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幸せな時間

 翌朝、レイラとクリストファーがヒューゴを連れて帰ってきた。王都の施設で保護することになったという。ヒューゴは妙にリオンとシャロンになついており、館の前で二人に再会すると嬉しそうに駆けてきた。

「僕、大きくなったら班長みたいな騎士になることにしたんだ」

 昨日シャロンが班長と呼んでいたから、ヒューゴにもそれがうつったらしい。

「そうか。それは悪くない。励めよ」

 リオンが小さな頭に手を載せて撫でる。ヒューゴは嬉しそうに笑っていた。


 昼に久々に班員が集合すると、自然とみんな敬礼した。

「お帰りなさい。ヴァルトガルドはどうでしたか」

 クリストファーの問いに、リオンは眉をひそめる。

「どうもこうも、面倒な婆の痴話喧嘩に付き合わされただけだ」

 なあ、と同意を求められてシャロンも頷く。クリストファーはじめ、仲間の騎士はぽかんとしていた。

「あの婆のおかげで運動不足だ。一人ずつかかってこい。おまえたち、身体鈍ってねえだろうな」

 リオンに挑発されて、その日の訓練が開始された。

 運動不足と言いながら、相変わらず班員は剣を弾かれ投げ飛ばされていく。

 シャロンも例にもれずやられたが、彼の力を利用して投げようとした試みは「悪くない」と評価された。ただ、リオンはシャロンに腕をとらせなかったので結局歯がたたなかったが。



 「なんだかシャロン、一回り大きくなって帰って来たなあ。ヴァルトガルドで何かあったのか?」

 夕食の時、クリストファーがしみじみとそう言ったが、「何か」はたくさんありすぎてわからない。わからないけど、と前置きして彼に笑いかけた。

「クリストファーが班長を慕ってる気持ちはわかったかな」

「お、成長成長」

 クリストファーが嬉しそうにシャロンの頭を優しく叩く。

「班長の言う『婆の痴話喧嘩』もあながち無駄じゃなかったってことか」

「そうだね」

 シャロンは頷いてシチューを食べるのを再開した。

 夕食を食べ終え、レイラからリオンに渡しておくよう押し付けられた書類を持って彼の執務室に行く。扉を叩くが返事がない。失礼します、と開けてみると彼はソファの上で眠っていた。

「班長」

 声をかけてみるが完全に熟睡しているらしい。


 これは無理に起こすと敵襲と間違えられて投げられるだろうな。


 そう思って何もせず、ソファの前に膝をついて彼の寝顔を眺めた。


 やっぱり寝顔は可愛い。普段との落差がすごい。でも、普段の猛禽類みたいな顔も凛々しくてかっこいい、とか思ってしまうのはもう病気だ。


 昨日、この人とキス……したっけ。今もう一回したらどうなるかな。


 思わず吸い寄せられるように顔を近付けた。しかしさすがにその先に進む勇気はなくて、ぴたりと動きを止める。

 途端、リオンの腕が伸びた。がしっと後頭部を掴まれ、引き寄せられる。シャロンの勇気が足りなかった分だけあいていた二人の唇の隙間がなくなった。


「ね、寝てたんじゃなかったんですか!」

 リオンが離れてから文句を言うと、彼は珍しくにやりと笑った。

「途中から起きてた」

 むくりと起き上がったリオンが、シャロンの腰を引き寄せ、あろうことか自分の膝の上にシャロンを座らせた。

「は、班長……」

「ん?」

 リオンは意に介した風もなく、シャロンの腰を左手で支え、右手は顎に添えて口付けを再開した。


 胸のあたりがきゅんと切なく締まるような感覚に陥り、思わず声がもれる。

 リオンはそれに気を良くしたらしく、ますます容赦がなくなった。



 「ねえ、貴方シャロンが成長して帰って来たって喜んでたけど」

 壁にもたれたレイラが傍らのクリストファーに話を振る。

「ええ。行く前はリオン班長を敵視してましたけど、帰って来たら尊敬の眼差しに変わってましたよ」

「シャロンも変わったけど、リオンも変わってない?」

 クリストファーは苦笑いを浮かべた。

「俺もそう思いました。少し目が優しくなったかな。怖いことに変わりはないですけどね」

 ふふっとレイラが笑った。

「前は飢えたハゲワシだったけど、今は普通のタカぐらいだわ」

「わかるようでわからないです、その例え」

 クリストファーも笑い、二人並んで目の前の扉を見つめる。

「それで、いつまで待てば良いんですか俺たち」

「まだよ。リオンの気が済むまで待機。邪魔してみなさい。明日足腰立たないわよ」

 そう言われて、クリストファーは肩をすくめた。それは本意ではない。

「俺、レイラ班長はリオン班長が好きなのかと思ってたんですけど」

「何で?」

「いろいろ気にかけてたじゃないですか。今だって班長のためにシャロンをけしかけて、様子を見に来たんでしょ?」

「ただの野次馬よ。そんな複雑な感情ないわ。……貴方、意外と読みが悪くて鈍いのね」

「ええっ!?」

 思わぬ評価にクリストファーが怯むと、レイラが呆れたように笑った。



 「は……班長、も、駄目です……」

「なぜ」

 シャロンを膝に乗せたリオンの眉が不機嫌そうにひそめられる。

「あたし、書類持って来……」

 言葉がキスに呑み込まれる。


 でも言わないとまずい。


「レ、イラ班長、来ちゃう……」

「は?」

 やっとリオンの動きが止まった。今しかない、と一気に話す。

「預かった書類にメモがついてて、『書類に目を通して署名よろしく。あとで取りに行く』って」

 動きを止めたリオンは、何かを探るように視線をさまよわせ、「いい」と呟いた。

「何がですか」

「いいから待たせとけ」

「えっ!?」

 予想外の答えに動揺したシャロンの頭を強引に引き寄せ、リオンが再び口付けた。

 抵抗を試みていたシャロンもいつの間にかそれに応えてしまっている。


 結局、書類をレイラに渡すのは随分あとになった。執務室の外には案の定レイラとなぜかクリストファーまでいて、ものすごく気まずい思いをする。しかしそれはシャロンだけのようで、リオンは何事もなかったかのように書類を渡していた。


 それが何だか悔しい。

  でもそのあと自室に戻ろうと言われて、思わず怯んだシャロンを見て拗ねたような顔をしたのは可愛いと思ってしまった。

 十個以上年上で騎士団随一の使い手である猛禽類のこんな顔を見られるのはきっとシャロンだけだ。


 嬉しくなって笑っていると、結んだ髪を乱暴に引っ張られた。

「にやにやしてねえで行くぞ」

「はあい」

 仕事中では有り得ない間の抜けた返事にも彼は怒らない。ただシャロンの手を引いて歩き出した。


 その姿を目撃した騎士が、普段の班長からは想像できない彼の姿に悶絶して仲間に吹聴してまわって大騒ぎになったのや、クリストファーとレイラがそのせいで急接近してしまったのはまた別のお話である。

落としどころがなくなってきていたのを、何とか完結させました……。

お読みいただき、ありがとうございました!

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