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迷った俺は結局どちらとも取れる発言で会話を濁した。
姉ちゃんの事を思い出すと、どうしても取り繕う事が出来ねえ。
「そうか……あの嬢ちゃんのことだ!どっかで楽しくやってんだろ。はは!んじゃ1回分なー。お釣りの三百万とこれだ」
何処か察した様子のおっさんが、俯き加減の俺にお釣りとこよりを渡してきたのでそれを受け取り構える。
「よし、伝説を見せてやる!」
1番大きいやつに狙いを定め、水流を作り出すポンプによってグルグルとプールの中を回る水風船を待つ。
風船に群がるガキ共が俺の獲物を横取りしようと手を伸ばすが尽くこよりが切れて散っていく。
悪いなガキ共、そいつを手にするのは俺だ、チャンスは1度きり、回ってくるのを虎視眈々と待ち続ける。
「よしきた!」
やってきたチャンスに勢いをつけゴムの指を通す為に作られた輪っかにこよりの先端を通し、一気に持ち上げる。
俺の勝ちだ!ざまあみろ!
「姉ちゃんだっせー!!そんな勢い付けたら切れるに決まってんじゃーん!」
ぷーくすくすとガキが俺を指さして笑っている。
何故だ、何がいけなかったんだ……。
「うっせー!お前らも取れなかっただろうが!」
「わー!姉ちゃんが怒ったー!」
「大人気ねえぞー!」
「残念だったなぁ、ほれ残念賞だ。ぷぷ」
煽るガキ共にイラつきを隠せない俺に、残念賞のヨーヨーをおっちゃんがにやけ面で渡してきた。
こんな残念賞、麗奈に渡して終われるか。
「ぐっ、あ、ありがとう」
「あのなぁ、お嬢ちゃん。ヨーヨー釣りってのはな?できるだけこよりを濡らさないようにして欲張らない事が大事なんだよ。そんな勢いよく水に浸けて、しかも引っ張っちゃあ切れるのが当然だろ?」
なるほど、姉ちゃんが昔やってた事を参考にしたつもりだったが正解ではなかったようだ。
「おっちゃん。もういっかいだ」
「3回じゃ無くていいのか……?」
お釣りでもらった200円を不安顔のおっちゃんに押しつけ、新しいこよりを奪い取るように受け取った。
深呼吸をして、心を落ち着かせ、狙いを小さいやつに定める。こいつならゴムが風船に張り付いてるからうまくいけば濡らさずに取れる。
「姉ちゃんどうせ取れねえんだから無理すんなよー!」
黙ってろガキ、目に物見せてやる。
出来るだけ慎重に、ゆーっくりと水面にこよりの先端を近づけて水風船が近づいてくるのを待つ、ぷかぷかと水面を自由に漂う風船が目の前に来た。水の流れに身を任せ上下する風船のゴムに上手く入れた。
後はこれをこよりが切れないように慎重に引けば……。
「取れた!」
一才水にこよりをつける事なく、水風船をゲットした。
「やるなぁお嬢ちゃん。2回目で出来る様になるなんてな!ハッハッハ!」
豪快に笑うおっちゃん、その鼻っ面をへし折ってやるぜ。
「おっちゃん、確認だけど、こよりが切れるまでやっていいんだよな?」
「ああ、いいぞ。ここに書いてあるとおりだ」
おっちゃんが看板を指差した。看板には『こよりが切れるまで何個でも取り放題』と書かれている。
幸いこよりも濡れていなければ、まだまだ狙い目の水風船は沢山ある。
上手くいけばもう複数個取れるだろう。
とその前に。
「麗奈、これ先にやるよ。神田さんはもう少し待っててくれ」
「私のも取ってくれるの?楽しみにしておくね」
麗奈に俺が初めて獲得した水風船を渡してやると、麗奈はそれを大事そうに両手で包み込むようにして受け取った。
『ありがとう』
顔文字なしのありがとうはなんだか照れ臭く鼻の奥がこそばゆくて、鼻の先を人差し指で撫でて、またプールの方に振り返り、浴衣の袖を捲った。
「おっちゃん!俺にアドバイスした事を後悔させてやるよ!」
結果的に俺は、葉月姉ちゃんの記録には届かずとも、残念賞を合わせて7個の水風船を手に入れた。