7 一つの結末だよ!
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■ 支援の経過 ■
各機関の担当者が、入れ代わり立ち代わりジョンさんへの〝説得〟を続けましたが、やはりジョンさんの意思は固く、結局のところ病院受診や救急搬送には同意してくれませんでした。
ジョン:「だから今のままでいいと言っているだろう! 俺は病院なんかには行かない! 勝手に救急車を呼んだとしても、俺の意識がある内は何度だって拒否するからな(★※1)ッ!」
……と、このような剣幕。骨折と思しき状態で、痛みによって動けなくなっているわりには、お口はまだまだお元気な様子。
流石にここまで強い拒否を示されると、地域包括支援センターや保健センター、生活保護のケースワーカーにしても、これ以上はなにもできません。
たとえ救急車を要請しても、本人が今のように強い拒否を示すと、搬送不可となるのは目に見えています。
ダーティ:「えー……ジョンさん。では、ヘルパーさんの日常的な支援は受け入れるけれど、意識がある内には病院には行かない。救急車にも乗らないということでよろしいですか?」
ジョン:「あぁん? だからさっきがずっとそう言ってるだろうがッ!!」
ダーティ:「すみません。改めて、この場の関係者一同でジョンさんの意向を確認(★※2)させていただきました。それでですね。もし、ヘルパーさんや担当ケアマネが自宅を訪問した際、ジョンさんが声掛けに反応しない場合……つまり意識がない場合については、救急車を要請させていただいてもよろしいですか?」
ジョン:「……意識がないなら勝手にしたらいい! そっちの好きにしろや!」
ダーティ:「承知しました。では、もしそうなった場合を想定して、誰が連絡をしてもスムーズにいくように、ジョンさんの生年月日や住所、既往歴や状況・状態などを記載したシート(★※3)を、玄関口に置かせてもらっても?」
ジョン:「あぁん? ……そんなのは好きにすればいい。ただし、何度も言うが、意識がある内は救急車には乗らんからなッ!!」
ダーティ:「ええ。それは重々承知しています。あくまで、訪問した際にジョンさんが呼びかけに応じない、意識がない場合に限って、救急車を要請するようにいたします。……ということで、この場の皆さんも、ジョンさんの意向と同意が取れた内容を確認しましたね?」
ウサマネ:「(うーん……同意が取れたというか、どさくさ紛れというか……)」
ダーティさんの音頭により、改めてジョンさんの意向確認を行いました。
こうして説得会……もとい、本日のケア会議は終了と相成りましたとさ。
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ウサマネ:「うーん……どうにもモヤモヤして仕方ないんですけど?」
ダーティ:「ん? 例のジョンさんについですか? 現時点でケアマネという立場でできることはやったと思いますが?」
ウサマネ:「いえ、もちろん分かってはいるんです。これ以上のことをしようとすれば、どこかで『拒否する本人を無理矢理に連れ出す』って行為が必要になるし、ケアマネにそんな権限なんてないのも……頭では分かっているんですけど……」
ダーティ:「以前にもお伝えしたかも知れませんが、支援の現場では時に『どうにも理解しがたい価値観で生きている利用者』にも遭遇します。今回のジョンさんにしても、私だって当然に理解し難いです。どうして救急搬送を拒むんだ? さっさと受診して治療や手術をしてもらえばいいじゃないか? わざわざ痛みに耐え、汚物まみれで賃貸アパートで暮らす意味はなんなんだ? ……などと、普通に疑問です」
ウサマネ:「ですよねぇ……痛みがあるなら、病院に行けばいいのにって思いますよ」
ダーティ:「ただ、そんな『理解し難い価値観を持つ利用者』だからと言って、支援者側が当人の価値観を頭ごなしに否定するわけにもいきません。もちろん、他者に危害を加える、公序良俗なり公共の福祉なりに反する場合(★※4)はまた違うでしょうが……」
ウサマネ:「痛みを訴えるジョンさんに、病院へ行ってもらいたいって思うのも、本人の価値観を否定することになるんですか?」
ダーティ:「まぁ思うだけなら問題ありませんが、当人が嫌がっている病院受診を、支援者の立場から強く勧めるというのは……利用者の尊厳を損ねる行為と言われても仕方ないでしょう」
ウサマネ:「……」
ダーティ:「ウサマネさんが、どうにもモヤモヤとして納得できないのも分かります。ですが、そのモヤモヤを解消するため〝だけ〟に支援を展開すれば……横文字大好き福祉業界的には、それはパターナリズム(★※5)に類する行為となります。もっとも、地域包括や保健センター、ケースワーカーにしても、しきりにジョンさんに『病院へ行け』としか言っていませんでしたが……(苦笑)」
ウサマネ:「……はぁ……結局、これまでの日常的な支援を継続するしかないんですね……」
ダーティ:「そうですね。支援の中で、本人の気持ちが変化したり、状態が著しく悪化した場合は、各関係者と適宜協議する必要はあるでしょうが……基本は日常的な支援を続けるだけです」
ウサマネ:「はぁ……ダーティさんが前に言っていた『諦めろ』って言葉の意味が、少し分かった気がします……」
■ 支援の経過 ■
その後、ジョンさんは相変わらず病院受診を拒否したまま、ヘルパーによる日常的な支援(買い物、掃除、排泄介助など)のみを続けていました。
徐々にジョンさんの状態は悪化の一途を辿り、その都度にウサマネさんは地域包括へ報告を上げていましたが、「本人が未だに受診を強く拒否している」という点によってか、地域包括やプリンセス市がジョンさんの状況を『セルフネグレクト』だと認定することはありませんでした。
※セルフネグレクト(虐待)と認定してしまうと、市としては支援を講じなければならくなるため、まぁ仕方ないのかも知れませんが。
そして、その日がやってきました。
ある日、ヘルパーのマリアさんがジョンさん宅を訪問したところ、呼びかけに対して返答がありませんでした。
返事がないことはこれまでにもあったので、そのままマリアさんは玄関のドアを開けて(元々施錠せずに開けっ放し状態)、部屋の中に立ち入ったのですが……
いつもの和室にて、うつ伏せになったままぴくりとも動かないジョンさんを発見。
思わず動けなくなったマリアさんが、ドキドキしながらしばしジョンさんを観察したところ、本当にまったく動きません。あきらかに呼吸すら止まっています。
急に怖くなったマリアさんは、慌てて玄関口に置いてあったいざという時のカンペ(基本情報シートと心肺停止状態の救急要請の手順)を手に外へ。
そこから手順書に従って救急要請をした後、ヘルパー事業所やウサマネさん、姉のボニーさんにも連絡を入れました。
連絡を受けたウサマネさんも急ぎジョンさん宅へと向かい、ウサマネさんが到着した頃には、すでに救急隊が引き上げようとしたところであり、制服警官が二名現場におられる状況。
救急隊曰く『あきらかに死亡されているので運べません。後は警察の方でお願いします』とのこと。
制服警官二名からマリアさんやウサマネさんが色々と聞き取りをされている間に、県警のジャンパーを着用した刑事課の方が二名到着し、さらに聞き取りが続きました。
曰く、不審死扱いになるため、さらに県警の検視官によって現場を確認し、犯罪性(事件性)がないとなってから警察署へ搬送し、嘱託医(警察医)による「死体検案書(★※6)」を作成するとのこと。
ジョンさんは生活保護受給だったため、警察官からもケースワーカーに連絡がいっています。
制服警官と刑事からそれぞれに話を聞かれた後、姉のボニーさんも現場に到着し、ウサマネさんとヘルパーのマリアさんは現場から解放されましたとさ。
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※ここからは用語集。
★※1 何度だって拒否するからな
実際に救急車を要請したにもかかわらず、何度も拒否を繰り返すと、救急隊の方からも普通にキレられます。
本人が拒否しているのに救急車を要請する家族というのもたまにおられますが……救急隊からすれば、悪意のあるいたずらと実態は変わらないでしょう。
★※2 この場の関係者一同でジョンさんの意向を確認
結局のところはアリバイ作りでしかありませんが、それでも大事なことです。
後々に言った・言わない、聞いていないなどでトラブルに発展したりもします。百歩譲って利用者や家族がそう言うならともかく、下手をすれば現場にいた支援者側から『いえ、私はそのようなことは聞いていません』などと言い逃れしてくるクソがいたりもします。
実際に、地域包括への相談を『聞いていない』とされ、相談自体をなかったこと扱いにされたのは、一度や二度じゃないです(憎)
★※3 ジョンさんの生年月日や住所、既往歴や状況・状態などを記載したシート
特殊な例にはなりますが、訪問したら死んでいたという可能性が高いケースにおいては、こういう情報シートを自宅内に置かせてもらったりします。もちろん、本人や家族の同意の上でですが……。
あと、救急要請の際の手順書。
●通報者:「119番」
⇒「消防ですか救急ですか?」
●通報者:「救急です」
⇒「どのような状況ですか?」
●通報者:「心肺停止状態と思しき方がいます」
⇒「場所(住所や家の中か屋外かなど)・さらに詳しい状況や状態・出血の有無・当人の性別や年齢・通報者と当人の関係……などなど」を聞かれる。
●通報者:情報シートを確認しながら応答する。ついでに、警察への通報も同時に依頼する。
⇒「救急車を向かわせていますので、心肺蘇生を試みて下さい」
●通報者:「はい、分かりました」とオペレーターに応じつつも、遺体には触れない。とっとと部屋の外へ。救急車が来るだろう道路まで出て、救急車が見えたら手を上げて合図をして、救急隊を誘導する。
こんな感じの手順書も作成しておくとベター。
★※4 他者に危害を加える、公序良俗なり公共の福祉なりに反する場合
今回のジョンさんの医療拒否は、あくまでジョンさん個人の問題ではありますが……これが他者に危害を加える系や法に反する場合であれば、ケアマネにできることは他機関へ繋ぐだけです。第一は警察ですね。
日本国憲法
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
これです。幸福追求権なんて言われるやつ。
しかしながら、逆で考えると……
『国民は個人として尊重され、幸福追求の権利を国は保障します。ただし! 公共の福祉に反する場合は保障できなくなるかもヨ! 気を付けなはれや!!』
……という解釈もできるわけです。
まぁこの「公共の福祉」の解釈も多様なようですが、ざっくりと「秩序」とか「皆がお互いにちょっとずつ我慢して快適に過ごせるようにしようね」みたいな感じで理解しています(個人の見解)
★※5 パターナリズム
相談援助職系ではよく聞く言葉。日本語訳的には「父権主義」となるようです。
意味としては……『強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意志は問わずに介入・干渉・支援することをいう』※ウィキペティア参照。
今回のジョンさんのケースでみれば、ジョンさんよりもより強い立場の人がいるとして、その人がジョンさんの「病院に行きたくない」という本人の意志を無視して、「いやいや、ぐだぐだ言ってないで、骨が折れてるなら病院いけよ」と干渉するパターンですね。
ちなみに、対義語として出てくるのは「マターナリズム」。母性主義と訳されてたりするそうですが、なんと福祉分野の、特に意思決定支援の場面においては、「パターナリズム」と同じく忌避すべきものとして扱われてたりします(笑)
支援者側が母親的な愛情や善意……ようするに「よかれと思って」を振りかざし、本人の意向を無視して管理や保護を行う態度を示すそうです。※優しい虐待とか、今でいうところの毒親系みたいな?
結局のところ、本人の意向を無視するって部分は「パターナリズム」と同じ。多少過程が違うだけで結果は同じなので、あくまで父と母の字面が対になってるだけのようです。
今回のウサマネさんたちの場合は、どちらかと言えば「マターナリズム」に寄った行動だったと言えるのかも知れません。
★※6 死体検案書
様式は「死亡診断書」と同じ。そもそも「死亡診断書(死体検案書)」ってタイトルの様式ですしね。
ざっくり説明ですが、死亡診断書は主治医が作成、死体検案書は警察医が作成という感じです。
厳密な説明となれば……
医師は、「診療管理下にある患者が、生前に診療していた傷病に関連して死亡したと認める場合」には「死亡診断書」を、それ以外の場合には「死体検案書」を交付してください。
○ 交付すべき書類が「死亡診断書」であるか「死体検案書」であるかを問わず、異状を認める場合には、所轄警察署に届け出てください。その際は、捜査機関による検視等の結果も踏まえた上で、死亡診断書もしくは死体検案書を交付してください。
※死亡診断書(死体検案書)記入マニュアルから抜粋。
診療管理下にあり、生前の傷病に関連した死亡⇒これまでの主治医が作成する⇒死亡診断書という流れ。
もちろん人によるとは思いますが……主治医の先生は、あまりにも生前の傷病に関連がなさそうな死亡の場合や、最後の診察日から日数がかなり経過している場合などは、そもそも死亡診断書の作成を拒否されたりも……※あくまで「通院での受診の場合」です。
なので、そういう場合は嘱託の警察医なり監察医が対応する……という流れのようです。
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