第二章 召喚獣のざわわな夏休み。〈1〉
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アルマイリス皇国は惑星アルマーレの北半球にうかぶキルリーク大陸北東部に位置する。
大陸のほぼ中心を南北に縦断するノイエルム山脈によって分断された西半分を治めるのがグラゴードリス皇国。
大陸東半分の南から3/5を治めるのがジギリスタン皇国。のこりの北2/5を治めるのが我が飼主・アレストリーナ姫のおわしますアルマイリス皇国である。
グラゴードリス皇国との国境をへだてたノイエルム山脈最北部のふもとに、アルマイリス皇国直轄の〈アーデル・ファーム〉と云う小城がある。
広大な森や牧草地に闘技場や地下迷宮と云う調教施設まで完備された夏用の召喚獣牧場だ。
夏でも尾根に白い氷雪を冠するノイエルム山脈の威容からも自明の通り、避暑地もかねた〈アーデル・ファーム〉の厩舎の隅で、空をとび炎をあやつる〈ウサ耳小ブタ〉B級召喚獣トンカプー、すなわちオレは寒さにふるえていた。
なにが避暑地だ。夜間はまるっと寒冷地ではないか。
石造りでムダに大きく閑散とした厩舎は大型召喚獣を収容するための配慮だ。
厩舎内は中央の通路を境に両側を木の柵で区画し、召喚獣を1体ずつ収容している。通路に面して扉がわりのロープが1本わたされているだけのそこそこオープンな個室だ。もちろんプライバシーはない。
柵(個室)には清潔な寝ワラもあてがわれているが、小型召喚獣のオレにとってはまだひろい。
せめて毛布か犬用ベッドのほしいところだが、それをつたえる手だてがない。惑星アルマーレの人の云っていることがまるっと理解できるだけに、もどかしいったらありゃしない。
キルリーク大陸公用文字でも書ければよいのだが、あいにくそれもおぼつかない。高校の英語だけでも手を焼いていると云うのに、キルリーク大陸公用文字をおぼえる気などさらさらない。
……もっとも、アレストリーナ姫相手ならともかく〈アーデル・ファーム〉厩務員(管理人)の前で、召喚獣が地面に「毛布をください」などと書こうものなら大騒ぎになるはずだ。
しかし、この寒さはこたえる。
こんなことなら休憩時間を削ってでも、一旦、地球へ帰還すべきだったか? と内心ほぞを噛んだ。
人間・香坂香の日常は夏休みへと突入した。あさってから前期の夏期講習がはじまるが、それまでザンネンなことにまったく予定はない。
これを〈ヴァーデルンの屈辱〉のペナルティー、すなわち1週間の特別強化合宿と5回の模擬戦へあてることにした。
先にアレストリーナ姫から「1週間」とは惑星アルマーレ時間ではなく地球時間だとおどかされたが、とどのつまりは、惑星アルマーレ時間での1週間となった。地球時間だと2日ちょい、ほぼ3日の計算である。
そんなわけで、イヤなことはさっさと済ませてしまうことにした。
特別強化合宿と5回の模擬戦は、ふつうの召喚獣を相手におこなっている。
アレストリーナ姫はオレたち4体の人間召喚獣以外にも10数体の召喚獣を保持している。
その召喚獣たちを進化させるためにも、コンスタントに召喚獣戦闘で使役しなければならないし、オレたちばかり動きがよくて、ほかの召喚獣がつかいものにならないようでは困るからだ。
攻撃力はともかく、動きだけならE級召喚獣にもひけをとらないB級召喚獣のオレが、アレストリーナ姫の手足となって連携の仕方や攻守のお手本となり、ほかの召喚獣たちに調教をつけていると云ったところだ。
ただし、今回はオレだけでなく、D級召喚獣シャイニーロプロスとE級召喚獣ヘルゴルゴートも調教に参加している。小型召喚獣のオレに大型召喚獣のお手本はつとまらない。牧羊犬がわりが関の山だ。
シャイニーロプロスとヘルゴルゴートの2体は、惑星アルマーレ時間で2日間だけ滞在するらしく、オレ同様〈アーデル・ファーム〉の厩舎で休んでいる。
どうしてオレたちが地球へ帰還せず〈アーデル・ファーム〉へ泊まっているかと云えば、休憩時間の問題である。
召喚獣戦闘も調教もかなりの体力を消耗する。基本的に惑星アルマーレの時間でスケジュールが組まれているため、一旦、地球へ帰還すると体力を回復させる時間が1/3と短くなる。
地球へ帰還すると3時間しか眠れないが、惑星アルマーレにとどまれば9時間も眠れる。その差は歴然である。
人間の姿で〈アーデル・ファーム〉の厩舎へ泊まるなんてありえないが、召喚獣の姿だと気にならないからふしぎだ。ほかの召喚獣とおなじ食事でも気にならないし、なんならもう少しおかわりがほしかったくらいだ。
オレたち人間召喚獣とふつうの召喚獣のちがいは、決して自分の柵内で用を足さないことだ。
さすがに自分の寝ている足元や枕元で用を足すのは抵抗があり(ニオイとかも気になるし)ほかの召喚獣が用を足したところか、空いている柵の中にする。
おかげで、オレたちの柵の寝ワラはきれいでとりかえるのがラクだと厩務員たちから好評である。




