鮎の塩焼き
『転生貴族の万能開拓』コミック4巻発売中。
既にバケツの中には氷水が入っており、釣り上げられた鮎はしめられているのですぐに調理にとりかかることが可能だ。
「火起こしは俺がするから鮎の下処理を頼むぜ」
「む? 火起こしならば私が魔法で――」
「魔法?」
「はいはい、セラムはこっちな」
海斗が怪訝な顔をする中、俺は割り込んでセラムの腕を引っ張った。
「こっちの世界の人間は魔法なんて使えない」
俺が小声で言うと、自分の失言に気付いたのかセラムがハッと目を見開いた。
「すまない。つい前の世界の癖が……」
「次は気を付けてくれ」
「ああ」
騎士団にいた時は遠征も多かったと聞いたし、こうやって外で食事をする時は魔法で火を起こしていたんだろうな。
セラムにとって魔法で火を起こすというのは当たり前の行動なのだ。仕方がないだろう。
「鮎の下処理は何をすればいい?」
「糞取りだな。鮎のお腹の指でしごいてフンを出せてやってくれ」
「わかった!」
手本を見せると、セラムは特に嫌がる様子もなく取り掛かる。
鮎のお腹を指でしごいてやると、お尻の方からところてんのような茶色いものが出てくる。それを水で洗い流す。
それだけなのだが、セラムの手つきには迷いがない。
「魚を触るのに慣れてるんだな?」
魚に触れるのに慣れていない者は、魚の匂いや感触に驚くような反応をするが、セラムにはそういった素人臭い雰囲気がまるでしなかった。
「釣れない分、こういった釣った魚の処理を任されることが多くてな」
褒められて嬉しいような悲しいようなそんな複雑な顔をセラムは浮かべた。
「ということは捌くのも得意か?」
「私の世界の魚と少し違うので断言はできないが、恐らくはできると思う」
「だったら今度、魚料理でも作ってもらおうかな」
「……ッ! 任せてくれ! ジン殿の食べたい魚料理を作ってみせよう」
なんて呟いてみせると、セラムが嬉しそうに言う。
ちょっとした冗談のつもりだが、セラムはかなり張り切っている様子。
本人がやる気を出しているのであれば、素直に甘えてみてもいいのかもしれないな。
今度セラムでも作れそうな魚料理を調べておこう。
「フン出しを終えたら、次は串打ちだ」
水で洗い、体のぬめりと取ったら次の作業となる。
「目から串を刺し、黄色い点から出し、また刺して尾びれの手前くらいで出す」
「わかった」
一本串に刺してみると、セラムはこくりと頷いて串を手にした。
串が鮎の目に刺さった瞬間、尾びれが激しく揺れるが、セラムは動じることなく串を打ち込んだ。
「どうだ!」
「バッチリだ」
魚の下処理は慣れているだけであって、串打ちも実に手慣れていた。
腕前は俺とほぼ変わらないだろう。
「串を打ったら胸びれ、腹びれ、尻びれ、尾びれ、背びれに化粧塩をしてくれ。こうすることでひれが焦げず、綺麗な形で残るからな」
「なるほど!」
海斗が持参してくれた塩を手に取り、鮎のひれに塗って白く染めていく。
大きくない個体ならば化粧塩をする必要はないが、セラムが釣ったのは大きなものばかりだからな。見栄えをよくするためにも塗っておいた方がいい。
ひれを開き、ピンと立たせながら指でつまむようにして付けるのがコツだ。
後はひれだけじゃなく、全身にも薄っすらと塩をかけてやれば下処理は完成だ。
一匹出来上がると、二匹目、三匹目と取り掛かっていく。
そうやってセラムと黙々と串を打っていると、海斗の方からパチパチと枝が爆ぜるような音が聞こえた。
「火はついたみたいだな」
「こっちはいつでもいけるぜ!」
海斗の傍では安定したサイズの火が灯っていた。
周りにはご丁寧に風避けの石まで積み上げられている。
「じゃあ、焼いていくか」
「そうだな!」
準備は整っている様子なので、俺は下処理の済んだ鮎を持っていく。
「結構多いな。セラムちゃん、何本食うつもりなんだ?」
「八本はいける!」
「相変わらずよく食べるなぁ」
他の人であれば驚くかもしれないが、駄菓子屋としてセラムの食欲を知っている海斗は驚くことはない。いつものことのように笑っていた。
串に刺した鮎を地面に刺していく。
鮎を焼くときの基本は強火の遠火だ。
あまり炎に近づけ過ぎると、表面はコゲコゲで中は半生なんてことになりかねない。
そうならないために少し離した距離でじっくりと焼き上げるのが美味しく調理するポイントだ。
こうやって川で釣った魚を食べるのは何度も経験しているので海斗は勿論、セラムも心得ているようだ。
「あとはじっくりと待つだけだな」
「どのくらいで焼けるだろう?」
「二十分――いや、この大きさだと三十分くらいだな」
「くうう、空腹な状態でその時間は辛い」
セラムの言葉に激しく同意だ。
俺も朝から仕事を終え、そこから釣りをやっているのでお腹がペコペコだ。
早く食べたくて仕方がないが、焼き時間に関してはどうにもならない。
これも美味しい鮎を食べるためと思って堪えるしかない。
そうやって談笑しながら見守ること三十分。
「もういけるのではないか!?」
口の端から僅かに涎を垂らしながらセラムが言う。
あれから香ばしい鮎の香りを嗅ぎながら待っているのだ。無理もない。
俺もなんとか理性を保てているのが限界だ。
「ああ、大丈夫だ」
「こんだけ火を通せば大丈夫だろ」
俺だけじゃなく、海斗もそう判断しているのであれば問題ない。
「それじゃあ、食べるか!」
「いただきます!」
焼き上がったところで鮎の串を引っこ抜いた。
「美味え!」
「こんなに美味しい川魚は初めてだ!」
海斗とセラムがすぐに頬張って声を上げた。
俺も負けじと鮎の身を頬張る。
表面はパリッとしており香ばしく、中の身はフワフワだ。
「……美味い」
淡泊な味わいが実にいい。程よく汗をかいたからか塩味が身体に染みるようだ。
天然の鮎は本当に美味いな。上品な味がしており風味が違う。
食べ進めていくと内臓などが口に入る。
天然故に少々えぐみが強いが、淡泊な身の味とマッチしているので気にならない。
空腹ということもあり、あっという間に一匹目を平らげてしまう。
骨はそれほど大きくなく、柔らかいのでそのまま食べてしまえた。
「ようやく腹が落ち着いたな」
「ああ」
四匹目を食べ終わる頃には、海斗と俺の胃袋は随分と落ち着いていた。
どの鮎も中々の大きさだったので一匹ごとの満足度が違う。
しかし、セラムの胃袋はまだまだ鎮まることはないらしく、六匹目に手をかけていた。
セラムの食べっぷりは清々しく見ていて気持ちがいいな。
食べ終えてすぐに動く気になれなかった俺は、ブーツを脱いで川に入って涼むことにした。
うちのウェーダーは一体型ではなく、分離型なのでブーツの着脱が可能だ。
「お、いいな」
同じくボーッとしていた海斗も靴を脱いで、川に足を入れた。
冷たい水が足を包み込んで気持ちいい。水流がより川の水を冷たく感じさせていた。
しばらく、二人で涼んでいると鮎を食べ終えたのかセラムがやってくる。
俺たちと同じように川で涼みたいのか必死にブーツを外そうとしているが手こずっている様子。二分ほど格闘した末にようやくブーツを脱ぐことができたようだ。
隣に腰を下ろすなり、セラムが尋ねてくる。
「ジン殿は釣りを楽しむことができたか?」
「ああ、久しぶりにやってみると楽しいもんだ」
「そうか。それなら良かった」
答えるとセラムが嬉しそうに微笑んだ。
ここ十年ほどやっておらず、釣りの楽しさを忘れていたが、今日で面白さを思い出せた気がする。
「また時間を見つけて行ってみたいな」
「その時は是非声をかけてくれ。私ならいつでも付き合うぞ」
思わずそんな言葉を漏らすと、セラムが前のめりになりながら言った。
俺の気分転換に付き合ってあげたいというセラムの優しさが伝わり、微笑ましくもあり嬉しくもあった。
「おいおい、釣りに行く時は俺も誘えよ?」
「店があったらどうする?」
「店を休む」
「それでいいのか駄菓子屋」
「田舎の店舗営業なんてそんなもんだろ」
呆れながらの俺の言葉に海斗は陽気に笑いながら答えた。




