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目覚め

 ゆっくりと瞼を開く。


 石造りの天井。


 冷たい石の床。


 足元には複雑な紋様を描く魔法陣が淡く光り、周囲には何人もの魔族達が静かに頭を垂れていた。


 誰一人として声を上げない。


 ただ、その場には張り詰めた空気だけが満ちていた。


「……。」


 男はゆっくりと身体を起こす。


 初めて見る景色。


 初めて見る者達。


 だが知っている。


 魔法陣。


 召喚。


 魔族。


 言葉にしなくても知識が頭へ浮かんでくる。


「お目覚めになられましたか。」


 一人の老人が静かに前へ出る。


 深く頭を下げ、その姿勢のまま口を開いた。


「貴方こそ、我らが次なる王。」


 男は老人を見つめる。


 「次なる王……。」


 その言葉を、確認するように呟き、頭の中で繰り返した。


「……なるほど。」


 ――少し考える。


「今回は、そういう役割か。」


 老人はゆっくりと頷いた。


「はい。」


「我ら魔族一同、この日を心待ちにしておりました。」


 男は自分の手を見つめる。


 力がある。


 それは分かる。


 剣も振れる。


 魔法も扱える。


 戦い方も知っている。


 知識だけなら、不自由は何もない。


 なのに。


(……何故だ。)


 違和感が残る。


 知っている。


 だが、理解しているとは少し違う。


 言葉では説明できない、小さな引っ掛かり。


 男は老人へ視線を戻した。


「お前……色々と知っているのだな?」


「ある程度は。」


「なら教えろ。」


 男は静かに言う。


「俺とは、何だ。」


 老人は一瞬だけ目を見開いた。


 だが、すぐにその表情を消し、深く一礼する。


「……承知いたしました。」


「ですが、まずは場所を変えましょう。」


「魔王城にて、魔族の歴史と現在をご説明いたします。」


「そして失礼ながら、お名前をお伺いしても?」


 ――名、か。


 何と呼ばれていただろうか。


「……アベル。」


「では、アベル様、こちらに。」


 薄暗い、石畳の通路を進む。


 魔族達が道を開け、皆一様に頭を垂れる。


 男はその姿を横目で見ながら歩いた。


「……何故、皆頭を下げる。」


「貴方様が王故に、皆敬意を払っております。」


「王……。」


「なるほど。」


 誰に対してでもなく頷く。


 知識はある、だがそれだけ。


 この世界において、王とは何か。


 まだ理解はしていない。


 しばらく歩いたところで、男は再び口を開く。


「名は。」


「私でございますか。」


 老人は穏やかに微笑んだ。


「今は、アレイと名乗っております。」


「今は?」


「この役目を継ぐ者は、アレイの名も継ぐ。」


「そう決まっております。」


 アベルは首を傾げる。


「理由は。」


 老人は少しだけ考え、小さく首を振った。


「……随分と昔に、失われたようです。」


「ですが、それも歴史。」


「私は、記された事実だけを後の世へ繋ぐ役目です。」


 男は静かに頷く。


「なるほど。」


 理由は分からない。


 だが、理由が失われたという事実は理解した。


 それで十分だった。


◇ ◇ ◇


 やがて巨大な城門が見えてくる。


 男は自然と足を止めた。


 魔王城。


 その名が、頭へ浮かぶ。


 同時に、別の知識も浮かび上がる。


 勇者。


 魔王。


 神。


 どこかの国で語られる、お伽話。


 勇者でも敵わず。


 最後は神が討ち滅ぼした、とても強く恐ろしい魔王。


『魔王アベル』。


「……なるほど。」


 男は小さく呟いた。


「俺は、お伽話の魔王か。」


 アレイが首を傾げる。


「……お伽話、でございますか?」


 男は少しだけ考え、首を振る。


「いや。」


「こちらの話だ。」


 城門がゆっくりと開く。


 男は静かにその中へ足を踏み入れた。


 知らない景色。


 知らない者達。


 知らない世界。


 なのに、不思議と知識だけはある。


 だからこそ。


 知りたかった。


「アレイ。」


「はい。」


「魔族の歴史は、お前が教えてくれるのだな。」


「もちろんでございます。」


「では。」


 男は前を向く。


「その後は、人間側の歴史も聞こう。」


 アレイの足が止まった。


「……人間側、ですか。」


「そうだ。」


「この世界に存在するのは、魔族だけではないだろう。」


 アレイは答えられなかった。


 長い沈黙。


 脳裏を、代々受け継がれてきた記憶が駆け巡る。


 だが。


 どこにもない。


 人間側の歴史だけが、存在しない。


「……申し訳、ございません。」


 ようやく絞り出した声は、僅かに震えていた。


「私は……魔族の歴史しか存じ上げません。」


 男はしばらく黙っていた。


 やがて、小さく頷く。


「そうか。」


「なら、今はいい。」


 それだけ言うと、再び歩き出した。


 アレイだけが、その場に立ち尽くしていた。


(私は……。)


(何故、それを疑わなかった。)


 その問いは、何百年と受け継いできた記憶の中にも存在しなかった。


 アベルは何事もなかったかのように歩き続ける。


 その背を、アレイはただ見つめていた。

あるいは


だから、神様にいつも感謝しようね。


そんな童話。

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