第72話 いつかの話
――翌日。
「そろそろ行くか。」
カインがそう言うと、セトが頷いた。
「だな。」
この街へ来てから、随分と色々なことがあった。
街を歩いて。
色々な人と話して。
魔物が襲ってきて。
ジェイドまで現れた。
それも、昨日で一段落した。
「次はどこ行く?」
「んー。」
エイルが少し考える。
「それなんだけどさー、一回帰らない?」
「帰る?」
「カインの家。」
「俺んち?」
「そうそう。」
カインが首を傾げる。
「いいけど、なんで?」
「ちょっとイサナとリアさんに聞きたいことがあってねー。」
「親父と母さんに?」
エイルは少しだけ真面目な顔になる。
「うん、魔物のこと。」
「…………。」
カインも、昨日までのことを思い出す。
突然、街を襲った魔物たち。
そしてジェイドも、魔物を倒して回っていると言っていた。
「おねーさんたちが旅してた頃にも、似たようなことがあったんだよね。」
「そうなの?」
「うん。だから、一回話してみようかなって。」
「分かった。」
カインはすぐに頷いた。
「じゃあ、一回帰ろう。」
「決まりだね。」
「久しぶりだな。」
セトが笑う。
「…………。」
リムだけは、少しだけ不安そうにカインを見る。
「どうしたの?」
「い、いえ。なんでもないです。」
「そう?」
「はい。」
カインの家……話には聞いている。
父親は、かつて魔王を倒した英雄。
母親も、その時一緒に戦っていた仲間。
そんな二人に、これから会う。
「…………。」
少し緊張する。
「大丈夫だよー。」
「え?」
エイルが隣から顔を覗き込む。
「リアさん優しいから。」
「わ、私、何も言ってません。」
「顔に書いてある。」
「…………。」
リムはフードを少し深く被った。
「それじゃ、行く準備するか。」
「うん。」
四人は立ち上がった。
◇
「――ってことで、今日出ることにした。」
「そうか。」
ウェルは、それだけ言った。
「…………。」
「…………。」
「それだけ?」
「あ?」
「いや。」
カインがウェルを見る。
「もうちょっと何かあるかと思って。」
「ねぇよ。」
「そっか。」
「なんだよ。」
「いや、別に。」
「…………。」
ウェルが気怠そうに頭を掻く。
「旅してんだから、いつか出てくだろ。なら、別に今更驚くことでもねぇ。」
「そうだね。」
「ったく。」
ウェルがため息を吐く。
「それで?」
「?」
「いつ出んだよ。」
「今から。」
「今からかよ。」
「うん。」
「じゃあさっさと行け。」
「分かった。」
「…………。」
「…………。」
「なんで行かねぇんだよ。」
「ウェルさんは?」
「あたし?」
「うん。」
カインは当然のように聞いた。
「一緒に来ない?」
「行かねぇよ。」
即答だった。
「そうなの?」
「なんであたしが驚かれんだよ。」
「結構一緒にいたから。」
「お前らが勝手について来てただけだろ。」
「そうだっけ?」
「そうだよ。」
ウェルが呆れたようにカインを見る。
「それに。」
辺りへ目を向ける。
古い建物。
狭い道。
綺麗とは言えない街。
今日も、そこでは多くの人が動いている。
「ここがあたしの街だからな。」
「…………。」
「他に行く理由もねぇよ。」
「そっか。」
「ああ。」
「ウェル姐ー!」
遠くから声が飛んできた。
「あ?」
「昨日壊れたとこ、どうすんだー?」
「知らねぇよ! 使えそうな木ぃ集めて来い!」
「分かったー!」
「ウェル!」
「今度はなんだよ!」
「こっちも手ぇ足りねぇ!」
「後で行く!」
「頼むぞー!」
「…………。」
「…………。」
カインがウェルを見る。
「なんだよ。」
「やっぱりウェルさん、この街の代表みたいだね。」
「違ぇよ。」
「でもみんなウェルさんに聞いてる。」
「勝手に聞いてくんだよ。」
「頼られてるんだね。」
「うるせぇ。」
ウェルがカインの額を軽く小突いた。
「ほら。行くならさっさと行け。」
「うん。」
カインたちは、街の出口へ向かった。
◇
「じゃあな。」
街の外。
ウェルは、そこで足を止めた。
「うん。」
「今度は変なのに騙されんなよ。」
「大丈夫。」
「お前の大丈夫は信用ならねぇ。」
「酷くない?」
「実績があるだろ。」
「…………。」
「また来ればいいじゃん。」
エイルが笑う。
「旅してたら、そのうち近く通ることもあるでしょ。」
「まあな。」
「その時はまたよろしくねー。」
「勝手にしろ。」
「ウェルさん。」
リムが一歩前へ出る。
「ありがとうございました。」
「あ?」
「色々と。」
「…………。」
ウェルは少しだけリムを見る。
「別に何もしてねぇよ。」
「でも。」
「いいって。」
そう言って、リムのフードの上から軽く頭を叩く。
「元気でな。」
「……はい。」
「ウェルさん。」
今度はカインが呼ぶ。
「ん?」
「ありがとう。」
「だから何がだよ。」
「色々。」
「お前もか。」
「楽しかった。」
「…………。」
ウェルは少しだけ黙った。
「変な奴。」
「そう?」
「ああ。」
「ウェルさんも結構変だと思うけど。」
「喧嘩売ってんのか?」
「売ってない。」
「ったく。」
ウェルが笑う。
そして。
「ああ、そうだ、カイン。」
「うん?」
「お前さ。」
ウェルは少し考えて。
いつもと変わらない調子で言った。
「旅が終わって、いい年になっても相手いなかったらさ……あたしのダンナになれよ。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
セトがカインを見る。
エイルがウェルを見る。
リムが固まった。
「なんで?」
「お前ほんっとそういうとこだぞ。」
「?」
「まあいい。」
ウェルはため息を吐く。
「覚えとけ。」
「うん。」
「返事軽いな。」
「覚えとく。」
「そうしろ。」
「ウェル、結構本気?」
エイルが笑いながら聞く。
「あ?」
「いやー、気になって。」
「さあな。」
ウェルが口元を少し上げる。
「いつか分かるんじゃねぇの。」
「なるほどねー。」
「?」
カインだけが首を傾げていた。
「じゃあな。」
「うん。」
「元気でねー。」
「またな。」
「ありがとうございました。」
四人が歩き出す。
ウェルはその場に立ったまま。
しばらく、その背中を見送っていた。
◇
街が見えなくなっても、四人は歩き続ける。
「久しぶりだなー。」
セトが頭の後ろで手を組んだ。
「何が?」
「お前んち。」
「ああ。」
「母ちゃん元気かな。」
「元気だと思う。」
「リアさんなら元気でしょー。」
「そうですね。」
リムも答える。
そのまま、カインを見る。
「…………。」
先ほどの言葉が。
何故か、まだ頭に残っていた。
『あたしのダンナになれよ。』
「…………。」
カインさんが、ウェルさんと夫婦になる。
「…………。」
ウェルは、いい人だ。
優しいし面倒見もいい。カインとも、楽しそうに話していた。
だから――もし、いつか、本当にそうなったとしても不思議ではない。
「…………。」
リムは、少し前を歩くカインの背中を見る。
胸の奥に。
なんだか、もやもやしたものが残っている。
「……やだなぁ。」
「ん?」
「!」
カインが振り返った。
「何か言った?」
「な、何も言ってません!」
「そう?」
「はい!」
「そっか。」
カインはまた前を向く。
「…………。」
リムはフードを深く被った。
そうか、私……嫌なんだ。
そろそろリムち自覚持とう。




