079 結局どうしたいのか
クロエです……
なんだか恥ずかしいです……
…………
…………
私は、そのままぐずぐずと泣きやめられずにいた。
この世界に目覚めてからの違和感や、ふとした体験の際に感じる暗い予感、なにより農村で出会った農奴の人たちや、治癒院での赤ちゃん。
色々な体験が、思い出されてきてしまう。
…………
…………
パオロ先生
「バルディーニ先生、もう2限の開始時間です」
パオロ先生がバルに授業の体制について説明している。
「現在二年生は、2限以降半数ずつの生徒に分かれ、魔力不足に悩む市の各局に派遣される班と、魔法院で専門魔法の練習に励む班に分かれております。
しかし、それは、現地でのクロエさんのマナ供給があってのもの。追加のマナ供給がない前提ですと、全員を派遣する必要があるでしょう。その上で、魔力が尽きた生徒は魔法院に戻り、マナの回復を睨みながら専門魔法の練習をする体制へ変更する必要があるかと思います」
「また、三年生で専門魔法を習得した生徒も、同様な措置を執りたいと思います」
「分かりました。では、二年風コースの生徒はクロエを除きよろしくお願いします」
バルはそう言うと、
「2限はお前だけとなった。
まだ言いたいことがあるのであろう。思いついたことを自由に述べてみなさい。それによって思考が整理される効果が得られる」
「アリシア先生も同席をお願いしたい」
そんなわけで、バルの控え室で、話を続けることになった。
アリシア先生がお茶を入れてくれたので、応接用の椅子に三人で座った。
…………
バルは黙っている。
アリシア先生も黙っている。
私は口を湿らすと、
「魔素って何なんでしょうね………」
「お前は何だと思っているのだ?」
「一種のエネルギー………かな?」
推論にすぎないけど、魔法現象の元になっていることがひとつ。だけど、特定の元素とは考えにくいこと。なぜなら、前世と同様の物理法則に従っている(らしい)この世界において、魔素が周期表におさまる位置がない。原子とか何らかの同位体とかでは説明できないなら、何か未知のエネルギーではないか?
そんな話をしながら、私はやっと平常心を取り戻すことができた。
「エネルギーであろうと元素であろうと、現実に魔法が発現できていれば支障はないのではないのか?」
いや、そこはダメだと思う。
なぜって、魔法がなければ、この世界の人って、火もろくに扱えないし、水だって例えば井戸とか掘れるのかな?農業だってまともにできないんじゃないの?
「つまり、もし魔法が使えなくなったらと思うと、人は原始生活に戻ってしまい、生きていけないんじゃないのかと思います」
「それだけじゃなくて………」
魔素は魔法の元になっているだけなら、魔素がなければ前世のように科学文明を構築すればいいかもしれない。
だけど、この世界では魔素がなければ生命の維持そのものが難しい。
「魔素がないと、結局この世界では生命が死に果ててしまうんですよね?」
「生命を維持するために、呼吸素と魔素が必要不可欠であるという実験結果を魔素学で学んだはずだ。しかし、お前は呼吸素がなくなった場合は問題視せず、魔素がなくなった場合のみを問題視している。それは客観的なアプローチとは言えないのではないか?」
自問してみる。確かにアンバランスかも。
結局、前世に照らして、物理化学の上で納得できる呼吸素を問題にせず、前世知識で説明できない魔素のみを問題視しているんだ。どちらも同じに思っているひとびとには、共感を得られないよね………
「大学で魔素を研究し、お前の疑問点はお前が解明していくべきであろう」
「はい………」
なんか、うまいこと諭されちゃったよ。
そこで、アリシア先生が口を開いた。
「クロエちゃんの気にしているのは、魔素そのものじゃないと思う。自分のマナを多くの人にあげなければならないと、思い詰めていることでしょ?」
はっ
そうだった。話がずれちゃったよ。
つまり、こういうことだ。
前世で言えばフードロスの罪悪感みたいなものだと思う。世界のどこかで飢餓のために多くの人が亡くなっているのに、別の場所では飽食のため食物が廃棄されていく。
遠い国のことであれば、気にしないで済む場合もあるかもしれない。現実感を持って受け止められないからね。
でも、目の前で、あるいは知人が飢えて死んでいくのに、自分は余った食料をごみにしていたら?
そうだよ!
私のやりきれない気持ちはこれなんだ。
「目の前でマナ不足で農奴になったり、病気になったり、死んでしまう人がいるのに、私はマナを捨てているんですよ?これは許されることではない、そういうことなんです!」
アリシア先生
「その話はクロエちゃんと話したよね?気をつけないとマナを悪用されちゃうよ?」
護衛のきっかけを先生は指摘した。
「誘拐とかは困るけど、私としては、利用してくれるのなら、いくらでも利用されてもかまわないかも………」
「クロエちゃん………」
バルは話をまとめた。
「つまり、お前の危惧が現実なのかを検証し、可能であれば対策を考えたいというのであれば、魔法大学へ進学し魔素学の研究者となるべきであろう。これは長期的な視点というべきものだ」
「一方で、お前のマナを無駄にしないために、可能な活動をしたいのであれば止めはしない。今までも、私はそのような行動はとっていなかったと思うが?」
「はい」
「短期的にマナの譲渡を控えることも、医学上必要な措置だと考えられるが?」
「はい………だけど!完全には無理です」
「ふむ。
ではどのような代案を考えているのだ」
………
………
私は考えをまとめた。
「治癒院へ渡す飴は作りたいです。乳幼児の病状改善に効果が出始めているんです」
「それだけか?」
「一年生への毎日1回のトランスファーはダメですか?今の二年生に、去年してたのと同じだから………」
「わかった。
その二つのみ認めよう」
「お前は睡眠を十分にとり、規則正しい生活を心がけよ。レポートも授業中に作成し、寮に持ち帰って作成してはいけない」
「お前のマナについては謎が多い。前例もないことだと認識しておくのだ」
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私はアリシア先生とともにバルの教師控え室から退出した。
そのまま魔法院の食堂へ行く。
食堂は閑散としていた。
各コースの先生や三年生二年生の大半は、魔法を必要とする現場へ行っている。一年生は魔法院にいるが、もう時間も遅い。
もう、キラキラ会もずっとやってないや………
アリシア先生
「疲っ、かれた~」
「ごめんなさい。私が原因で」
「いや、クロエちゃんのせいじゃないんだよ。バルディーニ先生の、こう、圧力がね?」
くすっ
そういえば、先生ったら、私なんかよりずっとバルのこと怖がってたもんね。
「バルと会って、もう二年近くたちますけど、こんなに突っ込んで話したの初めてかも」
「クロエちゃんだけだと思うよ?バルディーニ先生が長々と話をするのは」
立場上、長い話をすることはあるけれど、さっきの私とのように、相手の事情に耳を傾けることなんてないそうだ。
「クロエちゃんのこと、とっても大事にしているのね~」
「最後に言ってましたよね?きっと、希少な実験動物みたいに思ってるんですよ」
「そんなことないと思うけど?」
「去年、私がクロエちゃんに、クロエちゃんの前世での元素について、ちょっとだけ教えてもらったの覚えている?」
「はい、唐突だったので、よく理解してもらえなかったような気が」
「そうね。でも、そこに呼吸素と魔素の違いに関するヒントがあるんでしょ?クロエちゃんは、今魔法が制限されてしまったし、せっかくだから教えてもらえないかな?」
「そうですね。
私も、細部を学問的にお話しするとなると、さちの力が必要になりますけど」
まずは、一番身近な「水」かな?
「モデルテ市は冬でもそんなに寒くないので、自然の中で氷を見ることはないですが………
例えばアイスで発現した氷をそのままにしておくとどうなりますか?」
「水になるよね」
「その水をお鍋に入れて火にかけるとどうなりますか?」
「湯気になって消えちゃうね」
「消えた湯気のことを前世では水蒸気って呼んでいたんですが、お鍋に蓋をして、そこから湯気を逃がす管を取り付けると、管の先で湯気はまた水に戻ります」
「確かにそうなりそうね」
「では、氷と水と湯気(水蒸気)は増えたり減ったりするのでしょうか?」
「うーん、どうだろう?比べたことがないから、厳密には分からないかな?」
「前世では、物質が変化しても(化学反応の前後で)物質の総質量は変化しないと考えられていました」(質量保存の法則)だから、氷も水も水蒸気も質量は変わらないんです」
「ごめん、質量って何?」
そこからだよね。重力が異なる環境なんて想像もつかないだろうから、
「普段は重さと言い換えてもいいかもしれません。
つまり、寒いと水の粒自体が縮こまって、お互いを強く引っ張り合っているので硬い氷となり、暖かくなってくると引っ張る力が弱くなって、グループを作って自由に動き回れるようになるので水になります。そして、熱くなってくると粒がビュンビュン飛び回るようになるので、水蒸気という気体になるのです」
「ふんふん」
「でも、どの状態でも粒の数は変わらなくて、収めておける大きさ(体積)が変わるんですよ」
「じゃあ、水が元素というのは正しいの?」
「いえ、説明が難しくなるんですが………」
私は、質量保存の法則、定比例の法則、倍数比例、気体反応の法則などから、分子説にたどり着いた話をスキップした(アボガドロさん、ごめん)
「様々な科学者が、色々な実験を行った結果、水は水素原子2個と酸素原子1個が結合した分子だと突き止めたんです」
「前世でもここにたどり着くためには何百年もかかりました。水を元素と推論することは、考え方としては比較的理にかなっています」
「ところが、火の原子、土の原子、風の原子というものは存在しないのです」
「火は、酸素と他の物質が反応した時に起きる熱と光のことで、元素じゃないです。さっきの水の例になぞらえればはっきりします。火が元素なら、火の固体、火の液体、火の気体がなければいけませんから」
「風も同じです。
風が元素なら、風の固体、液体、気体があることになります。でも、そんなものありませんよね?風は、空気が移動することによって生じる現象です。風の元素が物質の気体のことを言うのであれば、水のところで出てきた、水素や酸素、それに窒素(この場合は分子)などが元素に当たります。水の気体である水蒸気もありますよね?だから、風という元素はないんです」
「土はどうなの?」
「これも土という固体、液体、気体はないです。ほかの元素と違うところは、細かく分ければ色々な元素の集合だと言うことです。
わかりやすいのが鉄ではないでしょうか?実は鉄は元素なんです。普通は純度100%というわけではないんですが。それは、鍛冶の時に、熱く熱せられた鉄が液体になることで分かります。鉄が気体になる(沸点)温度をこの世界で実現することは難しいですが、鉄には固体、液体、気体(物質の三態)が存在します。
他にも色々な元素があって、それらが複雑に化合した物質を形成しているのが土なんです」
「そのような物質に関する法則が、ここでも当てはまるものなの?」
「はい。私はそう思います。
あまりにも前世の物理法則と同じ現象で成り立っていますし、何より、私たちがこうして生きていること自体が、そのような物理法則に則っているからとしか思えません」
「それにもかかわらず、魔素という謎の物質か、エネルギーが存在する。これが納得できないんです。魔素が元素なら私の知っている元素の一覧(周期表)に入る余地がない。
もし、非常に原子量が大きく、特殊な環境でしか存在しないような元素ではなく、原子量が小さく安定した未知の元素が存在するとしたら、素粒子レベルから物理法則が異ならなければならないし、元素ではないなら未知のエネルギーとしか考えられない。
しかし一方で、魔法現象のような多様な現象を引き起こすエネルギーもまた、あり得ないんじゃないかな………」
最後は、アリシア先生を取り残して、独り言になっていった………
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アリシア先生
「バルディーニ先生の言うとおりだわ。
クロエちゃんは魔法大学へ行き、魔素学の専門家になるべきね。そして、科学技術を発展させて、今疑問と思っていることを解き明かしてごらんなさい」
「はい………そうですね、私もそれがいいと思います」
ただ、それだと、マナロス問題から遠ざかっちゃうんだよね。
「今は魔臓の回復に努めなさい」
魔素の正体を知れば、マナロス問題も解決できるかもしれない。
……だったら、遠回りでもないのかな。
作者「クロエの要求が厳しすぎる件について」
クロエ「作者さん文系だもんね」
「あなたのモヤモヤを文章に落とし込むのは難しいです」
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スマホで見る時、ポップアップが煩わしいかなと思って、収益化を外してみました。読みやすくなりましたでしょうか。あんまり変わらないという感想でしたら、また収益化に戻そうかと思ってるんですが、どうでしょうか?




