第四章 召喚獣のざんねんな帰還。〈24〉
フライト中の作戦会議では〈ゼーゼマン・ファーム〉のあるクーラウ手前の森へひそかに着陸し、そこから徒歩でクーラウへ潜入。〈ゼーゼマン・ファーム〉の周辺状況を確認し、ヒメアンドロ殿下救出作戦案を練る計画だったわけだが、……とどのつまりは、でたとこ勝負の強行突入かよ。
グラゴダダンは昼までにアレストリーナ姫をよこさなければヒメアンドロ殿下を殺すと通告してきた。正直、隠密行動で〈ゼーゼマン・ファーム〉の周辺状況を確認してから救出作戦案を練るだけの時間はないと思っていたので、想定内の展開と云えないこともないが、きわどい時間設定をもうけてきたグラゴダダンが無策のはずはない。
これはそうとう気をひきしめてかからねばならんな、とオレはアレストリーナ姫の腕の中で腹をすえた。
完全に夜はあけたもののクーラウの街は全体が大きな生きもののように息をひそめ、耳をそばだてている気配がつたわってきた。〈ゼーゼマン・ファーム〉がグラゴードリス皇国のグラゴダダンに占拠されたことは周知の事実であるらしい。
召喚獣戦闘が戦争の代替行為となる占拠下の街で強奪や虐殺がおこなわれるとは思えなかったが、クーラウの人々も自分たちがどのようにふるまうべきか困惑しているようだ。
〈ゼーゼマン・ファーム〉はヨハンナ川べりの断崖を利用してつみ上げた高い石垣とふかい堀でぐるりをとり囲まれていた。召喚獣戦闘に対応した城塞ではなく、その昔、人と人とが干戈をまじえた国家形成の動乱期に建てられた城塞であることがわかる。
南下するオレたちの目から見て右手に位置するノイエルム山脈とヨハンナ川側に背の高い城があり、その奥から白煙がたなびいている。
城の正面、すなわちオレたちから見て城塞の左手(方角で云うと東)には広場があった。広場は正方形の石畳が敷かれている。召喚獣戦闘の闘技場だ。
クーラウの街は〈ゼーゼマン・ファーム〉の左手、ジギリスタン皇国との国境であるアルーム川にそうかたちでひろがっていた。
〈ゼーゼマン・ファーム〉城門は左手にあり、本来は堀の上に跳ね橋がかかっているようだが、今はそれが跳ね上げられていた。陸路で侵入することはできない。
「跳ね橋が上がってるとこなんてはじめて見たっちゃ」
アレストリーナ姫があきれ声でつぶやいた。B級の飛行|召
喚獣を使役すれば侵入は雑作もない。逆に云うと、グラゴダダンは空からの侵入者にだけ気を配っていればよいのだ。
「……私たちが空襲するのはおりこみ済みだったわけきゅん」
アレストリーナ姫より察しのよい朱音さんもひとりごちる。
「ク~ッ! グァラ~ッ!」
めずらしくシャイニーロプロスの瑞希が声をあげた。
「闘技場、だれかいるるる!」
すかさず、まりるが瑞希の通訳をした。オレたちが目をこらすと、闘技場右側のはずれに杭が打ちこまれ、その杭の根元になにかだれかが転がっていた。
「ヒメアンドロ!?」
オレや朱音さんの目にはようやく人らしき影が判別できただけだが、肉親であるアレストリーナ姫は一目でその特徴を看破したらしい。
「ミズキ、あそこへ降りるっちゃ!」
悲鳴にも似たアレストリーナ姫の命令にシャイニーロプロスが急降下した。
オレたちをおびきよせるためのエサであることは見え見えだったが、ここはグラゴダダンの手のひらで踊るよりほかなかった。
朱音さんをふくめるオレたち召喚獣は敵の攻撃を警戒したが、特に迎撃をうけることもなく〈ゼーゼマン・ファーム〉の闘技場へ舞い下りた。
いまだ小雨がふりつづいているとは云え、グラゴダダンがアレストリーナ姫一行参上に気づいていないわけがない。どこからか、こちらのようすをうかがっているはずだ。
アレストリーナ姫と朱音さんがシャイニーロプロスの背中から下りるよりも先に、オレとまりるはふたりの腕の中からとびだして周囲に目を配った。高い城壁から狙撃されれば、身をかくす場所はない。
アレストリーナ姫と朱音さんが木の杭のかたわらに倒れるヒメアンドロ殿下のもとへ駆けよった。
「ヒメアンドロ!? しっかりするっちゃ、ヒメアンドロ! ……ひどい熱! 身体が熱いっちゃ!」
ヒメアンドロ殿下はうしろ手に手かせをはめられて木の杭につながれていた。どうやらそのまま一晩中雨にさらされていたらしく、ずぶぬれで気をうしなっていた。まったく、ひどいマネをしやがる。
「ヒメアンドロ!? ヒメアンドロ!」
アレストリーナ姫のよびかけに気づいたヒメアンドロ殿下がうっすら目を開けると、焦点のさだまらぬ瞳でうわごとのようにつぶやいた。
「……アレストリーナ、おまえのせいだに……。おまえさえいなければ……」
「ヒメアンドロ!? ちがうっちゃ! 話を聞いてほしいっちゃ……!」
しかし、アレストリーナ姫の抗弁もむなしく、ヒメアンドロ殿下はふたたび気をうしなった。
「ちがうっちゃ、ちがうんだっちゃ……」
ヒメアンドロ殿下の呪詛にも似た言葉に動揺したアレストリーナ姫が涙目になって必死で首をふるが、ヒメアンドロ殿下はぐったりとしたまま動かない。




