眷属と神
日が昇る。窪地に差し込む朝日は辺境域に相応しく寒々しいものだったが、今いる者達にとっては全く気にならない。戦いは終わった。勝利より、生き残ったということを噛みしめる。
製作者であるイレバーケが倒され、将であるエタイロスも倒された。こうなれば低位魔人達の末路は決まりきっていた。真の魔人を打ち倒した“先祖返り”達の手が空いたのだから、今度は彼らが蹂躙される番となったのだ。
少なくとも、人よりは優れていた低位魔人達であったが神に襲われてはひとたまりもない。その異常な姿の遺体を晒し、更には戦利品として冒険者達に持ち去られて行くことになった。無情と言えば無情な光景だが、姿が違えばこうなってしまう。
行末は剥製か、トロフィーか。分からないが埋葬してもらえるという希望は無いだろう。魔人達がそれを喜ぶかどうかも分からない。
「だが、こっちはどうするよ。大将方。一応は腐っても人間だろう?」
声をかけられて、ソウザブとグライザルは億劫そうに顔を上げた。二人の金級冒険者でも、古代の魔人相手には流石に疲労していた。しかし、特にグライザルはこの戦いへと呼びかけた者であるため方針を決める義務があった。
冒険者チーム“ざわめく小鳥”のグラッホが指差したのは魔人教徒の生き残り達だった。信仰心がそれほど厚く無かったのか、はたまた運が良かったのか。それは判然としないが、戦いが終わって取り残された人間達もいた。
「……どうする、敏捷の」
「なぜ、それがしが? ……普通に考えればロウタカの街まで連れてかえった方が良いかと。彼らは多くの罪を犯してきているかもしれん。だが、それがしらにははっきりと確証を掴むことも出来ず、さりとて断罪できるほど清い身でもありますまい」
「……だ、そうだ」
「はぁ……そんなもんですかね? まぁ金持ちなら吐き出させた方が、償いにもなるか……」
頷きながらグラッホは戻っていく。その先で他の冒険者達とやり取りしているのを見た、ソウザブは己の意思を尊重されたと同時に必要ない相談だった気がした。
そもそもなぜグライザルが自分に丸投げしてきたのか、分からないとソウザブは岩にもたれかかった。どうにも神としての権能は、正しく発揮すると著しい消耗をもたらすものらしい。戦闘時は高揚感で無視してしまえるが、終わってしまえばどうしようもない。おそらく単なる神速と併用してこそ真価が発揮される。
そこまで考えた時、騒々しい足音が響いた。
「しっしょー! 見た? オレの活躍を! オレも分かったよ、師匠の動き!」
「お、おお……見たし、感じもした。よくやってくれたサフィラ……我が眷属」
サフィラは体重と膂力を込めて、ソウザブへとしがみついてくる。汗とホコリにまみれていても、不思議と不快感は無かった。
眷属、という言葉が自然に出たことに、ソウザブは驚きもしたが納得もしていた。
「お前の祈りが届いてくれたおかげで全て上手く行った……髪は青いままなんだな。それがしのために、祖神への道を断ち切るとは全く馬鹿な弟子だ」
「へっへー。師匠が馬鹿だからね。1人も信者がいない神様とか放っておけないでしょ?」
サフィラは海神の血を引く者だ。青い髪が示す通り、当の海神ネプースにも愛されていたはずだ。偉大なる海神への先祖返りともなれば、東方の知名度が低い神とは比べ物にならなかった可能性も高い。
そうなれば、師であるソウザブを超えている可能性も十分にあった。しかし、青の少女はそれを自ら否定して眷属となったのだ。自身とソウザブのために。
「だが、お前が教祖になったりとかは駄目だからな。それはさておき、眷属化自体がよくわかっていないのだ。それがしもお前の考えがボンヤリと浮かぶ程度で、完全な意思疎通ではないようだ。鍛錬を怠らず、徐々に変化を整理していこう」
「また、鍛錬ー? まぁいいや、二人で頑張ろっか。あ、エルミーヌだ」
のしかかっていた体重が離れるのが少し残念で、ソウザブは首をかしげた。サフィラが駆け寄っていく先を見れば、銀級冒険者と共にいるエルミーヌが見えた。ソウザブの妻は朝日を浴びて光り輝いていたが、近くまで来れば何かの陰りが見える。
「……? エル殿、いかがなされた?」
「え? ああ、いえ、なんでも無いのです。なんでも……ソウ様がご無事で何よりでございましたわ」
明らかに様子がおかしい。エルミーヌはまとわりつくサフィラを可愛がりながら、その視線が奇妙に思えた。エルミーヌの変化はソウザブを見る目ではなく、サフィラを見る目だった。
「えへへ。エルミーヌ! オレ、師匠の眷属になったよ! ほら、見て! この動き!」
ソウザブからは流石にまだ遅かったが、近くの冒険者達が目を剥く速さを披露するサフィラ。それは見事に師である敏捷神との接続を知らしめていた。
そんなサフィラをエルミーヌは困ったように見つめていた。
「ほら! 流石に師匠ほど速くは無いけどね! それに師匠が考えていることも分かるんだよ! 大まかにだけどね!」
「えっ……? ソウ様の考えが……?」
「うん。何ていうか……頭が繋がっている感じかな。集中するとぼやーっと師匠の中身が見える感じ」
傍から聞いていると世迷い言にしか聞こえない言だったが、ソウザブの側からもそれは感じ取れている。今、この時でさえソウザブにはサフィラの思考がある程度流れてくる。その単純な思考には呆れるが、同時に微笑ましくさえあった。
だが……そうしている内に、エルミーヌの顔に浮かんだ陰りが増していた。
「そ、そうですか。良かったですわ……」
「グライザル殿。こうしていても疲れるだけでござるし、そろそろロウタカへと戻ることにしますか」
「そうだな……」
エルミーヌはきっと疲れているのだ。そう判断したソウザブが促すと、グライザルも立ち上がった。その横には彼の仲間である美女たちが群れていた。
「では帰るか。それと敏捷の。上手くやれよ」
何をだろうと聞き返す前に、グライザルは他のチームに指示を出して帰る準備を始めた。なんとなくすっきりとしない感覚をソウザブとエルミーヌだけが抱えたままだった。




