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56頁


その日は武術の稽古の大会の日だった。うちも勿論家族、親父は姉ちゃんが目的だけど、全員で市内にある体育館に来ていた。

葉月姉ちゃんは天性の才能で順調に勝ち上がり、菜月姉ちゃんはいつもながら1回戦負け、俺は2回は勝ち上がったけど雪兄に負けた。その雪兄も葉月姉ちゃんにストレート負けだったけど。


大会の優勝争いは葉月姉ちゃんと琥珀さんだった、すげぇよな、琥珀さんは俺より一個上の11歳にも関わらず葉月姉ちゃんと対等に渡り合っていた。

大会は葉月姉ちゃんの優勝で終わることになったんだけど……問題は1回戦目で負けた菜月姉ちゃんだ。


「葉月お姉ちゃんは凄いなぁ。ボクはお姉ちゃんみたいにはなれないや」

あの頃の俺はまだ純粋で話し方も今ほど雑ではなかった。俺の話し方が変わったのは葉月姉ちゃんが亡くなってからだし。


「あれ?菜月お姉ちゃんあんな所で何してるんだろ」

大会終了後、優勝した葉月姉ちゃんが道場のみんなに持て囃されているのを遠目に見つつ、その場から遠い場所、体育館の端っこに座り込んだ菜月姉ちゃんが1人で俯いてるのを見つけた。


俺は一目散に姉ちゃんの元に駆け寄った。

その場に座り込んだ姉ちゃんは痛々しく赤く腫れた足を摩りながら涙目で口をへの字に結んでいた。


「菜月お姉ちゃんどうしたの?」

駆け寄った俺の足音にも気づいてない様子だったので顔を覗き込んで声を掛けると、道着の袖で素早く涙を拭って姉ちゃんははにかんだ。


「悠太……えへへ足を挫いちゃった」


「……痛い?」

「ちょっとね、でも大丈夫だよ。悠太の顔みたら痛くなくなっちゃったよ!ほらっ……いたっ!」


ニコッと笑って立ち上がろうとした姉ちゃんだったが、腫れた足を床に付けた瞬間顔を顰めてよろめいた。俺は小さいながらに肩を貸して姉ちゃんを支える。

「お姉ちゃん、無理しちゃダメだよ。本当は勝てたんだから」


菜月姉ちゃんは人と争う競技をやるには優しすぎた。今回の1回戦負けだって本当は格下相手なのに、優しすぎるが故、攻撃を加える事ができず防戦一方。

相手の攻撃を全て捌ききれていたけど、中々攻撃の当たらない姉ちゃんに焦れったさを感じた相手が強引な攻撃を仕掛けた結果姉ちゃんが怪我を負う形となった。


「ごめんね……葉月ちゃんみたいにかっこよくないお姉ちゃんで」


今の俺を見ると分かるように、俺は決して菜月姉ちゃんが嫌いなわけではない。

自分にも他人にも厳しく強くてカッコはイイ葉月姉ちゃんも大好きだったが、自分には厳しく他人には優しくてほんわかした菜月姉ちゃんも大好きだ。


「菜月お姉ちゃんはかっこ悪くないよ。可愛いし。綺麗だよ」


姉ちゃんが言いたかったのは容姿の事ではないと今なら言えるが、当時の俺はまあなんだ、純粋で言葉通りに受け取る良い子だったんだ。


「ふふふ。ありがとう!さて、葉月ちゃんをお祝いしに行こっか!きっと悠太が来るの待ってるよ」


「うん。でも歩ける?」

「大丈夫だよー、悠太が肩を貸してくれるから」

満面の笑みで話す姉に、俺はそれ以上突っ込めず、モヤモヤする気持ちを抱えたまま、菜月姉ちゃんと一緒に葉月姉ちゃんを祝いに行った。


俺達が葉月姉ちゃんの所に行く頃には、門下生達は既にバラけていて、葉月姉ちゃんと決勝で負けた琥珀さんが2人で談笑していた。


「は、葉月ちゃん。おめでと」

「なつきーっ!ありがとっ。悠太は言ってくれないのー??」

葉月姉ちゃんを祝う言葉をかけるもどこかぎこちない。

葉月姉ちゃんに抱きしめられ、笑って表面上取り繕っているように見えるがやっぱりどこかぎこちない。

対照的に、葉月姉ちゃんは菜月姉ちゃんの違和感にも気付かず無垢な笑みを俺に向けると、労いの言葉を催促した。



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