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第三章 召喚獣のさんざんな冒険。〈14〉

挿絵(By みてみん)


「るる~」


 モッケイモンキーのまりるがロープをつたってスルスルと2階へ上がってきた。オレとまりるが窓枠(まどわく)に腰を下ろしてアレストリーナ姫を待つが、なかなか上がってこない。


 いいかげんしびれを切らしてアレストリーナ姫のようすを見に下りると、壁に足をかけロープをにぎりしめたまま地表50cmくらいところで身動きがとれずにいた。


「ぐにゅにゅにゅにゅにゅ~!」


 気もちは2階へ向かっているのだが、身体がまったくついてこない。ふだんまともに筋トレもしていないであろう皇女殿下にロープをつたって2階へ侵入するなどと云う芸当は最初からムリだったのだ。


 オレは小さな炎を吐いてロープを焼き切った。


「ふにゃん! ……痛ったい、なにするっちゃ!?」


 ちょっとばかし落ちて尻餅をついたアレストリーナ姫が文句を口にしたが、オレはアレストリーナ姫をねめつけると右前足でタンタンと2回地面をたたいた。「待て」の合図である。


「うまくいくと思ったっちゃのに……」


 女のコ座りでしょげるアレストリーナ姫にかまわずオレは2階へ舞いもどり、まりるをともなって1階へ下りた。どうやら三角城の人たちはほとんど就寝しているらしい。


 だれに見とがめられることもなく、勝手口のわきにかけられたカギでまりるに扉のカギを開けさせると、そこからアレストリーナ姫を三角城へまねき入れた。こう云う過程を一般的に徒労とよぶ。


「アルキメヒト中兄(なかにい)さまは2階のどこかにいるはずだっちゃ」


 気をとりなおしたアレストリーナ姫のたよりない情報にしたがって(しっかし、立ちなおるのはやいな)オレたちは2階へ移動した。


 三角城の2階はふしぎな構造をしていた。内側のぐるりは通路になっていて外壁に面した部屋はひとつもない。


 また2階の居室は三角城の構造をささえる柱とは別に、独立した箱形のユニットになっていて暖炉の煙突以外は3階の天井と接していなかった。採光用の窓もあるにはあるが今は内側から木戸で目かくしされている。日中でもかなり暗いにちがいない。


「冬場に1階からの熱気を足元からうけられる2階は貴賓(きひん)室だっちゃ。3階から上はふつうの召喚師やお城の使用人の部屋になるっちゃけど、皇族や爵位(しゃくい)をもつ召喚師の頭上を踏みつけるのは不敬にあたるってことで2階の天井と3階の床下には隙間(すきま)がもうけられているっちゃ」


 豪雪地帯ならではの生活の知恵より気になったのは、この階にアルマイリス皇国第2皇子・アルキメヒト殿下のみならず、グラゴダダンの居室もあると云うことだ。まりるの存在が探知されるおそれもある。


オレはまりるを背に乗せてふわふわと宙にうかび、アレストリーナ姫はぬき足さし足忍び足で貴賓(きひん)室の扉を調べてまわる。アパートやマンションではないので表札がでているわけではないが、扉には仮寓(かぐう)している部屋の主の紋章(呪印(じゅいん))がかけられていた。


 3つ目の扉の紋章(呪印(じゅいん))を確認したアレストリーナ姫がささやいた。


「ここだっちゃ」


「まりるとカオル、天井にかくれる。まりる、ここにいること内緒るる」


 まりるにそう通訳させて、オレとまりるはアルキメヒト殿下の居室の天井へ身をかくした。万が一、部屋にいるのがアルキメヒト殿下ではなかった場合、あるいはアルキメヒト殿下以外の人物がいた場合、オレたち召喚獣(フェアモン)をつれ歩いていることがバレるとめんどうだ。ここは敵陣なのだから、相手は油断させておくにかぎる。


 アレストリーナ姫が緊張した面もちでアルキメヒト殿下の居室をノックした。


「どなたぜよ?」


「ウチだっちゃ。中兄(なかにい)さま」


「アレストリーナ!?」


 アレストリーナ姫の小声に小声でこたえた声の主がしずかに部屋の扉を開けた。部屋の中からもれでた黄色い光が暗い通路とアレストリーナ姫の顔を照らしだす。筋肉質で背の高い金髪の颯爽(さっそう)とした美青年が破顔した。


「まっことワシのカワイイ天使ぜよ! まあ、とにかく中に入るぜよ」


 アルキメヒト殿下はそう云ってアレストリーナ姫を歓迎した。


「こんな夜更けになんの前触れもなく忍びこんでくるとは、まっことイタズラ天使ぜよ。たまたま読書に夢中で起きとったからよかったものの、ワシが寝とったらとんでもないことになっちょったぜよ」


 アレストリーナ姫はアルキメヒト殿下にうながされ、応接セットの猫足ソファーへ腰を下ろした。


「荷物はそこへ下ろすがよいぜよ。レモン水はどうぜよ?」


 アルキメヒト殿下がテーブルの上のガラスポットからレモン水をグラスへそそぐと、バックパックを猫足ソファーの足元へ置いたアレストリーナ姫がそれを優美にうけとった。


「ありがとうだっちゃ」


 レモン水でのどをうるおしたアレストリーナ姫が真顔でたずねた。


中兄(なかにい)さま。〈シュピーリ・ファーム〉にあやしいところはないっちゃ?」


「いきなり、なんぜよ?」


「実は先日、グラゴダダン皇子がオカシな召喚獣(フェアモン)を追って〈アーデル・ファーム〉の地下迷宮(ダンジョン)へ不法侵入してきたっちゃ」


「グラゴダダン皇子が?」


「〈アーデル・ファーム〉の地下迷宮(ダンジョン)はノイエルム山脈の真下を横断して〈シュピーリ・ファーム〉に通じていたっちゃ。ウチもそのルートでこっちへきたっちゃ」


「そんなものがあったとは初耳ぜよ。……して、オカシな召喚獣(フェアモン)って云うのはなんがか?」


「人をおそうことのできる召喚獣(フェアモン)だっちゃ」


「ありえんぜよ!」


 アレストリーナ姫の言葉をアルキメヒト殿下が即座に否定した。

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