第四章 召喚獣のざんねんな帰還。〈32〉
「わかったぞよ。ありがとうぞよ。今はとにかく屋内へ避難するぞよ……!?」
なんとかクーラウの人々の興奮をしずめようとネブラスカス皇女が声をかけた刹那、ふたたび〈ゼーゼマン・ファーム〉で激しい爆発が起こった。
〈ゼーゼマン・ファーム〉から巨大な火柱が立ちのぼり、黒い爆煙が内へ内へとまきこまれながら空へ向かって舞い上がる。数秒おくれてクーラウの街にも衝撃波が走り、屋外にいた人々が思わずさけんでひざをつく。
「アレちゃん!」
あまりのすさまじさにマルドゥガナ姫が悲鳴をあげた。ネブラスカス皇女はうろたえまいと必死でくちびるを噛む。
しかし、次の瞬間〈ゼーゼマン・ファーム〉から光の輪がひろがると爆煙が一気に消えた。光の輪は音もなくクーラウの街を駆けぬけると空をうすくおおっていた雲までふきはらっていた。一転して晴れやかな蒼穹の下に静寂がひろがる。
「一体なにがどうなったぞよ……!?」
「……あれは!?」
マルドゥガナ姫の言葉に目を転じると〈ゼーゼマン・ファーム〉を高く囲う城壁の中から、城壁をはるかにこえる巨大ななにかがゆっくりと姿をあらわした。
背中に生えた6枚の翼を数千年ぶりに大きく開き、堂々たる体躯を数千年ぶりに陽光へさらして大きくのびをしたのは伝説のS級召喚獣〈神獣〉グラコロアリスドラゴンだった。
「……よもや、神獣ぞよ!?」
「そんなのありえないの!」
驚愕していたのはネブラスカス皇女たちだけではなかった。〈神獣〉グラコロアリスドラゴン召喚にもっともド肝をぬかれたのはグラゴダダンだった。
「……神獣だと!?」
常識で考えれば、5体の召喚獣を召喚している時点で、皇帝クラスの召喚師でも神獣を召喚するなどありえないし、そもそも超一流とは云えない召喚師のアレストリーナ姫が神獣と契約していることすらありえないのだ。
「これは一体どう云うことだっちゃ……?」
〈神獣〉グラコロアリスドラゴンの召喚にぼうぜんとしていたのはアレストリーナ姫もおなじだった。〈神獣〉を召喚したおぼえもなければ召喚できる道理もない。
では〈神獣〉グラコロアリスドラゴンを召喚したのはだれか?
それは〈ウサ耳コブタ〉のB級召喚獣トンカプー、すなわちオレだ。
(……いやもうマジ助かった。ホントありがとうございます)
(われもトンカプーに召喚される日がくるとは思わなかったぞ)
オレの謝辞に神獣グラコロさんが小さく笑った。
オレが惑星アルマーレにいる時、どこにいてもテレパシーで神獣グラコロさんと会話できることは先刻ご承知のとおりだが、神獣グラコロさんがオレのSOSにこたえてくれたとしても、あの地下迷宮の奈落の底からとび上がり、こちらへ向かわねばならない。瞬間移動はムリだ。
しかし、オレの身体にはグラコロさんと神獣契約したアレストリーナ姫とおなじ呪印が刻まれている。神獣グラコロさんが「契約の順番をまちがえた」と云ったやつだ。
すなわち、本来ならばありえないが、オレがアレストリーナ姫と神獣グラコロさんの召喚獣であるように、神獣グラコロさんはオレとアレストリーナ姫の召喚獣(神獣)なのだ。
とは云え、はじめから神獣グラコロさんを召喚できると確信していたわけではない。
グラゴダダンの第2次攻撃がはじまる寸前、オレは自分から神獣グラコロさんへSOSのテレパシーをおくろうとしただけだ。
神獣グラコロさんへ意識を集中すると、ふしぎなことに呪印が身体中へひろがる感覚をおぼえた。この時、オレは召喚獣として直感し、心の中でやぶれかぶれにさけんだのだ。「召喚ッ!」と。
あらためてグラゴダダン陣営の召喚獣たちを睥睨した神獣グラコロさんが嘆息した。
(まったく、これが栄えある召喚師道精神をもつ者のやることか。わが子孫がここまで召喚獣戦闘を汚すとは嘆かわしい)
神獣グラコロさんの声が聞こえていないグラゴダダンが口角泡をとばしてさけんだ。
「なななななにをしている! 攻撃だ! しししし神獣を攻撃しろ!」
神獣を攻撃すると云う無謀な命令にグラゴダダン陣営の召喚師たちは狼狽し躊躇した。
神獣グラコロさんの双眸が緑色に光ると、グラゴダダン陣営の召喚獣たちが全身から緑色の放電をはじめ、苦しみだした。
「うわっ!」
神獣グラコロさんの魔力が召喚獣を経由して彼らの召喚牌をすべて破壊した。緑色の炎が彼らの予備の召喚牌まで灰燼と帰す。
召喚牌をうしなったグラゴダダン陣営の召喚獣たちがほぼほぼ無傷で帰還していった。あまりにも圧倒的な神獣の魔力の前にグラゴダダン陣営の召喚師たちは戦意喪失してへたりこんだ。
「こ、こんなバカなことがあってたまるかっ!」
グラゴダダンがしょうこりもなく背中へかくしもっていた猟銃を神獣グラコロさんへ向けてかまえた。しかし、神獣グラコロさんが小さく指をはじくと、ピンポイントの衝撃波をくらったグラゴダダンは城内の壁にたたきつけられ、あっさり気絶した。




