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鮎飯

『田んぼで拾った女騎士』の書籍が電撃の新文芸から2月17日に発売です。よろしくお願いします。


 翌朝。いつもより早く起きた俺は、身支度を整えると台所へ。


 昨日釣った鮎を使って、鮎飯を作りたかったからである。


 時刻は四時。早起きなセラムでもまだ起きていないようで、台所やリビングに気配はない。


 まだ外の景色は薄暗く、太陽は完全に昇り切ってもいない。


 さすがに暗いので台所の電気だけをつけて料理を開始する。


 冷凍庫で冷凍保存していた鮎を取り出す。


 鮎を真空パックから三匹取り出すと、まな板の上でそのまま自然解凍させる。


 鮎を解凍させている間にボウルを用意して、そこに二人分の白米を入れた。


 水を入れたら白米を研ぎ、ザルに上げる。


 ザルの中で水気を切っている間に解凍した鮎のフン出しをする。


 フンが取れたら包丁で鱗を取り除き、内蔵も取り除く。


 しっかりと氷水で締めて、持ち帰ってすぐに冷凍したので翌朝でも問題なく食べられるとは思うが、無理にチャレンジする必要はない。


 内臓の処理を終えると、塩を振らずにグリルでそのまま素焼きにする。


 ザルでお米の水気をしっかりと切ったら、土鍋の中に投入。


 さらに出汁昆布、水、薄口醤油、料理酒、塩を加え、表面に焼き目のついた鮎を三匹ほど入れた。そのまま蓋をして二十分ほど浸け込む。


 待っている間にいつもの野菜たっぷりの味噌汁、ほうれん草の煮びたしといったおかずを作っておく。


 それらの品が出来上がる頃には二十分が経過し、浸け込みの時間が終わったので中火で火をつけた。


「ジン殿、おはよう」


 土鍋を加熱し始めた頃になると、ちょうどセラムがリビングにやってきた。


 時刻は五時前にもかかわらず、セラムの表情には眠気のようなものは一切残っておらず凛々しい。相変わらずセラムは早起きだ。


「今日は随分と朝食の準備が早いのだな?」


 朝採りする作物がなければ、いつもこのくらいの時間に起きて朝食を作り始める。


 セラムが気にするのも当然だろう。


「ちょっと作りたい料理があってな」


「なんだかとてもいい香りがする。何を作っているのだ?」


 スンスンと鼻を鳴らして台所に近寄ってくる。


 土鍋から漂ってくる匂いに気付いたらしい。


「鮎飯だ」


「鮎飯?」


「素焼きにした鮎とご飯を一緒に炊いたものだ。鮎の旨みが染み込んだ飯は美味いぞ」


「それは絶対に美味しい!」


 炊き込みご飯を食べたことのないセラムだが、なんとなく美味しさがイメージできたらしい。


 鮎の味が染みついたご飯なんて絶対に美味しいに決まってる。


「私にも手伝えることはないか?」


「鮎飯は炊き込むだけで味噌汁も作ったし、ほうれん草の煮びたしも作ったからなー」


「では、出汁巻玉子を作らせてくれ!」


 ふむ、鮎飯を中心とした朝食にあと一品を加えるなら出汁巻玉子という選択は悪くない。


「わかった。なら出汁巻玉子は任せた」


「うむ! 任された!」


「今日こそ綺麗なものを頼むぞ」


「できるだけ努力しよう」


 そこの返事だけは曖昧なんだな。


 まあ、今までのセラムの作った出汁巻玉子の出来栄えを考えれば、力強く断言することはできないだろうな。


 セラムが出汁巻玉子の準備に取り掛かる中、土鍋から勢いよく蒸気が出たので弱火へ。


 そのまま三分ほど炊くと、火を止めて二十分ほど蒸らす。


 待機している時間、俺は出汁巻玉子を作っているセラムの様子を確認。


 ちょうど玉子焼き用のフライパンに卵液を投入しているところだった。フライパンに卵液が広がり、気泡ができ上がる。それを菜箸で突いて潰しながら全体に火が通るように調整。


 玉子が固まってきたら周りに箸を入れて剥がしてやり、手前側に玉子を巻いていく。


「わっ」


 だが、繊細な菜箸とフライパンの扱いができないせいか、上手く手前に巻くことができない。


 斜めに巻いてしまってそれを何とか菜箸で元に戻そうとして、また歪な形になってしまう。


 一層目から実に不安になる光景だった。


「ははは、別に焦げたからって誰かが死ぬわけじゃない。落ち着いて丁寧にやっていけ」


「う、うむ」


 手つきの覚束ない初心者が慣れた者と同じスピードで作れるわけがない。


 アドバイスをすると、セラムはゆっくりと丁寧に、自分にできる速度で玉子焼きを作っていく。


「できたぞ! ちょっと焦げてるが形は今までで一番綺麗だ!」


 コンロの火を止めるなりセラムが大きな声で言った。


 異世界の女騎士が出汁巻玉子の出来栄えだけで、ここまで胸を張って誇らしげにできるのが微笑ましい。


「確かに綺麗な形だ」


「だろう?」


「次はもっと早く作れるようになるのが目標だな」


「ああ、次こそは焦げずに作り上げてみせる!」


 セラムが二人分の出汁巻玉子を作り上げてカットしていく内に、二十分が経過したので土鍋の蓋を開けた。


 すると、白い湯気と共に昆布や鮎の香りが台所に広がった。


「いい香りだな!」


 土鍋にはしっかりと出汁を吸って茶色くなったご飯と、ほっくりと焼けた三匹の鮎が並んでいる。見ているだけで美味しさが伝わるようだ。


 セラムが土鍋を覗き込む中、土鍋から昆布を取り出し、身をほぐすために鮎を取り出す。


 食べやすいように鮎の尻尾、ひれ、中骨を取り除くと、箸で身をほぐしていく。


 ほぐれたら鮎の身を土鍋に戻し、しゃもじを使ってご飯と混ぜ合わせる。


「最後に三つ葉を散らせば鮎飯の完成だ」


「早速食べよう!」


 朝食の準備が整ったところでリビングのテーブルに移動。


 味噌汁、出汁巻玉子、ほうれん草の煮びたし、土鍋ごと持ってきた鮎飯と実に豊かだ。


 鮎飯をそれぞれの茶碗によそい、麦茶を持ってくると、俺たちは互いに手を合わせた。


「「いただきます」」


 真っ先に食べるのは炊き立ての鮎飯だ。


 薄っすらと湯気の立ち上る鮎飯を口へ運ぶ。


「鮎の旨みを染み込んでいて美味いな」


 口の中で鮎と昆布、醤油の香りが一気に広がった。


「たまらないな!」


 鮎飯を食べたセラムがすごい勢いでご飯をかき込んでいる。


 ほぐした鮎の身が程よい塩気となっており、優しいご飯とよく合う。


 三つ葉が入ることで清涼感のある香りが加わり、良いアクセントになっていた。


 鮎飯を食べると、大根たっぷりの味噌汁で一息。


 ほうれん草の煮びたしが口の中をサッパリさせてくれる。


 セラムの作った出汁巻玉子は少し加熱し過ぎているせいか、表面が少し硬くなっているが味そのものに問題はない。出汁や醤油などの割合をすっかりと覚えているからだろう。


 後は表面や中をふっくらと焼けるようになるのに期待だな。


 鮎飯、味噌汁、ほうれん草、出汁巻玉子を順繰りに食べていくと、あっという間にお腹が膨れた。


「ふう、よく食べた」


「ああ、私もお腹がいっぱいだ」


 いつもご飯は一杯半ぐらいで終わるのだが、鮎飯が美味し過ぎたせいで三杯も食べてしまった。それはセラムも同じらしく五杯も食べていた。


 お陰で俺たちのお腹いっぱいだ。だけど悔いはない。


 朝から美味しいものを食べると、それだけで一日が充実したものになる気がした。







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