激しく身を捩ります。

 吐き出される直前、ムゥは、指輪に込めた魔力を解き放ちました。


「“炎のワルツ(ヴァルツァー・フランメ)”!」


 生木の焦げる嫌な臭いと共に、ヌシの口内に、炎が充満しました。

 よほど慌てたのか、それとも反射作用でしょうか。巨大な花弁がぎゅっと窄み、すぐさま開いて、黒煙を吐き出しました。凄まじい熱です。じゅうじゅうと湯気を立てる花弁は、もはや捕食どころではなく、必死に咳き込んで、悪臭と粘液を撒き散らすことしかできません。のたうつ触手から、みるみる力が抜けてゆきました。

 やっぱりそうか。

 未だ煙の上る指先へ、ムゥは息を吹きかけました。

 いくら外皮が硬質であろうと、内側は普通の植物なのです。というか、喉の奥で炎が暴れたら、誰だってそりゃあ発狂するでしょうね。

 ヌシは、ムゥを放り捨て、いそいそと撤退を始めました。

 形勢不利を察したのか、他のオニカヅラ達もそれに続きます。

 ふぅ。ムゥは溜息を吐き、額の汗を拭いました。なんとか追い払ったようです。多少のダメージは残りますが、先を急がねばなりません。辺りに散らばった道具を手早く集め、被害を確認します。回復剤や筋力増強剤、痺れ薬など、瓶入りのものは、ほぼお釈迦でした。矢も折れて、もう射ることはできそうにありません。

 あとは? 何か忘れているような気がしますが……。


「なんで術士が鈍器を持ち歩いてンだよ……」


 あ、セヴァか。


「おい! 俺はどォなるんだコラ!」


 ちらと一瞥くれれば、何故かこの場に残った数匹のオニカヅラが、まだセヴァで遊んでいました。あんなところをああしたり、こんなところをこうしたり。飽きもせず、()ねくり回して喜んでいます。


「今世紀最大のモテ期到来だな」

「冗談じゃねェ! なんとかしろよ、このセクハラカヅラども!」

「空中M字開脚で言う台詞じゃないだろう」

「好きでやってンじゃねェよ! あっ、やめ、ふんどしが」

「幸運を祈る」

「待てこの薄情……ひゃ、駄目、そんなところ……あ、あ、あっ」


 アッー!


 悲痛な叫びと赤い褌を残し、セヴァは数本の触手に牽引されてゆきました。

 さぁ、先を急ごう!







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