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「良かったな、お前靴箱だけで……その場にいたらボッコボコだったぞ」
いつも笑顔で天真爛漫なあいつが敵意丸出し無機物を蹴りまくるんだもん。あの鬼気迫る勢いは蓮さんの血を感じたよね。
「あ、ああ……ごめん」
「いや、俺じゃなくてだな。幼なじみがめっちゃキレてたんだよ、あいつもうちの姉ちゃん大好きだったからな、お前のクラスまで突撃しなかったのが奇跡だぞ」
田中くんと山田くん、美鈴が来てくれなかったら、あのクラスメイト達を拳で撃破したのち中田のクラスまで乗り込んで大暴れしたに違いない。
「それは……次会ったら謝るから立ち会ってくれないかい……?」
「中田は涼夏の事知らないと思うから今回はいいけど、二度とやるなよ」
「も、もうやらないよ!」
「OK、じゃあもう帰れ。俺達も帰るから、あまり遅いと姉ちゃんが心配するんだ」
そう言って中田を帰らせた。きっとまあ大丈夫だろ。
むしろ俺の方が問題だ。焼肉の件で顔と名前が割れてるのは分かってるけど、まさか俺の方を攻撃してくるとは思わなかった。
攻撃するなら身近なところからやるよな、俺を攻撃したところで、うちの親父になんらダメージはねえけど。
どうせ調べるならそこまで調べてから来いよ。
「少年本当にいいのか?」
帰り道を歩きながら琥珀さんが尋ねてきた。
「良いっすよ。不幸になる家庭が減るならこれでいい。あいつへの罰は人を殺そうとした事を家族にも言えず。自分の腹に飲み込んで過ごしていくことです」
あいつ自身の業であって家族は関係ない。残された家族の心の傷は痛いほど知ってる。形は違うけど。
『それは違うと思う』
先程から一言も発さなかった麗奈から異論が出た。
中田が麗奈をストーキングしていた事を俺が勝手に不問にしたところもあるから怒ってるのかな。
「悪い。麗奈のストーカーしてた事も考慮した方が良かったよな……」
『そうじゃない』
これが理由じゃないとなると他に理由が思い浮かんでこない。
麗奈が怒る理由はなんだ?やっぱり犯罪を犯したならきっちり罪を償わないといけないとかだろうか。
『私と悠太の立ち位置が逆だったら悠太は本当にさっきと同じ事言える?私だったら絶対に許さない。悠太は私を守って逃げようともしない。私との約束を守る気はあるの?』
スマホに書かれた文章に胸をナイフで切りつけられたように痛む。やばい、また泣かせてしまいそうだ……。
みるみるうちに麗奈の瞳がうるうると湿気を帯びていく。
「ちがうよ麗奈。俺に死ぬ気はない。もちろん立ち位置が逆なら体を反転させてでも俺が麗奈の前に出てたと思うけど」
『……しまあなんで?』
涙を堪え震える手で書かれた文字には誤字がある。
「簡単な話だ。琥珀さんを信頼してたから。もし仮に琥珀さんが間に合わなくても俺は春日悠太だぞ?麗奈を残して死ぬ気は無いよ」
『こめんね』
麗奈の瞳から堪えきれなくなった大粒の涙が次々と麗奈の頬を伝ってこぼれ落ちる。止まらない涙は、俺を疑った自責の念に駆られているのかも知れない。
「いいや、麗奈は悪くない。悪いのは全部少年だ」
琥珀さんが笑顔で俺を指さし言った。
葉月姉ちゃんも言ってたな、女の子を泣かした奴が悪いって。
「だそうだ。だから謝るな、実際麗奈からそう見えたなら俺はまだまだ頼りないって事だ」
背伸びをして、麗奈からいつもしてもらっているように優しく麗奈の頭を抱き寄せる。
麗奈も俺の背中に手を回し抱き返してきた。
麗奈が俺の胸に耳を当てて心音を聞いている。
麗奈が奏でる心臓の鼓動はいつも優しくて落ち着いているが、逆に俺の心拍数が跳ね上がってしまい、麗奈を落ち着かせてあげられてるのか正直不安だ。
「むぅ、妬けるな……けど邪魔するのもな。少年、飲み物買ってくるから麗奈のことは頼んだよ」