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夕方、今日は渡したいものがあるから麗奈と起きてて、と姉ちゃんから連絡が来た。
そんな事わざわざ電話で言わなくても俺も麗奈も、俺達の為に仕事を頑張ってくれている姉ちゃんを労おうと毎日帰ってくるまで起きているのだが。
まあでも、今日は多少遅くなるらしく、時計に刻まれた時刻は既に22時を回っている。
「なっちゃんとお母さん遅いねー」
防犯上の観点からお隣の涼夏も一緒だ。
早寝早起きを基本としている涼夏は寝ぼけ眼を擦りながら隣に座って、一緒にテレビを眺めている。
「そうだな。お前も眠たいなら寝てて良いぞ?帰ってきたら起こしてやる」
恐らくもう涼夏の意識は半分くらい夢の中だ。ソファーに深く腰掛け、起きていようと瞑りそうになった目を見開くも数秒経つと瞼が閉じそうになっている。
「ヤダ」
「なんでだよ……」
「なんか負けた気になるじゃん」
何にだよ。一体こいつは眠気以外の何と戦ってるんだ。ここは雪山でもなければ真冬の寒空の下でも無い。
「そうか。そりゃあ大変だな。眠気覚ましにコーヒーでも飲むか?」
「コーヒーを飲むと朝まで目がぱっちりになっちゃうから良いよ。私は自分の力だけでこの眠気に…………むにゃむにゃ」
言いながら遂に目蓋を閉じ、あざとい寝息を立て始めた。
力無く垂れた手を見る限りガチ寝だ。
眠気に負けた情けない涼夏から左隣で大人しく本を読んでいる麗奈に目を向けた。
タイトルは勿論この間読んでいた男の娘とクールな年上お姉さん物だ。
教科書のお手本みたいに背筋をピンと張って膝の上に本を置いて読むものだから、時折挿絵らしきものが見えてくるのだが、お姉さんが淫靡な様相で、男の娘の穴を何やらしているイラストがチラチラと目に入ってくる。
挿絵の所でズイと顔に近づけて食い入るように見ている麗奈は無表情で鼻息を少々荒げているものだからシュールだ。
ていうか、俺の隣でそんなもん読むな。ただのラノベだと思ってただろうが。
俺の視線に気付いたのか、麗奈は俺の顔をチラリと見るとスマホに文章を書くと、その卑猥な本と一緒に差し出してきた。
『読む?』
「読まねえよ。お前もそういうのは人前で読まないで、1人の時にこっそり読めよ」
『悠太は家族だから問題ないd('∀'*)』
「ほほう。なら涼夏は?」
『涼夏はこういうの見ても行為の内容が分からないと思うから問題ないよ(o´艸`)』
天真爛漫という言葉が似合うからと言って、いくらなんでもそれは涼夏を甘く見過ぎじゃないか?……まてよ。
「動物園で猿とライオン見て気まずくなってただろ、お前もいたんだから忘れたとは言わせねえぞ」
『みんなが無表情だったから真似したのかも(o´艸`)』
「うちの涼夏はそこまでアホの子じゃねえよ」
多少アホなところはあるけど右に習えで知ったかぶることはしないはず。多分、ちょっと自信ないかも……。
麗奈と話していると、俺にも襲ってきた。睡魔が。
時間的にはいつもならスマホをいじったりオセロをして麗奈と遊んでる時間なのに何故だ。
このまま眠ってしまおうか……いやいかん。姉ちゃんが起きててって言ってたんだ。起きてないと……。
うっつらうっつら瞼が落ちそうになるのを何とかこらえ、テーブルからマグカップを手に取りコーヒーを飲み干す。苦味が意識を覚醒させてくれる。
なるほど涼夏が言ってた事はこういう事だったのか、ここで寝たら負けた気分になりそうだ。
『悠太も寝てて良いんだよ?菜月が帰ってきたらお姉さんが起こしてあげる』
俺は1人で戦いに敗れ、グースカ眠る雑魚とは違う。俺は1人では戦わない、俺にはコーヒーや麗奈と言う仲間がいる。
そうだ、もう1杯コーヒーを飲もう。それから麗奈とオセロだ。