第二章 召喚獣のざわわな夏休み。〈7〉
「トンカプー! そこの細い道を探索するっちゃ!」
アレストリーナ姫がオレへモッケイモンキーとランスリカオンのでてきた路地をさぐれと指示した。
なれない地下迷宮でアレストリーナ姫もいささかテンパっていたのであろう。なにかがものかげにひそんでいればサーベルサーバルが警戒するはずだ。もう少し召喚獣の機微に目配りできなければ一流召喚師への道は遠い。
オレはなんの警戒もせず、悠然と細い路地の前へ歩みでた。ここにはだれもいませんよ。そんな余裕を見せたつもりだったが、いきなり路地からでてきただれかなにかがオレの小さな身体につまづいてもんどりうった。
「ぴぎいっ!」
痛ってえ! なかば蹴とばされたオレもかたい石の床を転がる。
見ると黒いフードつきのマントを羽織った不審者が腰砕けの体勢で壁にキスしていた。ひらたく云うと、こけてよろけて顔面から向かいの壁へ激突していた。
「あの~、だいじょうぶけ?」
突如としてあらわれた不審者のぶざまな姿を哀れんだアレストリーナ姫がおずおずと声をかけた。
その声でわれにかえった黒の不審者がフードを目深にひき下ろしながらアレストリーナ姫へ向きなおった。
「……だ、だ~っはっはっは! 女! その召喚獣をこちらへわたせ! すなおにわたせば悪いようにはいたさん!」
黒の不審者が両手にかがやくキンキラキンの指輪と両腕のブレスレットをガチャガチャいわせながら指さしたのは、アレストリーナ姫の抱くモッケイモンキーだった。
と云うことは必然的にこうなる。
「おまえ、グラゴードリスのグラゴダダンだっちゃね? おまえこそウチの皇国でなにしてるっちゃ?」
「……ウチの皇国? はっ!? もしやキサマはアルマイリス皇国第3皇女アレストリーナ姫!?」
「そう! ウチこそ〈ヴァーデルンの屈辱〉で大陸中にその名を馳せた〈ウンコたれのおねえちゃん〉ことアレストリーナ……ってなにを云わせるっちゃ!?」
……いやいや。ぜんぶ自分で勝手に云ってたし。て云うか、すっげ~自覚あったのね。
アレストリーナ姫が気をとりなおして黒衣のグラゴードリス皇国第2皇子グラゴダダン(仮)を問いつめた。
「ど~ゆ~了見だっちゃ、グラゴダダン殿下? 不法入国で召喚獣を使役し、あまつさえ他国で未登録の召喚獣狩りをおこなうなんて、完璧な国際法違反だっちゃ!」
「グ、グラゴダダン? だれのことだそれは? 私がそんな高貴なお方であるはずは……」
「とぼけるんじゃないっちゃ! さっき、この仔を追ってきた召喚獣たちにおまえの呪印があったっちゃ!」
「じゅ、じゅじゅじゅ呪印? なにを云う? ランスリカオンどもに私の呪印など刻印されていたわけが……」
「……どうしてこの仔を追ってきた召喚獣がランスリカオンだと知っていたっちゃ?」
「ぎっくう!」
「語るにおちるとはまさにこのこと。観念するっちゃ、グラゴダダン殿下」
居丈高に勝ちほこるアレストリーナ姫であったが、低レベルな会話の応酬にオレはヤレヤレと嘆息した。
召喚師はおちこちを旅して召喚獣戦闘するのが仕事だが、召喚獣は一応、武器武装とみなされる。
国境をこえる時は、手もちの召喚牌の数と保持する召喚獣の頭数(場合によっては保持する召喚獣の種類まで)申請しなければ入国許可が下りない。
また、召喚獣戦闘関連施設以外でD級以上の召喚獣をひきつれて歩くことも禁じられている。許可されるのはA~B級召喚獣なら2体まで、騎乗用C級召喚獣1体までときびしく制限される。
街中でE級召喚獣をつれて歩くと云うことは、アサルトライフルやロケットランチャーをかついで街を歩きまわるようなものだ。銃社会のアメリカにおいても危険人物とみなされよう。
さらに、召喚獣の素体となる動物の狩猟も事前申請・事後報告が必要となる。
強い召喚獣の素体となる動物は商品として高値で取引されるし、固有種や絶滅危惧種などの乱獲をふせぐためでもある。
ここ〈アーデル・ファーム〉も召喚獣戦闘関連施設ではあれど、不審者が自由に召喚獣をつれまわしてよいところではない。
ようするに、グラゴードリス皇国第2皇子グラゴダダンは召喚獣で武装して〈アーデル・ファーム〉を襲撃にきたようなものだ。グラゴードリス皇国によるアルマイリス皇国への奇襲および宣戦布告ともうけとられかねない状況である。
だからこそ、グラゴダダン(確定)は正体をかくしてあらわれた。召喚獣の呪印で即座に正体が看破されると云う初歩的かつ致命的なミスに気がつかぬまま。
「ア、アレストリーナ姫。私に敵意はない。その召喚獣をわたしてくれればすぐに帰る。たかがB級召喚獣の1匹や2匹、姫にはどうでもよいことであろうが?」
「……たかがB級召喚獣なら、どうしておまえはこの仔にこだわるっちゃ? キルリーク大陸最大の国土をほこるグラゴードリスの皇子なら、B級召喚獣なんてよりどりみどりじゃないのけ?」
「し、しかし、それは私の召喚獣だ! 私が私の召喚獣をかえせと云ってなにが悪い!?」
「グラゴードリスからノイエルム山脈をへだてたこのアルマイリスまでD級召喚獣に騎乗しても2日はかかる難所だっちゃ。こんなか弱いB級召喚獣がランスリカオンの追撃を避けながら自力でグラゴードリスからアルマイリスまで逃げてくることができるとは思えないっちゃ」
アレストリーナ姫が真綿で首をしめるような正論でじわじわとグラゴダダンを追いつめる。
「この仔がおまえの召喚獣だと云うのなら、呪印のない理由と、この仔がどうやってここまで逃げてきたのか納得のゆく説明をしてみせるっちゃ!」




