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蒼の疾風

 振り下ろされる異形の腕。

 その勢いと硬さをもってすれば岩すら砕くだろう。それを事前に知っているサフィラは、覚めたばかりの朦朧とした意識で懸命に避けようとした。


 上体をわずかに浮かせて、足を踏ん張って地を蹴る。


 身軽さを活かしての最低限の回避だ。数秒後には無様に転がって、また選択を迫られることになるだろう。わずかの間、選択を先延ばしにするだけの動き。そのはずだった。



「――へ?」



 瞬間、サフィラの体は宙にあった。低い姿勢のまま飛んでいる。

 灰の荒れ地が視界を凄まじい速度で流れていく。そしてその視界もはっきりと感知できていた。……だからといって思考がついていけるわけもない。

 サフィラの口から汚い呻きが飛び出る。



「ぐぉおっ!?」



 混乱のまま斜面に激突。その勢いで激突したのならば頭骨は割れていなければおかしいはずだが、かすり傷程度しか負っていない。

 あまりに唐突な変化だ。普通ならばその変化に精神も全くついていけないはずだが、このときの青の少女は違った。


 胸の奥に何かがある。

 それは敬愛する師にして男の存在によく似ていた。いや、似ているのではない。そのものだ。不器用な彼の存在がわずかに己の中に息づいているのを確かに感じている。



「――あはっ。これって師匠の……!」



 余人には理解できない感覚でそれを悟り、顔を上げる。

 唐突で荒唐無稽だろう。だが、サフィラはそれを受け入れる。もう深海の光景は現れることは無い。なぜなら自分の胸に宿るは敏捷神の映し身。

 愛する者のための露払いとなる、迅速なる神の力だ。ある意味ではそれは当の敏捷神自身よりも青の宝石に相応しい。


 手に持つ剣。技。そして速度。

 全てが彼から受け継いだものだ。他者がどう言おうと、敏捷神こそが彼女の救世主にして標。それらが揃う限り、相手が人外であろうと恐れるものは何もない。



「ありがとう!愛してるよ、師匠!」



 感謝の念と共に小剣を構える。

 神の臭いに反応した魔人どもも低位ながらに気炎を上げて、総身に力をみなぎらせたようだがサフィラはそんなことは考えもしなかった。


/


 空を切る多腕型の触手。

 相手を目視することすら叶わない昆虫型。

 その場を回転するだけの四足獣型。



「あっはははっ! 師匠って、すごい! こんな世界で剣振ってるんだよなぁ……今のオレよりずっと速かったのに!」



 己の速さから戦闘行為には中々踏み切れないでいるが、駆けることを覚えたサフィラは野に放たれた子馬のようだ。右往左往する低位魔人共を嘲笑うかのように周囲を旋回している。


 本人は全く気付いていないが、それは異常な適応速度だった。

 彼女の接続元であるソウザブは先祖返りを起こした時は、死闘の最中であったために一瞬の適応を見せた。だがそれ以降、まさに神の速度を以て自在に駆けるようになれるまでにはかなりの月日を費やしたのだ。


 サフィラの戦闘に関する才能は、かつて師が評したように凡才だ。しかし、軽業となれば話は別だったのだ。

 元々身軽さに優れていた者が、ソウザブの異常な速さを見慣れた結果として発生した後天的な才能と言っても良い。


 そしてサフィラに宿った速さはソウザブの半分にも満たない。自身が神ではないため顕神発揮も不可能。

 それだけ聞けば劣化のようにも聞こえるが、過ぎたるは及ばざるが如し。人が思い描く超人として丁度いい速さなのである。



「じゃあ、そろそろ……攻撃を試すかぁ!」



 目標を定める。移動先として狙うは相手の横側。すり抜けるようにして、構えた剣を多腕型の触手に押し当てる。振るのではなく移動を攻撃へとそのまま転化させる動きを見せる。

 叫びとともに多腕型の腕が一本、半ばまで裂ける。



「あっれ思ったより、切れ味悪い!?」



 敏捷神の速さは異能によるもので、物理的な法則を無視したものだ。ゆえに自身の速度が生んだ衝撃で己が傷ついたりはしない反面、速度は威力に直結しない。

 その要素はそのまま眷属であるサフィラにも作用するらしい。腕の一本ぐらいは貰えると思ったサフィラの予想は外れて、敵の反撃を許すが余裕をもって躱す。



「あっぶない! 慣れるまで結構かかるかも……!」



 たたらを踏んだ僅かな時間に、魔人達は連続で仕掛けようとした。

 サフィラほどの豹変では無いが、彼らもまた強化されており幾らかの無茶が可能となっている。だが、攻撃に出る前に横合いからメイスで強かに打ち付けられて昏倒した。



「心配してきてみれば、助ける必要無かったわね。貴方も先祖返りだったとは人が悪いわ」

「サーリャ……さん。いやオレは先祖返りじゃないんだけど、なんかこうなっちゃって……」

「サーリャでいいよ。アタシ達は危機のチームへの応援が役割でしょ。自分一人になっちゃってどうすんのよ」


 

 グライザルのチームメイトである女戦士サーリャが加わったが、現在のサフィラへの援軍は不要といえる。グライザルとソウザブを除けば、サフィラ自身が今や第3の強者だ。



「まだ使い慣れてないんだ。手伝ってくれるなら正直、助かるよ……コイツら早くやっつけて先に行こう。皆に速さを自慢したいんだ」

「何がなんだか分からないけど、手早く片付けるのには賛成だわ。アタシもリーダーが心配よ。あの人硬いからってすぐ無茶するし」

「あははっ。うちの師匠もそうだよ。だから……こういうときに助けて、しっかりと目立っておかないとね!」



 音を聞きつけたのか、あるいはサフィラに引き寄せられたのか……暗がりから現れて欠員を補充していく魔人。だが今や神の眷属たるサフィラに恐れる気はない。



「見てるよね、師匠!」



 自分がそうであるように、きっと主もまた使徒の誕生を感知しているはずだ。

 そう信じているサフィラが敵集団を蹴散らすまでにそう時間はかかるまい。


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