表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/20

嘘にほだされて

 ジリリリリリ。

 けたたましい目覚ましの音が響く。浅い眠りの縁から、強制的に叩きだされて、俺は呻いた。


「……ぅぐ……うっさ……」


 腕を伸ばして、スマホのアラームを止める。――五時半。いつもの時間に目が覚めたことに、いっそ感心する。


「……渉?」


 すでに、ベッドはもぬけの殻や。寝起きの悪いあいつが、俺より先に起きてるやなんて……。


「あ……沙也さんとの朝練か……」


 得意げな渉と沙也さんの顔が浮かんで、乾いた笑いが零れた。泊まった翌朝くらい、側に居てくれてもいいのに。

 もぞもぞと身じろぐと、下肢に重い痛みが走る。うッと呻いて、体を丸めた。

 

 ――痛ったあ……あの野郎、むちゃくちゃしやがって……!

 

 昨夜、さんざんな目にあったことを思い出し、奥歯を噛み締める。よほど鬱憤が溜まってたんか、渉は雑を通り越して乱暴やったねん。下半身はじんじんするし、腕やら膝やらも、どっかぶつけたんか内出血しとる。


「……」


 俺は、青く打ち身になってる膝を、手のひらで包んだ。……夏やからきついけど、今日は短パン履けそうにないわ。


「……湿布、買ってあったかなぁ……」


 ぼんやり呟いて、情けなくなる。

 俺はいったい、何をしてるんやろう。渉の言うなりになって、体を痛めて。せっかく、先輩らと練習させてもらって、モチベーションあがってたのに……。


「渉のアホ……!」

 

 まだ時間に余裕があるのを良いことに、もっぺん布団に包まる。今朝はもう、渉におにぎりなんか作ってやらへん。やから、もうちょっと眠って回復しよう。

 そう、思ってたんやけど――。

 バタンバタン、と玄関で物音がする。


「……え!?」


 ぎょっとして身を起こせば、ドタバタと近づいてきて、寝室のドアが勢いよく開いた。


「なんや、つむぎ。まだ寝てたんかぁ?」


 すでにジャージに着替えた渉が、ひょっこりと顔を出す。俺はびっくりして、ぱくぱくと口を開いた。


「な、なんでいるん?」

「はぁ?」


 渉は片眉を上げ、大股に近づいて来た。片手に提げたコンビニの袋が、ガサガサと音を立てる。


「ほんまに、可愛ないなー。せっかく泊まったのに、すぐ追い出す気かぁ?」

「あたっ」


 指で、ピンと額を弾かれた。

 

 ――なんやねん。おらんかったら、そう思うやん……。

 

 ムッとはしてんけど、言い返す気力もなくて、黙ってた。そしたら、渉は頭をわしわしかいて、ベッドの側にしゃがみこんだ。


「ほら、見てみ。つむぎの分の朝メシ、買って来たったで」


 コンビニの袋から、サンドイッチを取り出して、枕元に並べてく。ハムときゅうり、てりたま、ツナマヨ……。俺の好きな具ばっかりで、目を瞬く。


「これ……」

「つむぎ、した後はめっちゃ食うやん。昨日はぐうぐう寝てたから、腹減っとるやろ?」

「……っ」


 珍しく優しい声で言われて、胸が詰まる。ほら、と促されて、サンドイッチを手に握らされた。

 ……こんなもん、当然やないか、と思う。目いっぱい練習してきたのに、あんな無茶苦茶されて……メシ食べる気力なんか、残ってるわけないわ。

 

 ――こんな、こんなことくらいで……帳消しになるようなことと違う……!

 

 ハムサンドの包装に、涙が落ちる。

 頭では、ちゃんと怒ってるのに。どうしようもなく、このアホのことが好きな心が、また嬉しがってる。渉からしたら、適当に握らせたやろうハムサンドが……俺がいつも一番に食べるもので。そんな些細なことさえ、許すきっかけにしたがってんねん。


「うぅ……!」

「なんや。つむちゃん、泣き虫やなぁ」


 サンドイッチの包みを額につけて、涙を堪える。そうしたら、甘ったれた声で、渉が俺の頭を撫でてきた。荒い手つきに、ひっくと喉を鳴らす。

 渉は、「しゃあないな」ってサンドイッチを取り上げると、包装をはいだ。


「ほれ、早う食べや」

「……ん」


 口元にしんなりとやわらかいパンを差し出された。おずおず、小さくかじったら、嬉しそうに渉が目を細める。


「よしよし、ええ子や」

「……犬か、俺は」


 憎まれ口をたたいても、渉は上機嫌のままや。ビニル袋に手を突っ込んで、フルーツジュースのパックを取り出した。


「飲み物いるか?」


 俺が頷くと、ストローを差した飲み口を向けられる。やたらかいがいしく、俺のことを構う渉に戸惑ってまう。

 

 ――な、何やねん……?

 

 俺の機嫌を取るみたいで、渉らしくない。恐る恐るストローからジュースを吸うと、よく冷えていて甘酸っぱい。火照って渇いた胸に、沁み込んでいく。


「ほら、もっと食え」

「……」


 ジュースを飲んだら、またサンドイッチ。ほんま言うと……お腹がじくじく痛くて、いつもより食欲はないねん。

 でも、久しぶりの和やかな空気を壊したくなくて、俺はもそもそとハムサンドを頬張った。噛むのが難儀で、やわらかいパンからはみ出したマヨネーズが、唇を汚す。


「うわ、やば……ティッシュっ」


 渉は、ひょいと指で拭って笑った。


「くく。だらしないなあ」


 甘い声に、きゅうと胸が痛んだ。

 

 ――こんなん、久しぶりや。

 

 なんでか感極まって、声も出せんといると、渉が身を屈めてきた。……キスしたいんや。でも、昨日みたいに嫌やとは思わんくて、大人しく目を閉じる。


「つむぎ」


 唇が触れそうになったとき、

 ピピピピピ。

 空気を貫くように、着信音が響く。


「!」

「……おっ?」


 渉が、ポケットからスマホを取り出す。点灯する画面に、『沙也』と表示されてるんが見えて、我に返った。

 

 ――ああ、時間切れか。

 

 さっきまでの、ぬくぬくした気持ちが冷えて、顔が強張っていく。渉は気づかんと、スマホを耳に当てた。


「ああ、沙也? うん、もう起きてるで」


 明るい声で、沙也さんと話しだす。楽しそうな顔から目を背け、俺はむくりと体を起こした。体の痛みに顔をしかめつつ、のそのそとベッドから出る。


「……おい?」


 ふらふらと歩き出した俺に、渉が驚いたみたいに声を上げる。


「ごちそうさま。俺、ぼちぼち風呂入って、朝練の準備するわ」

「えっ……まだ、時間あるやろ?」

「ん、まあゆっくりしたいし……渉も、そっち行って来てええよ」


 俺はニコッと笑って、スマホを指さした。渉が目を見ひらいたのを尻目に、壁伝いに廊下に出た。洗面所に入り、鍵を閉める。


「はあ……」


 冷たい床にしゃがんで、膝を抱えた。

 

 ――なんてアホなんやろう。

 

 お腹もどこも……胸も、全部痛い。せやのに、渉に簡単にほだされる心も。それでも、側に居てほしいくせに、かっこつけて送り出そうとするプライドも……全部、アホや。


「……っ」


 噓を本当にするために、寝巻を脱ぎ捨てて、風呂に籠った。勢いよくシャワーのノズルを捻ると、先に渉が使ってあったんか、熱々の湯が溢れ出す。


「熱ッ……!」


 もうもうと白い湯気が立ち込めて、鏡が曇る。みっともない泣き腫らした顔を見んで済むから、好都合や。俺は、きつく目を瞑って、顔面に湯をぶちかけた。

 どうぞ腫れを引かせてくれ、と念じながら――。

 シャワーの音に紛れて、玄関の扉が閉まったことに、気づかへんふりをして。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ