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「待たせたなぁ!!少年……ってあれ?」
先頭を切って突入してきた琥珀さんはカッコ良く言い放つと、俺が支配している空間を見て、次の瞬間にはマヌケな声を上げた。
まだまだ体力が有り余っている様子で、見たところ目立った怪我は無さそうだ。
手こずったというのは敵の戦闘力と言うより数の面で、という事だろう。
俺じゃなくてこの人が呼び出されていたなら、ハリウッドのアクション映画さながら無傷で麗奈を助け出していたんだろうな。
傷1つ無いヒーローとは対照的に傷だらけの俺、くつくつと喉のそこから自嘲気味な笑みが零れてきた。
琥珀さんの後に続き沙織さん、伏見さん、唯、雪兄、神田さん、蓮さんに連れ沿われた麗奈が入ってきた。更にその後方には……。
「……親父」
言いつけは破る、麗奈も危険に晒す。
更には大人を巻き込み、当の俺は傷だらけ。
親父から見れば今の俺は悪ガキ以上に煩わしいなんだろう。
ここまで来て、今は絶対聞きたくない声を聞かされると思うとただただ鬱陶しく感じた。そして今は最も見たくない顔。
俺は俯き、親父から目を逸らした。
「……悠太」
俺の名前をポツリと呟いた親父はいつもの高圧的な態度を見せないどころか、俺に駆け寄ると不意に力いっぱいに俺の体を抱きしめた。
理解が追いつかねえ。久しぶりに俺の名前を呼んで?絶対怒られると思ったのに、なんで抱きしめられてんの?
「……何故言いつけを破った」
親父は湿り気混じりの震えた声で言った。
俺から親父の表情は確認できない。声だけでは怒っているのか、悲しんでいるのかも分からない。
「気晴らしのつもりだった」
理解の追いつかない脳で平静を装い、事実だけを答えた
。
麗奈を庇っている訳では無い。合意して出掛けたのは俺だ。
「……お前は本当に出来の悪い息子だ」
「知ってる」
「……菜月に心配ばかりかけて」
「あんたが言うかよ」
「……俺はお前達をいつも心配している」
嘘としか思えない言葉に、ついカッとなった。
親父の手を振りほどこうと親父の胸を両手で押した。
だけど、力いっぱい抱きしめられた腕はがっしりといていて振り解けない。
菜月姉ちゃんは、あんたのせいで泣きたい時に泣けなかったんだ!そんな奴が今になって心配している?反吐が出るんだよ!
「じゃあ!なんで……なんで姉ちゃんに冷たくするんだよ!!なんで俺達の努力を褒めようとしなかった!どうして……」
せめてもの抵抗だ。パッと頭に浮かんだ言葉を吐き出す。
『どうして俺をもっと見てくれなかったんだよ』
それでも、本当に言いたかった言葉だけは詰まり、吐き出すことは出来なかった。
親父が葉月姉ちゃんと接するように菜月姉ちゃんにも接してくれたら、もっとちゃんと俺を見てくれたら。
ちゃんとしっかり、俺の事を叱ってくれていたら。
俺たち家族はここまで拗れなかったかも知れない。
いや、これは自分の行動を正当化したい子供の幼稚な思考だ。親であっても人に押し付けるには歪すぎる。
「……悠太」
震えの増した声で、また俺の名前をポツリ呟いた。
「……俺は、俺はっ。お前達姉妹を……家族を……愛しているっ」
しどろもどろに、絞り出された言葉。
それは不器用な人間がやっと紡ぎ出した、あまりにも複雑で継ぎ接ぎだらけの愛の言葉だった。
そうか、母さんが言ってた通りだ。
俺と親父は、どうしようもねえくらいに不器用な人間なんだ。
親父の腕の中で身動ぎして顔だけを上げた。
ポツリポツリと俺の頬に落ちた涙が温かい。
不器用な男は涙ながらに愛を語り、生まれて初めて父親らしい1面を見せてくれた。
「俺は!子供の愛し方がわからなかった!どう褒めたらいいかっどう遊んでやったらいいかっ、厳しく育てないと……お前達が苦労するから!俺はっ……」
時折嗚咽を漏らしながら、親父は感情を爆発させた。
俺と親父は根っからの同類、感情的になっても最後の一言が言えない。