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「葉月お姉ちゃんおめでとう!凄かったよ」
「おお!葉月さん!この子が葉月さんが言っていた…………弟?」
俺が葉月姉ちゃんに祝いの言葉を投げかけると、姉ちゃんと談笑していた琥珀さんが俺の事を上から下まで物珍しそうに見て言った。
「弟よ?私達に似て可愛い顔してるでしょ?でも弟なんだー!」
葉月姉ちゃんは俺を琥珀さんに紹介しながら、菜月姉ちゃんにしたのと同様に俺にも抱きついてきた。
信じられない、琥珀さんはそう言うと今度は俺の顔に自分の顔を近づけてマジマジと見てくる。
ここまで観察するように見られるのは流石に恥ずかしかった。姉ちゃんに似てるのは分かっていたがこの頃はコンプレックスとは思ってはおらず、寧ろ大好きな姉ちゃん達に似ている事を誇らしくも思っていた。
ひとしきり俺の事を観察し終えると、琥珀さんは納得したのか、うんうんと頷いて1歩離れた。
「本当に姉弟そっくりだなあ、でも菜月さんだけ、なんで髪色と目の色が違うんだ?」
「何でだろうね。菜月はお父さんに似て黒髪赤目で、私はお母さんに似て金髪碧眼なんだー。二卵性双生児ってやつだね」
「双子でも見た目が変わる事もあるんだなぁ……」
「ふふ、見た目も性格も違うよ。菜月は私と違って穏やかで優しいんだー!」
「わわ、お姉ちゃん!?」
葉月姉ちゃんが再び菜月姉ちゃんの体を抱き寄せると頬を合わせた。
2人の顔の作りは似ているけど、普段から自信のある葉月姉ちゃんと、自信無さげな2人では、目元や口元が違うんだ。
周りの人間が見ても一緒に見えたらしいけど俺が見たら一目瞭然だったな。
「ありゃ?菜月?なにか落ち込んでるの?」
横目で菜月姉ちゃんを見た葉月姉ちゃんはようやく妹の気分が沈んでることに気が付いた。
「……何でもないよ!1回戦負けして少し落ち込んでただけだよ。足も捻っちゃって……」
心配して声を掛けた葉月姉ちゃんに、菜月姉ちゃんは、本当の事を言わずに誤魔化した。
これが嘘だと言うことを俺は見抜いていた。人と争うのが嫌いな菜月姉ちゃんが勝負事に負けたくらいで落ち込んでいるわけが無い。
あるとするなら、誰かに何かを吹き込まれた。それ以外に思い当たる節がなかった。
だが、葉月姉ちゃんが居る所で菜月姉ちゃんを問いただしたとしても姉ちゃんは口を割らないだろう。
この2人は、この時点では仲良くなっていたものの、出来る姉と出来ない妹のレッテルを貼られていた姉ちゃん達の仲は悪かったらしい。それ自体は俺が生まれた頃に和解が済んだみたいだけど。
当時でもその名残は残っていたようで、菜月姉ちゃんは自分に何かがあっても悲しそうな表情をするだけで頑として葉月姉ちゃんには言わなかった。
「お姉ちゃん!外の水道で足を冷やしに行こ!」
「わわ!」
俺はそんな菜月姉ちゃんを見て居た堪れない気持ちになった。姉ちゃんを外に連れ出そうと手を握った。
「悠太待ってー!」
「葉月姉ちゃんはその人と話しててー!菜月お姉ちゃんは僕に任せて!」
葉月姉ちゃんが俺を静止する声が聞こえて来たが、俺は構わず外に向かって歩いた。
靴に履き替え、外に出ると体育館の脇に外でやる競技者用に設置された水道があるので、そこまで菜月姉ちゃんを連れて行った。
コンクリートの壁に蛇口が生えているように見える水道から水を出して手を水にさらすと、夏場の日差しに水道水も温まって居るのだろう。出てきた水はぬるま湯のようだった。
しばらく水を出しっぱにしていると冷たくなってきた。
「菜月お姉ちゃん、足出して」
後ろで借りてきた猫のように固まっていた菜月姉ちゃんに言うと姉ちゃんは壁に手を着いて靴を脱ぎ恐る恐る足を流水にさらした。
姉ちゃんは一瞬、冷たっと顔を顰めると、次第に水の冷たさが気持ち良くなって来たのか、表情を緩めた。