最後の一柱
損害も少なく、忘れられた伝説の魔人を討ち果たして勇者達が帰還した。
その噂は辺境にあるロウタカの街で火が点いたような勢いで広まった。騒がしい雑多な街とは言え、このように華のある話題は限られる。秘密裏に進められていたのがかえって信憑性に繋がったのか、あるいは本当には信じていないのか。分からないが街の話題は魔人一色である。
そんな中、栄光に輝く功績をあげたソウザブ達とグライザルのチームは静かな店で茶を飲んでいた。外に出されたままの知恵あるロバは窓にアゴを載せての参加であるが、いかにも不服そうである。
だが、奇妙な顔をしているのはロバだけではなくグライザルもそうだ。ソウザブは興味深いと言いたげな顔をしていた。
「このように、街中が魔人の話で盛り上がっている中……当人が出歩いていてよろしいのか? イチヒメ殿。まぁそれがしが口を出すことではないやもしれませぬが」
「私はお母様と同じ系統の魔人だから、姿形は人間と変わらないもの。気配だけで感じ取れるのはあなた達だけなのだから、近くにいたほうが何も企んでいない証拠になるじゃない」
魔人イレバーケの子である量産魔人イチヒメが一行と同席しているのだ。さらりとした黒髪をした小柄な美少女であるイチヒメは目立つが、ソウザブとグライザルのチームなら混ざっていても違和感はない。ただでさえこの二人のチームは何故か美女まみれなのだから。
イチヒメは冒険者達を魔人教という餌で釣った張本人なのだが、どうにも憎めないところがある。
その誘導を手引した豪商の屋敷を潰そうかとソウザブとグライザルが出向いたところ、屋敷の中から出てきたのが彼女だった。出鼻をくじかれた二人は豪商をさんざんに脅しあげて済ませた。
イチヒメの戦闘能力は高い。それは相対したソウザブが一番良く知っていた。
実戦経験が無いゆえにソウザブにあっさりとひねられたが、性能だけを語るなら先祖返りと遜色ないのだ。これを野放しにするのもマズイが、再会したイチヒメは毒気が抜けていたためソウザブは殺す気が起きなかった。
その結果としてイチヒメはソウザブかグライザルのチームが監視する形で話は進んだ。イチヒメ曰く、「可愛い服を貰いに来ただけ」というのも気が抜ける理由の一つだった。
その服は似合って入るのだが、ソウザブとしては故郷のキモノとこの大陸のドレスを合体させたようなデザインがどこから来たのかの方が疑問だった。
「それにしても、人間の言うことは笑えるわね。街中が言ってるわよ、“魔人討つべし”ってね。そんな中を素知らぬ顔で歩くのも中々悪くないわ」
「うわー性格悪いー」
ソウザブの背にもたれかかったサフィラが言う。
眷属となって以来、元々近かった距離感がさらに近づいた気がソウザブにしていた。
祖神と意見を異にしたソウザブの眷属であるサフィラもまた、イチヒメに対する無意識な悪意は持っていないようだった。
「むぅ……討つべしと言われてもな、残る魔人は一体だろう? 場所も分からぬし、そもそも討伐する理由も無い」
魔人教の唱える聖句に出てくる魔人はアイレス、イレバーケ、ウクイヌ、エタイロス。そしてソウザブ達は三体を撃破しているのだ。残った魔人に至っては出くわしてもいないのにも関わらず、街はその者さえ討たれるべきだと判断してしまっている。
グライザルも街の意気に困惑しているようだ。チームの女性陣も報奨金も貰えないんじゃねぇ……と全く乗り気ではない。ソウザブも同じ意見である。
「エル殿はどう思われる?」
「え、ええ……そうですね。その方が被害を広めているわけでも無いのではちょっと……というところですわ」
歯切れの悪いエルミーヌにソウザブは近々何をか話し合った方が良さそうだと感じる。しかし他チームとの会合でそれを切り出すのも悪いので、保留せざるを得なかった。
その様子を菓子を飲み込みながら見ていたイチヒメは、こともなげに口を開いた。
「最後の魔人はアイレス様よ。場所は最奥の山裾にある“神の城塞”にいるわよ」
「……魔人のねーちゃん、それ喋っていいのか?」
「私はアイレス様にはそんなに義理や恩は無いもの。それにあの方って何もしないから、別に喋ってもいいのよ」
「はぁ? 何もしない?」
今日も自慢げに遺跡から発掘された装備を磨いていたエツィオは返ってきた答えに手を止めた。エツィオも辺境域でそれなりの期間を過ごしている以上、信じられない思いがあるようだ。
実際にソウザブ達が辺境域を行き来する間に出くわした魔人は、心情がどうあれ積極的に人間を害そうとしていた。これほどの頻度で出くわしたのは先祖返りが含まれた一党だけだろうが、どのチームからも魔人が友好的などという言葉は出てこない。
例外であるイチヒメも、先日の戦いにおいて虚しさを学習したからこその変化だった。
「アイレス様は色んな意味で他の魔人とは別物らしいわ。お母様だって一目置いていたぐらいだし、ウクイヌ様もエタイロス様も従っていた……単純に実力の桁が違うとか。まぁ私はお目通り叶う身分じゃないから全部聞いた話なのよねぇー。あとは神々の末席に加わることを許されていたとか」
「それこそ神代の祖神に近い実力を持つということか……敏捷のでも及ばないのか?」
「だから、私の知識は聞いたものだってば。比較なんてできるもんじゃないわ。ただ……」
「ただ?」
イチヒメは袖口で上品に口元を覆って、クスクスと笑い声をあげた。その目線の先にいるのは盛り上がる有象無象の冒険者達。
「もし、あなた達がアイレス様に挑むというのなら……敏捷神と硬い神様、それとそこの青髪の子ね。他の者は“神の城塞”の中に入ることすらできないから」
持ち上げて、煽てあげて、結局はお前たちに苦労を背負いこませるだけだ。人間の愚かさを魔人の少女は嘲笑っていた。