7話 だが断る
翌日の昼休み、人気のない食堂の隅。小声でぶつくさ文句を言いながら、魔術本片手に飯を食らう俺。
考えていたのは勿論、もはや恒例になりつつある、彼女との放課後の決闘のことだ。
正直言って、面倒くさい。それに、その感情の他にも、得体の知れない焦燥感を胸の内に感じていた。
……当然自覚している。これまでの俺がジリ貧であることは。
魔術における、センスという大きな壁。今までの俺は、“戦術”という強力なカードで彼女と勝負し打ち勝ってきた。
しかし、決闘の度、俺のアドバイスや戦略を容量良く吸収し、日を追う事に強くなっていく彼女。
彼女は才能による飛躍的な成長という無限の可能性を持っているが、対して俺は、恐らく殆ど上限に達しているであろう魔術師としての能力と、それを広げる唯一の手段である、枚数の限られたカードしか持ちえていない。
そのカードも、急ごしらえで簡単に手に入るようなものではなく、先人が積み上げてきた知恵に、自身のアイデアを交えて考案し、長い時間練習を重ねて、己の努力や試行錯誤の末にようやく確立させたもの。
貴重なソレが、毎日、一枚二枚と俺の袂を離れていく感覚。
本気で勝つなら、戦術をバラすべきでは無かった。アドバイスなど与えるべきでは無かった。当然、俺は彼女を決闘の約束ごと突き放すべきであった――だが、出来なかった。
その理由は、正直に言えば、自分でもよく分かっていない。
しかし、きっとこれから先の俺も変わらないだろうと思う。
例え勝ったとしても、きっと俺は、無駄に強者の余裕を見せつける。だからこそ、何より俺自身が、己を沼地に深く落とし込む。
……そして、何れ負けるのだろうか、俺は?
首を振る――違う、とすぐに断言する。
俺は勝たねばならない。何としてでも、利用できるものは全て利用してでも、黒星を作ってはならない。決して壁を越えることを諦めてはならない。
なら、これから先、俺がすべきこととは一体――。
「――あら、こんな所で会うなんて奇遇ね!」
その時、すぐ後ろから聞き慣れた、高圧的で――しかし少し嬉しそうな声。
俺は思わず、反射的にブルっと体を震わせる。そして、ギギギ……と油の切れた機械のようにぎこちなく後ろを振り向いた。
「ねえ!貴方聞いてるの!……って、何読んでるの?」
そうやって、食事のお盆を手に、俺の本の中身を覗き込んでくる彼女。
幻聴?幻覚?……いや。違う。
「はぁっ!?な、なんでいるんだお前!?」
俺は机をガタガタ揺らしながら驚く。彼女はガシッと腕組みをして、
「別にどこに居たっておかしくないでしょ?同じ学校なんだし。それより、お昼一緒しましょう!」
「断る!」
申し出を即座にキッパリと否定した俺だったが、その時には既に、彼女は隣の椅子を引いて座っていた。
隣にいる俺を見て、嬉しそうにニマニマしている。
「……な、何だよ」
「ううん!なんでもない!」
そう言って、礼儀正しく、しかしモリモリご飯を食べ始める彼女。
俺も、なんだか魔術指南書を読む気にはならず、彼女に語りかける。
「お前な……俺とじゃなくて他の奴と食えばいいだろ……」
彼女は顔を上げると、キョトンとした表情で、
「貴方も1人なんだから別にいいじゃない?一緒に食べましょう!」
「おい、お前と一緒にするな。俺はな、別に相手がいないとかじゃなくて、魔術の勉強をしなきゃいけないから、“あえて”1人なんだよ」
「私だって同じよ!相手なんていらないわ!でも、貴方は別よ!」
「……はぁ?なんで」
「だって、貴方は強いじゃない!」
……強い、か。
俺は顔を顰めて、
「で、今から決闘でもするのか?一応言っとくが。無理だぞ?」
「うん?決闘?……それは放課後でしょ?」
「ああ。まあ、そうだけど……。そりゃ、良かったよ……はぁ……」
まさか昼もかと思い、戦々恐々としていた俺だったが、コイツがそこまで鬼畜じゃないと知って、ホッとひと安心した。
流石に1日二回も決闘に付き合わされたら、たまったものではない。
そこでふと、食堂の周りを見渡すと、俺たちの居る辺りの席だけポッカリと空いていた。視線も多く集まっている。が、目線が合うとふいっと逸らされる。
「……なあ、なんか凄い見られてるんだが。お前……何か迷惑掛けるようなことしたんじゃないだろうな……」
「してないわよそんなこと!」
いきり立つ彼女。だがその言葉を信じられるわけがない。なにせ一番の被害者は俺だ。
「お前……。悪いことしたんなら、正直に言えよ。…… な? なんなら、俺も一緒に謝ってやるから……」
「してないって言ってるでしょ!だからその生暖かい目線やめてちょうだい!」
そう言ってプイッと視線を逸らす彼女。
……いや、信じられん。やってる。コイツは絶対何かやらかしてる。
何ならすでに被害者の会でも立ち上がってるんじゃなかろうか……。
呆れたようにため息をついた俺の隣では、お行儀は良いながらもガツガツと勢いよく、彼女が食事を貪っていた。
※ ※ ※
「ごちそうさまでした!」
礼儀正しくパチッと手を合わせる彼女。とっくに食べ終わっていた俺は魔術本から顔を上げた。
時計を見ると、休憩時間終わりまではあと10分ほどしかない。
そろそろ教室に戻るかと、本を閉じて椅子から腰を上げると、彼女の真っ直ぐな目が俺を見つめていた。
「ねえ!お話ししましょう!」
「話?……って何の?」
「勿論、魔術のことに決まってるでしょう!」
腕を組み、偉そうな彼女に、俺は肩をすくめて苦笑する。
しかし、次の言葉に、俺は心臓が止まりそうになった。
「――ねえ、なんで貴方、初級魔法しか使わないの?」
心底不思議そうな表情。
「それに使う魔法も水魔法だけよね?なぜかしら?」
言葉に詰まりながらも何とか口を開いた俺は思わず見えを張り、虚言を口にしていた。
「フン……そんなことも分からないのか。お前なんぞには初級魔法で十分ってことだよ」
「うん……そうね。私もっと頑張らなきゃ!」
悔しそうな表情をしてから、決意を新たにガッツポーズする彼女。
「今日の放課後の決闘忘れないでよね!ぜったい、ぜっーたいに貴方の本気を出させて見せるんだから!」
ビシッと指を俺に突きつけ、言い放つ。
だから、俺は――。
「やれるもんならやってみな!受けて立ってやる!なにせ、俺は“最強”だからな!」
彼女と同じように腕を組み、向かい合って偉そうに言い放った。
こうして、まんまと勝手に自分で乗せられ、俺は結局4回目の決闘をすることになるのだ……。
いや本当、何やってるんだ俺は……。