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無数の腕で掴めるか

 荒れ果てた窪地を駆ける。

 速すぎて土煙すら起こらない疾走の中で、ソウザブは懸命に思考を巡らせていた。それゆえに敏捷神としては遅い速度になっていた。


 強い気配と強い気配のぶつかり合い。

 神速ではなく高速で駆けるソウザブはその気配を感知していた。この場は強い気配に満ちているが多くは模造魔人のモノであり、その中でもひときわ強い気配となれば……グライザルと真なる魔人しかあり得ない。


 どうするべきか。新米の神は迷う。

 仲間達の状況は不明だ。この場で先祖返りはソウザブとグライザルのみであり、通常の人間である彼らの戦況を察することは流石のソウザブにも不可能だった。


 刹那の合間に決定を迫られる。

 仲間の助力に向かうか、魔人へと向かうか。どちらも間違ってはいない。


 人として考えればさして親しくないグライザルより、己の愛する人々を優先するのが当然である。自身の感情に従って命に優先順位を設けることに不思議はない。そして弱者を(・・・)守ることも。それは同じように仲間を愛するグライザルの心にも叶うだろう。

 だが同時に、共に歩む人々を馬鹿にした行為でもある。ソウザブは最初に信じて任せると言ったのだ。突出した者がそれをしてしまえば、弱者を足手まといと認めることになる。


 同時にグライザルへの助力もまた当然。現状では真なる魔人に対抗できるのはソウザブとグライザルだけという事実は変わらない。模造魔人も雑魚では無い以上は、グライザルが討ち取られる事態は避けるべきだった。


 しかし争いは同時に起きており、どちらか一方を選ばなければならないのだ。突如として名案が浮かぶほどに賢いわけでもない。

 唇を噛み締めながら、ソウザブは決断を下した。


/


 エタイロスはイレバーケが製造した多腕型のモデルとなった個体である。そして同時に瘤から6本ほどの腕を生やす魔人の上位互換だった。


 黒緑の肌が盛り上がる。人間としてみれば背中にあたる部位に無数の裂け目が生じて……腕が生える。他の他腕型と違い、筋骨隆々とした彼の腕がそのまま増えたようだ。

 そしてそれは止まらない。1本、2本、4本、8本という風に増殖していく。容易く濫造品の倍まで達したエタイロスの腕がグライザルへと襲いかかる。


「ぬっ――!」


 ここでグライザルは初めて回避という選択をした。

 エタイロスの戦闘思考を早々に見きった訳ではないが、熟練の冒険者…つまりは神ではなく人としての経験がそれを促したのだ。


 エタイロスの拳が空を切って、地面へと接触すると岩肌は陥没して大きな穴を作り出した。


 エタイロスが持つ腕を作り上げる能力は別に本数が制限されているわけではない。しかし自分の肉体の面積が限られている以上は、腕が一定数を超えてしまえば威力が減じてしまうのだ。

 それはすなわち、この数の腕ならばグライザルが備える肉体の護りを突破できると踏んでいる証拠でもある。それが事実であることをグライザルもまた認めたのだ。

 鉄のような肌はある程度までの攻撃は無効化すらできる。だが、それ以上の威力となれば有利を一気に失う。それも相手は魔人。先祖返り特有の優れた身体能力も圧倒できるほどの差になりはしない。


「舐めるな、兵器風情が」


 長大な処刑器具…分厚い大剣を振るう。迫る腕を4本まとめて叩き切る。戦士が見たのならば、それだけでグライザルが超一流の剣士であると判断できただろう。

 分厚い刀身は打撃武器としての特性も併せ持つが、切れ味を損なっている。それを用いて魔人の腕を断ったのは磨き抜かれた技量と戦闘勘だ。交錯した一瞬で魔人の腕が脆い箇所を見抜いて、そこへと正確に刃を滑り込ませているのだ。


「……つまらん戦いだ」


 声は再びグライザルのものだった。

 幾ら切ろうとも、そしてグライザルに死の腕が掠めてもエタイロスは何も言わない。グライザル自身、戦う相手に口を多く開いたりはしないが、実力的にも対等の相手なのだ。何か感じ入るものがあってもいいと思うのだ。


 そんな思いに応えたのか、エタイロスが声を洩らした。


「なぜだ…」


 一言だけ。だが、その続きがグライザルには分かった気がした。

 ――なぜ、心が消えないのか。なぜ沸き立ってしまうのか。なぜ? なぜ? なぜ自分は物言わぬ道具になれないのか……そう作られたはずなのに。


「それは葛藤と言うのだ魔人よ。知恵ある者ならば当然のこと。……お前と同じ考えを俺も持て余したことがあるぐらいには当たり前のことなのだ」


 極端な話。存在意義や幸不幸の問題は、突き詰めれば全てが気の持ちようとしか言えなくなってしまう。

 心を抑制すればもっと強く正確になれる。味方や敵の死、そして自分の死。それらさえ心が無いのなら怯える必要はない。戦闘者であるなら少しは頭をよぎる考えだった。


「お前達の親は酷く惨いことをする。お前達は心のない道具として作られたのではない。心すら含めての(・・・・・・・)道具として作られている」


 それは残酷な真実を告げるようでいて、優しさに溢れていた。

 お前の煩悶も、囚われていた役割も全てお前のせいではないのだと諭している。


「その上で、お前に問う。……お前はこの場でどうしたいのだ、真の魔人」

「我は、我は……戦うのだ!己のために、父のために!お前ともう一人の神を叩き伏せよう!」


 つまりは以前と変わらず、ただ魔人の戦意が満ちただけ。自我の存在を受け入れたエタイロスは暴威を増して突き進む。グライザルは敵に塩を送っただけなのか?


「それでいい…が、その答えは惜しいな。悠久の時を生きる幼子よ、答えを掴むまで待つほどには俺は寛大ではない。……来い!」


 互いの宣告と同時に激突する両者。

 その衝撃は先程までの戦いを大きく上回って、大地を揺らした。

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